第69話 『後悔の念』
ちょっと繰り返しになってしまいますが、例によって時也の自問自答が始まります。
ある意味でこの小説の胆の部分なので入れさせて頂きました。
若干くどかったらすみません。
第69話
『後悔の念』
俺は今真っ暗な暗闇にいる。
『あの時俺は意識を失って…それから…』
参ったな、また間違えたのか…
よく『後悔先に立たず』とか、『先立たぬ悔い』とか言うけど本当だな。
俺はいつも後悔ばかりしている気がする。
前の人生でも後悔ばかりだった。
父親が死んだ時、弟が死んだ時、大学に落ちた時、妻と別れた時、母親が消えた時、全てその後に後悔していた。
その他にも数え上げれば切りがない。
『人生は後悔の繰り返しだ』なんて聞くが、取り返しのつかない時点で『後悔後に立たず』だ。
ああしていれば…こうしていれば…
後悔の念は今でも絶える事はない…
あの時こうしていればもっと上手くやれたんじゃないか?
あの時ああやっていればもっと違う結果を見れたんじゃないか?
いつもいつも後悔していた。
結局ここでもこうして後悔するのか…
もう後悔はしないって決めたはずなのに。
『失敗は成功のもと』『思い立ったが吉日』なんて
思っていた事もあるが、結果、『覆水盆に帰らず』『後の祭り』なんてのは俺にピッタリだと思う。
何度同じ事を俺は繰り返すんだろう。
本当に本当に俺は馬鹿だ。
確か前にも同じ事を思った事が…
どんどんと負の連鎖を積み重ねる。
だが結局はこの様か…
『おいおい、いい加減にしろよ!!』
急に頭の中で声が聞こえた。
『誰だ?レンか!?』
いや違うこれはあいつの声じゃない…
『あそこで油断せずにアイツの手じゃなくて足を切って動けなくしてればあんな事にはならなかったんじゃないか?』
『あそこで余裕ぶって俺魔法を使わないで刀だけでケリをつけようとしたからこうなったんじゃないのか?』
『何故あそこでああなる前に時空間魔法を使わなかった?』
『いやそもそも何で一人で調子に乗って乗り込んだ?』
様々な後悔の念がその言葉と共に押し寄せる。
『ホントにお前はどうしようも無いな、何度繰り返しても後悔ばっかり、次もきっと後悔するんだろうぜ』
そう、この声は『俺』だ…
確かに俺は慢心していたのかもしれない…
いや、していたのだろう。
竜人族やら俺の知らない魔法やらが出てくれば俺魔法を使ったのかも知れない。
だがあの時は俺魔法を使うつもりは無かった。
相手があいつらなのだと分かっていたから俺魔法を使おうとは思っていなかった。
『爆弾』に『毒の塗られた短剣』、そんなお決まりの手に引っ掛かるなんて今考えれば間抜けもいいところだ。
俺ならば上手くやれる。
今の俺なら問題ないと心の何処かで高を括っていたのだ。
そしてこの結果か…
『変わらないな俺は…』
闇の中で俺は踞る。
『間違いだらけの人生だった…』
『本当にもういいのか?』
『………』
『お前はそうやって失敗して後悔して終わったままなのか?』
『……』
『そうやって支えてくれた人たち全てに背を向けて諦めるのか?』
『…』
『お前の人生は全て間違いだったのか?』
『そ!そんな事は…』
『…もう、どうでもいいか…』
ゆっくりと何も見えない暗闇の中で目を閉じようとした。
『本当にどうでもいいの?』
何だか懐かしい声が頭に響く。
『あの時魔法を使わなかったのは中に無関係な人がいたら巻き込むと思ったんでしょ』
俺の意識に呼び掛けてくる。
『あの時相手の腕を狙ったのは腕なら最小限の犠牲で済むと考えたからでしょ』
繰り返し呼び掛ける。
『時空間魔法は使いたくてもあの時は使えなかったんじゃないの』
『もし魔法を使えたとしても死んでしまったら使えないでしょ』
確かにあの時上手く魔力を練られなかった…
だけどそうなる前にケリを…せめてあの短剣をかわしてから使っていれば…
『じゃあ彼女を助けた事も後悔してるの?』
忘れていた言葉が俺に響いてくる。
『あっ…………』
俺は大事な事を忘れていた。
確かにあの時もっと上手くやれたかもしれない、短剣をかわしていればその後に魔法を使えていたかもしれない。
だが、今の結果になっても決して後悔しなくて済む事があった。
リルルは笑っていた。
あの時俺がああせずに短剣をかわしていたら…などと想像した自分が恥ずかしくなった。
唯一の後悔があるとすれば、あの後、俺がいなくなった後に、上手く皆が逃げられたかどうかだ…それだけが今の俺の後悔だ…
『助かってるといいな…』
俺は誰にも見えない口元を緩め笑った。
すると…
『大丈夫だよ!!』
『ほら早くグレン起きなよ!!みんな待ってるよ!!』
そんな声が俺の頭に再度響いてきた。
俺はうっすらと見える光に手を伸ばし、目を開けた。
おぼろげに視界に入ってきたのは俺の顔を覗き込むようにしていた二人の女性の顔。
その顔には見覚えがあったが、二人共、目には大粒の涙を携えて潤んだ瞳で俺を見ていた。
「よ、良かった!!グレンさん!!」
右側には口に手を当ててその瞳から溢れる様に涙を流す、その端正な顔を歪める様にして泣き崩れる美しい女性。
「レン!!分かる!!わたしよ!!」
左側には同じく涙を流しながら必死に問い掛けてくる愛くるしい瞳と可愛らしいショートカットの少女。
「ここは…」
俺がそう呟き身体を起こそうとした時。
ガバッと左右からその二人の女性が抱き締める様に覆い被さってきた。
『天国か?』
俺は思わずあっけにとられてしまった。
柔らかい感触が左右から俺を包む。
だがまだ意識がハッキリとしておらず、どこか夢見心地の状態だった。
「こらこら、二人とも、嬉しいのは分かるけどまだ病み上がりなんだから、あんまりくっつかないの!!」
頭の後ろの方から声が聞こえた。
「「す、すみません!!」」
女性二人はガバッとまた勢いよく身を引いて両側に分かれた。
「ここは…」
ようやく意識が戻ってきた俺は周りを見渡した。
そこは何処かの医務室の様な場所に思えた。
だが俺の世界とは違って、どこか違和感を感じる。
そう、部屋の色は別に白を基調としておらず、病院らしさはあまり感じない。
だが何故医務室っポイのか…
周りの机に置いてある薬瓶の様なもの、匂いもエタノールや俺の知っている様な病院臭はしないが何となく雰囲気がそんな感じなのだ。
特に両サイドにいる二人の女性が検査着姿にも似た格好をしていたのだ。
そう、リルルとミスティ…
二人が白い布地の薄い布一枚を着ているだけの非常にシンプルな格好をしていた。
例えるならシーツに穴を開けて頭からスッポリと被ったような格好だ。
スタイルがそのまま顕になった状態で中々にそそられてしまう。
特に胸の辺りのツンと先が尖った突起物が気になってしょうがない。
二人は俺の顔を見て笑い泣きしている様な表情だ。
急に股間に熱を感じてしまった俺はバツが悪くなり、上体を寝かせて上を見た。
するとそこにいたのはエンリだった。
「グレン君、大丈夫?」
正面から様子を覗き込む様に、その紫色の髪を掻き上げながら前屈みに近寄ってくる。
自然とその胸元に目が行き、思わず動悸が高鳴り、更に股間の熱が高まる。
「ちょ、ちょっとエンリさん!!近すぎます!!」
「そ、そうですよ!!離れてください!!」
リルルとミスティが非難の声を上げる。
『ヤバイ!!』
瞬間的に俺は股間に手を当てようとしたが、その前に俺の股間に何か柔らかいものが擦り付けられてきていた。
そのままモゾモゾと股の辺りを這い上がってきている。
『なっ!?なんだ!!』
俺は思わず自分に掛けられていた毛布をめくり上げようとしたその瞬間、
ひょっこりと俺の胸元から顔を出したのはエルザだった。
そして何故か頬を紅葉させたエルザの顔はそのまま俺の顔へと近付き唇に吸い付いて来た。
そう口と口がくっついている。
チュウーと吸い上げながら滑り込む様にして舌を入れてこようとしていたが、そこは流石に理性が持たないので俺もギリギリなんとかブロック出来た。
「「あーーーーーっ!!」」
リルルとミスティが驚きの悲鳴をあげている。
「こらっ!!ダメでしょ!!」
エンリがエルザの首根っこを引っ張りあげる様にして引き離してくれた。
「もうっ!!まだ効果が抜けてないみたいね、どこかに行ったと思ったらこんな所に隠れてたなんて…」
エンリが仕方が無いと言った感じで、
「ちょっとこの子はもう一回お風呂に入れてくるから二人はグレン君を見てて上げてね。」
そのままエルザの首根っこを持って部屋を出て行こうとするが、
「ああ、あなたたちもグレン君を襲わない|ようにしてね!一応もう一人にも声を掛けておくから。」
残った二人は互いに顔を見合わせて赤くなっていた。
『何がどうなってるんだ?』
俺は訳が分からず、
『おい、レン!!お前は何か知ってるのか?』
レンに呼び掛けるが返事が無い。
『まだ寝てるのか…』
仕方が無いので、
「なぁ、あの後結局どうなったのか教えてもらってもいいか?」
俺は上半身を起こしながら二人に尋ねた。
「実は…」
リルルが話を始めようとしたその時、
「よう、お目覚めかい?」
コンコンという開いた扉をノックする音と共に部屋の入り口から女性の声がした。
聞いた記憶のある声だ。
俺はそちらに視線を移すと…
片手を上げて、
「大丈夫かい?危なかったね。」
気さくな感じでニカッと笑う鉢巻を付けた赤髪の女性。
ミネルバだった。
あの後、俺が倒れた後にあの場に現れたのはミネルバだったそうだ。
そこで毒で倒れた俺を発見し、後からやって来たギルドの者たちと協力して俺たちをここまで運んでくれたらしい。
因みにここはギルドの医務室だそうだ。
「いやぁ、危なかったねぇ、あたしが到着するのがあと少しでも遅かったら、助からなかったよあんた。」
俺の足元の方でベットに腰掛けて片方の足で胡座をかくような格好でミネルバは語りかける。
「すまない、助かった。…礼を言う。」
俺はベットから上体を起こした状態から深々と頭を下げた。
「まあ、いいさ。ああ、礼を言うならこっちにも言っといてくれるかい。」
ミネルバはそう言って目を閉じて、口元に人差しと親指で円を作った状態で当てて口笛を吹いた。
ピューイと軽快な音が鳴り響くと…
おもむろにミネルバは立ち上がってから、窓へと向かい、その扉を片手で開いてから、身を半歩退くようにして、まるで何かを迎える様な仕草をしている。
開いていた窓から入ってきたのは…
『いい加減にするだわさぁ!!』
「「「スー」ちゃん!?」」
ミスティやリルルも驚いていた。
『あっ!?ご主人!!』
スーは俺に気づいてしまったらしく、そのまま90度角度を変えて俺へと向かってきた。
『ごしゅじーーーーん!!』
ギュイーンと俺目掛けて突っ込んで来た。
『まぁ、たまにはいいか、こいつも少しは役に立ったしな』
心情的には華麗にスルーして壁に激突させるか、スッと半身かわしてソコに拳を置いておくだけにするか迷ったが、今回くらいは仕方ないと思い、受け止めてやる事にした。
だが、その俺の胸元に飛び込む寸前、窓から物凄い勢いで間に入って来た影があった。
それは黒い翼を持った大きな烏の様な鳥で俺の目の前でその翼を大きく広げて、スーを見事にキャッチしていた。
そう、まるで包み込むかの様にして…
『キュイー!!ご主人やっとあちしの愛を受け入れてくれる気になってくれただわさねぇ!!なんか前より肌触りがふさふさして、少し硬くなった様な気がするけど嬉しいだわさぁ!!…何か黒々しくなった気も…』
何か心情高ぶって思わず鳴いて、いや泣いている様な感じでキュイ!!キュイ!!叫んでいたが…
『……キュイ!?』
キョロキョロとしてから、
『………お前かぁ!!』
凄い勢いで暴れだした。
しかしそれをガッチリホールドして離さない烏。
「スー、良かったな。いい相方が見つかって。」
「仲良くするんだよスーちゃん。」
「お、おめでとうございます。」
「良かったねぇ、ヤタ。」
『嫌だわさぁ!!!!』
上へとスポンと抜け出したスーが再び凄い勢いで窓から飛び出して行き、それを追いかけるようにして烏も飛んで行った。
嵐が過ぎ去った後、
「で、今のは一体何なんだ?」
「ああ、今のがあたしの相棒のヤタだよ、あの子のお陰であんたも助かったんだから。」
「えっ!?」
どうやら今飛んできた黒い烏みたいなのが『ヤタ』で、あの鳥が俺たちを助けてくれたらしい。
さしずめヤタガラスのヤタってとこか。
俺があの店に向かっている頃、確かにミネルバとすれ違った。
そしてミネルバは俺のただならぬ雰囲気を感じ取り、すぐさま後を追いかけたのだそうだが見失ってしまったそうだ。
仕方が無いのでヤタに頼んで探してもらい、発見した時は、丁度家屋が吹き飛ばされている所だったらしい。
ミネルバが到着した後、表に転がっていた男を見てすぐにアルフレッドたちが原因だと気付き、念のためギルドにヤタを飛ばし応援として数人の職員を呼んで来てもらったそうだ。
勿論、中に転がってた男とアルフレッドも連行してくれたそうだ。
「それじゃあ、あの烏みたいな鳥も言葉が分かるのか?」
「ヤタだよ。あの子は賢いからこっちの言葉は一応理解してくれているみたいだね。そんでもってあの子の事はエライ気に入ったみたいだねぇ。」
ニヤリと笑みを浮かべて窓の方を見た。
『流石に念話までは出来ないか…でもスーを通して会話させれば何を言ってるか分かるかもしれないな』
「それじゃあ、どうやって俺たちを見つけたり、ギルドに知らせたり出来たんだ?」
「んっ!?ああ、まぁそれは色々とね。」
首をポキッと鳴らしてから、
「それよりもあんたあの毒を喰らってよく生きてたね。ビックリしたよ。」
話題をコロッと変えてきたが、まぁ手札はあまり晒したくは無いもんな。
「かなりの毒だったのか?」
確かに意識を持ってかれたしな、正直魔力が上手く練れなくなったのには焦ったな。
「かなりも何も、ありゃ『コカトリスの毒』だよ!普通なら体内に受けた時点で即死亡もんの猛毒だよ。何でアイツがあんなもん持ってたのかは知らないけど、以前に一度あたしはそれを見てたから解毒剤も作れたんだ。多分それが分からなきゃ死んでたろうね。それにしてもあの毒を生身で受けて生きてんの見るのはあんたで二人目だよ。」
「そうか…悪かったな…」
「まぁ、別にいいって事よ、こっちの都合もあったし…」
「都合?」
「いや、まあ、あんたがラッキーだったって事なんだから、んーでもまぁ折角だから、一つあんたに頼みたい事があるんだが聞いてくれるかい?」
「ああ、俺に出来ることなら。」
「わ、わたしにも協力させて頂けないでしょうか!!」
リルルが手を胸に当ててミネルバに訴えかける。
「あっ!!わたしも!!」
ミスティも同じく手を上げて答える。
「そうかい、そりゃ助かるけど、多分これはグレンにお願いしときたい案件なんだが…」
「何だ?ある程度までの事なら…」
「そうかい、そうかい、話が早くて助かるよ。なあに簡単な事さ。アニーが困ってたら力を貸してやって欲しいって事さ。」
「アニーが?」
そう言えばギルドでそんな様な話をした気もするが…
「なあに、勿論ドラゴンの情報を持ってきて欲しいとかじゃなくて、もし、今後会う事があったら宜しくなって事さ。」
「アニーと何かあったのか?」
「ふふっ、まあ色々とね。それで引き受けてくれるかい?」
「ああ、まあ、あんたは命の恩人みたいなものだからな、それくらいは頼まれるよ。」
「よっしゃ、物分かりのイイ男は好きだよ!!」
パンと軽く自分の膝を叩いてから、俺へと身を乗り出し近付いてきて、
「それじゃまたな!!」
と額に軽くキスをして、その場を去っていった。
「「んなっ!?」」
「グレン!!ミネルバさんとはどうゆう関係なの?」
「ぐ、グレン殿、アニーとは誰の事なんですか?」
「はぁー…ごめん、もうちょっとだけ寝かせて下さい。」
俺は頭から毛布を被ったのだった。
注釈(故事ことわざ辞典参照)
『後悔先に立たず』
すでに終わったことを、いくら後で悔やんでも取り返しがつかないということ。
「後の悔い先に立たず」とも言う。
四字熟語に例えると『油断大敵』となるそうです。
自分的には文章を書く度に『後悔後を絶たず』の状態が続いています…




