第68話 『失態』
第68話
『失態』
俺は身を屈めて前へと出る。
俺を視界に入れたアルフレッドは驚きに目を見開き、慌てて出てきた扉の中へと戻ろうとしていた。
「遅い!!」
俺は即座に手に持つ刀に魔力を込めてアルフレッドの腕目掛けて斜めに打ち放つ。
扉を開こうと握られた手はそのノブを握ったまま、肘の辺りから切断された。
血は飛び散ってはいない。
氷円丸による切り口は切られた手、腕、共にその切り口は凍っている。
「ぐぎゃああああ!!」
と言う叫び声と共にアルフレッドは僅かに空いたその扉の隙間の中へと身を滑らせ、転がり込んでいく。
俺は今容赦をするつもりは無かった。
恐らくこの中にミスティたちがいる。
しかもさっきの男の言葉は決して聞き逃せる内容では無かった。
本来なら胴ごと真っ二つにしてしまっても良かったが万が一にもこの中にミスティたちがいなかった場合、聞き出せる相手が多い方がいいだろう。
ただこれ以上何かをさせない為にも、部屋の中へと入れないつもりだったのだが…
アルフレッドは転がりながら部屋の中で自分の切られた腕を見ながら、泣き叫んでいた。
「ぐあああ!!ふざけるな!!ふざけるな!!何なんだあいつは!!何であいつがここにいる!!何であいつがこの僕の!!ふざけるな!!ふざけるな!!」
腕を抑えつつジタバタと転げ回りながら部屋の奥へと向かったアルフレッドは、檻の前の椅子に置いてあった香も地面へと落とし、
「奪ってやる!!奴から全てを奪ってやる!!」
と残った片腕を腰のポーチへと突っ込み、丸い玉を握ったまま、檻の近くへと這い寄った。
パリンと言う音が中から聞こえて俺は急いで中へと入った。
もはや待ち伏せ等考えてる暇は無い。
バン!!
と勢いよく扉を蹴り開けると中からピンク色の煙が漏れ出て来る。
何かの罠かと思ったが、今更だ。
俺は『風よ』と軽く唱え、開けっ放した扉から煙を外に出す。
中は薄暗く、うっすらと蔦の様なもので出来た檻の様なものが見えた。
「来るな!!」
目を凝らすと檻の近くに片腕となったアルフレッドが必死の形相をしながらこちらを見ている。
その手には先程の煙幕に似た玉の様な物体を握っている。
「そ、それ以上近付いてきたら、こ、こいつを爆発させる!!」
血走った目で、俺と檻を交互に見ていた。
煙が少し晴れて視界がようやく開けた時、俺は檻の中を見た…
そこには荒い息を吐き、体をうねらせ身悶えている女が3人。
一人は上半身裸に近い状態で横になり、下半身は足をモジモジと擦り合わせる様にして時折喘ぎ声を上げて、必死に何かに耐える様に目を閉じている。
その少し離れた所では衣服をはだけさせた女が二人、上と下に組み合いながらお互いの身体を擦り付ける様にしている。
いずれも意識が混濁としているのか瞳は閉じられていたが身体は熱を帯び、火照る様な紅いの肌を今も艶かしく動かしていた。
ブチッと俺の頭の中で何かが切れる音がした。
俺はアルフレッドに殺意という名の刃を突き立てた。
ギロリと言う表現がピッタリな視線を向け、刀を握る手に力を込めた。
「ひぃ!!ひいいい!!く、来るな!!そ、それ以上近付けば女全員死ぬんだぞ!!」
玉を前に掲げながら、股間を盛大に濡らしながら叫んでいる。
「お前は殺す!!」
俺が更に歩を進めようとすると、
『ちょっとグレン!!落ち着いてよ!!』
『ふざけるな!!あんな光景見せられて黙ってられるか!!引っ込んでろ!!』
『分かってるよ!!僕だって許せないよ!!でもあれが爆発したらヤバイのは分かるでしょ!!』
『そんな暇は与えない!!』
『グレン!!』
『………』
『ちっ、分かったよ!!』
俺は歩みを一旦止めた。
アルフレッドはふぅーと目に見えて分かるほどの大きなため息を吐いた後、
「ぐっ!!ちくしょう!!よくも俺の腕を切りやがって、絶対許さないからな!!」
重圧から解放されて痛みを思い出したのか、歯を食い縛りながら俺を充血した目で睨み付ける。
「それでどうするつもりだ?」
俺はそれを先程よりも幾分かは落ち着いたが、見下す様な視線で睨み返す。
「ふ、ふざけるな!!お前は今この俺の命令をきくべきだ!!きかなきゃいけないんだ!!」
そう言ってアルフレッドは手に持つ玉をゆっくりと地面に置きながら、荒い息を吐き出しつつ、
「い、いいかこの玉は僕が合図したら即座に爆発する様に魔力を込めてある…少しでも妙な真似しやがったらすぐに爆発するからな、絶対に動くんじゃないぞ!!」
そう言ってから腰に備えた短剣を抜いた。
「へ、へへっ、お前が悪いんだ、この僕に逆らうから、この僕の誘いを断るから、この僕にムカついた態度を取るから、この僕を虚仮にしやがって、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁ!!」
もはや狂気に満ち満ちたその顔は正気を失っている様だった。
『このままじゃ不味いな…』
「い、いいか、この女は僕のもんだ!!お前には渡さない!!そう、この女もあの女もどの女もお前には渡さない!!」
狂気に染まった眼光を檻の中へと向けた。
方膝を付きながら檻へと覗き込むようにして近付いた。
もはやアルフレッドはおかしくなってしまった様でとても話が通じる状態には見えなかった。
『スー!!』
『おい!!聞こえるか!!』
『スー!!』
アルフレッドは横になっているリルルへと下卑た視線を送りながら、一度こちらへと視線を移した時、
ニヤリと笑った。
『ごっしゅじーん!!』
部屋の開けっ放された扉から勢いよく鳥が入ってきた。
俺の後頭部目掛けて飛んできた鳥をしゃがんでかわしてから、
「スー!!あの玉を喰え!!」
急ブレーキして振り返る鳥に命じる。
「キュ!?」
「早くしろ!!」
俺は必死の覚悟でアルフレッドへと飛び掛かった。
左手に魔力を込め握り締めながら…
「くそが!!」
目の前に迫る俺に思わず震えた手に持つ短剣を俺に、では無く、目の前のリルルへと振り下ろした。
その瞬間、俺は無意識にリルルへと視線が行ってしまい、その時、リルルはうっすらと目を開けて俺を見ていた。
その瞳と一瞬目が合った俺は、
『ちっ!!』
舌打ちする間も惜しんで右手を短剣の先へと伸ばした。
今思えば刀で切り捨てるとか魔法でふっ飛ばすとかドロップキックをかますとか色々選択肢はあった気がする。
だが俺は冷静じゃなかった、いや例え冷静だとしても必ずしも正解を選べる訳じゃない…俺はこの世界に来て初めて戦闘を行った、体の動かし方も誰かに教わった訳じゃない。
今の行動も体が考える間もなく勝手に反応してしまっていたというのが正しいだろう。
そして心底ミスったと思ったのは踏み出した右足と左手には魔力を込めたが、右手には魔力を込めていなかった事だ。
爆弾に意識がいっていた点も否めない。
何よりアルフレッドではなく、短剣を振り下ろされたリルルへと意識が向いてしまった事が大きかっただろう。
結果、俺の右手はその短剣に貫かれていた。
俺は滑り込む形で短剣を受け止め、その勢いを利用した形で左膝をアルフレッドの脇腹に叩き込んでいた。
「げぼっ!!」
と胃液を吐き出し後ろへとその身をよろめかせ、アルフレッドは短剣から手を離した。
「がぁあああ!!」
その場で仰向けになったアルフレッドは、
「終わりだくそがぁ!!」
即座にそのままの状態から短剣を持っていたはずの手を上げて、その指を親指と人差し指を交差させる形で鳴らした。
パチン
と乾いた音が部屋に響いた。
すると…
ボンッというくぐもった音が小さく部屋の中で聞こえた。
「へっ!?」
間の抜けたアルフレッドの声が木霊した。
そのくぐもった音がした先にはゲプッと一回ゲップをした鳥がいた…
『間に合ったか…』
「ぐ、グレン…?」
ポタッポタッとリルルの顔に俺の手から流れる血が垂れていた。
「ああ、すまない。」
俺は右手の痛みを無視して虚ろな瞳のリルルを置いて立ち上がった。
今この剣を抜くよりも、目の前のリルルたちを介抱する前にする事があった。
俺は短剣を右手に刺したまま、アルフレッドの側へと進み、
「おい…好き勝手やってくれたな…」
仰向けになったまま、表情をひきつらせるアルフレッド…そしてそれを見下ろす俺…
…何だ、さっきから断続的に立ちくらみにも似た感覚が俺を襲っている…
「ふはっ!!ふはっ!!う、嘘だ!!お前何でまだ動けるんだよ!!」
『何!?』
「う、動けるはずないじゃないか!!あの短剣に塗られた毒は即効性のはずだ!!し、しかもかなり強力な、お前はもう動いてちゃいけないんだよ!!おかしいんだよ!!あり得ない!!あり得ない!!あり得ないんだよぉ!!」
まるで駄々をこねる子供の様に嫌々と首を左右に振りながら後ろへと後ずさろうとしていた。
『そういう事か…』
体がやけに重く感じる。
『もってくれ…』
俺は左手に魔力を込めた。
だが、何故かうまく魔力を引き出せない。
「ぐおりゃああ!!」
構わず渾身の力を振り絞ってその左手をアルフレッドの腹目掛けて突きおろした。
「げぼおぅ!!」
と大きく仰向けになったまま上半身を起き上がらせる様にして一声上げた後、アルフレッドはパタリと白目を剥いて動かなくなった。
『くそっ、マズイな…』
拳を引き抜き、方膝をついた状態から体を動かそうとしたが、立ち上がれずヨロリと左後方にバランスを崩す。
『グレン!!大丈夫!?』
『もう少しだ…』
俺は檻の方へと向き直り、左手で刀を握る。
相変わらず魔力をうまく引き出せない。
思考も弱まっている。
俺は下唇を噛み締め、無理矢理にその手に力を込め、振り放つ。
目の前の蔦に囲まれた檻の一角が切り開かれた。
その瞬間、蔦の檻はプッシューと言う音と共に枯れていくかの様にして消えて行った。
残ったのは女3人、それを見届けてから俺は仰向けに倒れた。
まだ意識はあるが体が動かない。
そこへ、スーが飛んできて、
『ご主人しっかりするだわさ!!』
『誰か来るだわさ!!』
と喚いていた。
『マジか…さっきの逃がしたヤツが戻ってきたのか…それとも増援か…流石にこれ以上は…』
「スー…」
『あちしがご主人だけは守るだわさ!!』
「聞け、…俺の魔力を全部やるからあいつらを連れて逃げろ…」
『何言ってるだわさ!!』
『そんな事出来ないだわさ!!』
「スー!!…いいから俺の言う通りにしろ…頼む…」
このままじゃ共倒れになる…せめて今のうちに…
『ごしゅじん…』
スーはショボーンと頭の鶏冠をしならせながら俯いている。
「ぐ、グレン殿…」
檻のあった方向から声が聞こえた。
視線だけそちらに向けるとゆっくりと体を起き上がらせ様として立ち上がろうとしているリルルの姿があった。
視界が少しボヤけていて表情がよく見えない。
『参ったな…』
意識が薄れて来ている。
『ちっ!!』
俺は意を決し、左手で右手に刺さった短剣に手を動かしそれを勢いよく引き抜いた。
『『ぐあっ!!』』
強烈な痛みで一瞬意識が覚醒する。
しかし依然体はふらつき、強烈な目眩が襲う。
短剣を近くに投げ捨て、入り口を一瞥する。
手から血が流れ出すがそれどころではない、間もなく誰かがやって来るはずだ。
ここで倒れてる訳にはいかない。
俺は意識を保ちながら体を起こして左手で刀を握り締め、刀を突き立てる様に支えにして立ち上がろうとした。
『ご主人寝てるだわさ!!』
『魔力の乱れが酷いだわさ!!』
スーの喚き声が頭に響く。
俺は薄れ行く意識の中で視線をふと無意識に前へと向けると…
そこには這い寄りながら俺を見ているリルルの顔が見えた。
その頬は赤く紅潮し、その頬には涙が伝っていた。
しかしどこか笑っている様にも見えた。
俺は何も言わず、それを見てホッとしてしまった。
その瞬間、俺の意識が途絶えた…




