第66話 『アルラウネの香』
第66話
『アルラウネの香』
路地を抜けた先に1軒の小屋が見えた。
小屋と言っても小さい訳ではなく、それなりの大きさはあるのだが見た目は所々補修跡が見受けられる木で出来た家屋だ。
みすぼらしいと言うほどでは無いが、怪しさ満天な雰囲気ではあった。
看板も出ておらず、店と言われなければ何の店かも分からないその店構えで、男たちはその前に着くと、
「ここですよ。立ち話も何ですし、中に入りましょうか。」
そう言って金髪の男は中へと入って行く。
「ミスティ様、やはり二人は宿へと…」
リルルはミスティたちを見てからもう一度頼み込むようにして告げた。
「大丈夫、何かあったらスーちゃんもいるし、いざとなったらお願いね。」
ミスティはスーに語り掛ける様にして頭を撫でた。
『仕方ないだわさね、ご主人に頼まれてるからやってやるだわさ』
「キュイキュイ、キュー」
と頭を撫でられながら答える。
「んっ!!」
とエルザも再び強い眼差しを向けた。
「分かりました、ではさっきも言った通り何かあったら…」
「どうしたんだい、さっさと入って来なよ。グレン君の事はいいんですか?」
店の入り口から顔を出し、リルルたちに向けて呼び掛ける。
「へへっ、俺はあの短髪の可愛い子ちゃんがいいな、華奢な感じがするがあの初な感じがたまんないぜ。」
「じゃあ俺はその隣の可愛い女の子でいいぜ、ああいう女の子を滅茶区茶にするのが興奮するんだ。」
お互い胸糞悪い下卑た笑いを浮かべながら彼女たちを見ている。
「おい、お前たち、俺がいいと言うまでは手を出すんじゃないぞ、それにあのリルルとか言う女は俺のものだからな。」
小声で男たちにアルフレッドは言い聞かせる。
「分かってますよ、俺たちは残りの二人で我慢しやすよ。なあ兄弟。」
「ああ、俺はあの位の女の子の方が萌えるんだ。」
涎を垂らさんばかりの勢いで男は股間を押さえている。
3人の男に続いて中へと入ると、
「おう、坊っちゃん、久し振りですね。今日はどうしたんですかい?」
アルフレッドへ向けてカウンターらしき場所から声がかかる。
そこはバーと言うか酒場の様な場所で店内には薄暗い雰囲気の中、机がいくつか並べられていた。
だが客の姿は一人も無く、まるで営業前の準備状態の様であった。
机にはモップも立て掛けてあるが、従業員の姿もカウンターにいる男以外は見えない。
カウンターの後ろには酒瓶の様なものが幾つも並んでいる。
「よう、ラスカ、悪いが奥の部屋を借りるぞ。」
そう言ってアルフレッドは自分の後ろからついて来たリルルたちを見やった。
ラスカと呼ばれた男は、なるほどと言った顔つきで、
「はいよ、坊っちゃんもお盛んで。」
と言って鍵の様なものを投げ渡す。
「おおっと!!そこのお嬢さん、武器はこっちで預からせてもらいますぜ。そんな物騒なモン持って店の中で暴れられたらたまんねえわ。」
ラスカはわざとらしい程のリアクションでリルルを呼び止めた。
「私の剣だけ取り上げるつもりか?」
リルルは警戒心も顕にそれに応じる。
「いや、まさか、僕たちは話し合いに来ただけなんだから…」
そう言ってアルフレッドは自らの剣と男たちにも促し、剣を預けさせた。
「妙な真似はするなよ。」
そう言って未だ信用する事無く不本意ながらもリルルは腰の剣を預けた。
それを見て取ったアルフレッドは、
「それじゃグレンについて話そうか。」
そう言って奥に並ぶいくつかある部屋の一つへと鍵を開けて入って行く。
それに続いて辺りを見回しながらリルルたちも続く、二人の男はそれを伺うようにして後ろからついてくる。
部屋の中は細長いテーブルが一つに周りには6個の椅子が並び。奥には更に扉が見える。
部屋の中は先程の店内よりは明るいが、窓等は付いておらず、怪しい雰囲気が漂っていた。
「さあ、どうぞそちらへ。」
アルフレッドはテーブルの席に着き、反対側の椅子へと手を指し示した。
警戒しながらリルルは、部屋のテーブルの席へと向かい、座っているアルフレッドに、
「こんな回りくどい真似をして、何を考えているかは知りませんが、グレン殿に手を出すのならやめておいた方がいいですよ。それに、あなたたちがいくら何を企もうと無駄になるはずですから。」
「ほう、随分彼を買っているんだね。分かったよ、それじゃグレン君にはこちらからは手を出さないようにしようじゃないか。」
アルフレッドは余裕すら見せている様で、
「アルフレッドさん!?」
「いいんですかい!?」
と言う二人の男を無視して、
「とりあえずこうしてわざわざ僕たちの為に忠告までしに来てくれたんだから、お礼も兼ねて奢らせてもらうよ。」
そう言ってからチリンチリンとテーブルに置かれた呼び鈴を手に持ち鳴らした。
「いや、分かってくれたならいい。それじゃ私たちはこれで…」
話はこれで終わりだと言った様子でリルルはミスティたちを連れて部屋の外へ出ようとする。
「そう、急がないでくれないか。もし、この僕の誘いを断る様なら彼は大変な事になるよ。」
アルフレッドは目を閉じたままそう口にした。
リルルは動きを止めて、振り返り、
「どういう事ですか?」
「まあ、それも話したいからまずは3人とも座ってくれるかな。ゆっくり話をしようじゃないか。」
アルフレッドの両サイドに男二人、その正面にリルルを挟んでミスティとエルザが座る。
そして、ドアから先程の男がやって来た。
「ああ、ラスカ、飲み物を頼む。それと彼女たちにも例のモノを…」
「分かりやした。」
男はそう言って部屋を後にした。
その頃俺はようやくギルドを後にした頃だった。
「まずは自己紹介しておこう。僕の名前はアルフレッド・シューマッハ。そう、あの名家シューマッハ家の息子さ。」
金髪を掻き上げながら、キランと効果音をつけていそうな爽やかそうな笑顔を演出した。
だが目の前の女性3人は全くの無反応だった。
より正確にはリルルは『ふーん』ミスティは『へぇー』エルザは『だから?』みたいな顔をしていた。加えて鳥は汚物を見る様な目で見ていた。
恐らくアルフレッドも今まで生きてきた中でこれほど哀しい名乗りは初めてだったであろうという位悲しい空気が充満していた。
「お、おい、お前らアルフレッドさんが名乗り出たんだからお前らも名乗るのが筋ってもんだろうが!!」
場の空気に耐えられなかったのだろう男が喚く、
「そ、そうだ、お前らあのシューマッハ家の次男坊だぞ!!分かってんのか!!」
「すみません、全く知りませんが、とりあえずどうしてグレン殿が大変な事になるんですか。多分グレン殿に手を出して大変な事になるのはあなたたちの方だと思いますが、ああ、私はさっきも言いましたがリルルです。」
リルルは心底どうでもいい事は置いといて本題に入った。
「そうです。私もあなたの事は知りませんが、グレンに何かするつもりなら止めてください。彼が何かあなたたちに迷惑を掛けたなら話だけでも聞きますから、ああ、私はミスティです。」
ミスティはリルルに続いて言う。
「お兄ちゃんに何かするなら許さない。」
エルザはキッと男たちを睨む。
「キュイキュイキュー!!」
『あんたらごときウジ虫がご主人に何か出来る訳ないだわさ!!』
髪を掻き上げながら固まったままのアルフレッドだったが…
「ふふ…ふふ…」
突然笑い声を上げ出した…
「あ、アルフレッドさん?」
「だ、大丈夫ですかぃ?」
横の男たちは覗き込む様な格好でアルフレッドを見る。
「ふははははははははは!!」
アルフレッドは壊れたオモチャの様に笑い声を響かせる。
「何が可笑しいんですか?」
リルルは真面目な表情でアルフレッドを見る。
「これが、笑わずにいられるかい?」
アルフレッドは腰のポーチから丸い玉の様なものを取り出した。
「こんなに穏便に紳士的に好意的に且つ良心的に事を運んでやろうとしてやってるのに、この僕に向かってよくもそんなに不遜で傲慢で生意気でムカつく態度を取ってくれるもんだな…」
アルフレッドは額に手を押し当てながら、
「シューマッハ家を知らない?この僕の誘いを断る?この高貴で気品溢れる、この美しく優雅な僕の振舞いと容姿に靡かない?そんな事あるわけ無いじゃないか…」
アルフレッドは呟きながら立ち上がった。
そして目の前のテーブルを片手で掴んで、いきなり壁へと放り投げた。
ドカッという音と共にテーブルが壁に当たり壁にテーブルがめり込んでいる。
その瞬間リルルはミスティたちを庇うようにして後ろへと距離を取って離れた。
両脇にいた男たちはいきなりの事で立ち竦んでいる。
額から手を離したアルフレッドのその形相は先程の爽やかな表情はどこへやら、まさに怒りで歪んだ醜い顔と言って差し障りのない程の顔を晒していた。
リルルは一瞬どうするか躊躇うも、すぐさま懐に隠していた短剣を抜き、「ミスティ様、外へ!!」と声に出した。
「させるか!!」
アルフレッドは手にしていた玉を握り潰し、
「プリズンウォール!!」
と叫んだ。
するとリルルとミスティ、エルザのいた場所を囲うようにして地面から蔦の様なものが現れ、取り囲む。そう、まるで鳥を取り囲む檻の様に…
部屋には壁にぶつかり割れたテーブルと檻に囲まれる女性3人と更にそれを囲むようにして立つ男3人の姿…そして鳥籠の中の1匹の鳥。
ガチャリとその部屋の扉が開く、
「坊っちゃん、あんまり派手にやらねえで下さいよ。いくらこの店のお得意様だからって少しは穏便にやってもらわないと…こう毎回物を壊されちゃたまりませんぜ。」
ラスカは壊れたテーブルや檻に囲まれた状態の女たちを見ながら眉を寄せている。
「分かってるさ…例のモノ持ってきたか?」
アルフレッドは少し落ち着きを取り戻したのか先程の歪んだ表情を緩め、いつもの爽やかそうな顔を作って答えた。
「へいへい、これですね。あんまし、使いすぎないで下さいよ。下手に使って足がつくとこっちもヤバイんですから。」
カシスは飲み物を乗せたお盆の上に置いてあった、お香にも似たその物体をアルフレッドに渡す。
「心配するな、こいつがあればどんな女でもイチコロさ。」
またも爽やかさを台無しにする様な下卑た笑いを浮かべながらアルフレッドはその物体を眺めている。
「そ、そいつは何なんです?」
男の一人が恐る恐る尋ねた。
「ああ、こいつはアルラウネの香だ。」
「アルラウネ?」
男の一人は何か分からず疑問符を浮かべる。
「おい、お前たち、今の内に聞いておくが、私の妾になるつもりはないか?」
アルフレッドは男たちの疑問はそのままにリルルたちに向かって言葉を掛ける。
リルルは短剣で目の前の檻を切ろうとしているが、刃が通らず焦っていた。
「無駄だよ、その檻は破れないさ、しかもその中では魔力もうまく練れない様になっているから万が一魔法を使おうとしても発動しないよ。」
「キュイ!?」
鳥が思わず悲鳴を上げた。
『それはマズイだわさぁ!!』
先程まで余裕しゃくしゃくだった鳥は大いに焦っていた。
『練度の高いご主人ならともかく、この子だと今のここじゃあちしに魔力を注ぐのも難しいだわさ!!』
「それで、もう一度聞いてやるが、私の妾にしてやるがどうする?」
香を手にアルフレッドがまたもイヤらしい下卑た笑顔を浮かべていた。
「何を言っている!こんな事をして許されると思っているのか?」
リルルは依然として毅然とした態度でアルフレッドを睨み付けて返す。
「まだ立場が分かっていないようだな、仕方がない、僕もあまりこういった事はしたくは無かったのだが…君たちの乱れる様を見てみたくなったよ。」
そう言って檻の前に椅子を置き、その上に香を乗せ、パチンと一度指を鳴らした。
すると、香から怪しい煙が立ち込め始めた。
その煙は色はピンクで匂いはとても甘やかなものだった。
「この香はアルラウネの香と言って、これを嗅いでしまった者はどんな者でも発情してしまうのさ。例え鼻を塞いでも無駄だよ。体の皮膚を通して至る所から浸透していくからね。まあ30分もすれば体が疼いて我慢できなくなるだろうね。そうなった時の君たちがとても楽しみだよ。恐らく泣いてよがってこの僕に抱かれたいと喚く姿を晒すことになるだろうからね。」
アルフレッドは額に手をやり、『あっはっはっは』と大きな笑い声を上げた。
「これがアルフレッドさんの奥の手ですかぃ…」
「流石はアルフレッドさん…ゲスい…」
男二人は呟く様に言葉を紡ぐ。
「んっ、お前ら何か言ったか?」
「い、いえ、流石はアルフレッドさん、一生ついて行きやす!!」
「流石はシューマッハ家の次男坊、伊達に『金で成り上がった冒険者』なんて呼ばれてませんね!!」
「ば、馬鹿野郎!!」
「あっ、いや、その…違うんです!!そんなウソっぱちな事を言う野郎にアルフレッドさんの実力を見せてやりたいって事で…」
「ふん、まあ、いい。俺は今気分がいいから許してやる。ただし、お前らは俺が味わいきった後になるからな。」
「「そ、そんなぁ…」」
『ま、マズイだわさぁ…』
スーはこのままだとマズイと感じていた。
『仕方がないだわさ!!』
スーはミスティの肩から飛び立ち、リルルの持つ短剣をその嘴で奪い取り、ラスカの持つ盆へと投げた。
「ちょっ、スー!!」
ラスカは盆へと突き刺さった剣で手にしていた盆ごと飲み物を床へと盛大にぶちまけた。
「なっ!!何しやがる!!」
ガシャーンと大きな音を立てて床に広がる光景を思わず部屋にいた者たちが見る。
その隙に檻の間をすり抜け、わずかに開いていた扉からスーは飛び立った。
部屋の外へと出たスーはそのまま店の窓を突き破って外へと逃れ、魔力を追って宿にいたグレンの元へと辿り着いたのである。
宿から走ること数分、路地を抜け、俺は目的の怪しげな店へと辿り着いた。
ここまでの間、それはもう人込みを駆け抜けながら、今までに無い位のスピードで走り抜けた。
途中、ミネルバともすれ違ったが、俺は片手を上げて合図して無言のまま通り過ぎたが、俺がここに来るまでの間に後ろから追って来ていたみたいだった。
しかし俺はそれを待つつもりも無かった。
「ここか…」
すみません、店の男の名前を間違えてました。
ラスカです。修正させて頂きました…
最近リアルでも人の名前を間違えている作者です…




