第65話 『金髪の罠』
第65話
『金髪の罠』
俺はベットから起き上がり、部屋の窓を開けると、そこへ勢いよくスーが顔に覆いかぶさって来た。
『ご主じーん!』
会えた事が余程嬉しかったのか、俺の顔にスリスリと自らの頭を擦り付けてきた。
俺はそれを片手で引っぺがし、
「何があったんだ!」
『そ、そうだっただわさ!』
スーは余程慌てていたらしく、俺に首根っこを掴まれてからようやく正気に戻って話し始めた。
それを聞いた俺は今急いで宿を出て、スーが案内する方向へと向かっている。
本当は窓から飛び出て、すぐにでも向かいたかったのだが、その後が大変になりそうだったので一応は自粛した形だ。だが一刻を争う状況ならばそれも吝かでは無かったとも言えた。
スーが『ミスティたちが大変だわさ!』と言った瞬間は、思わず文字通りに飛び立ちそうになったのだが、『どこだ?』とスーに確認して話を聞いた上で一応はこうして走って現場へと向かっている。
スーが話した内容は俺なりに要約するとこうだ。
俺と別れて洋服の店へと向かったミスティたちはエルザに合う服を探して何店か店を回っていたそうだ。
途中寄り道をしつつも、お目当ての服を見つけた一行はそれを購入した後、店を出て休憩がてら近くの喫茶店でお茶でもと思い寛いでいると、近くの席に冒険者風の男が3人でイラつきながらやってきたそうだ。
一人は金髪の髪を乱暴に掻き毟りながら悪態を吐いている男。そして残りの二人はそれを宥める様にして席に着いた野盗の様な格好をした厳つい男たち。
その男たちは乱暴に机を叩いたり、店員に暴言を吐く等、目に余る行為をしていた為、周りの客たちはウンザリする様な視線を送ったりもしていたそうだが、誰もそれを注意する事は出来なかったそうだ。
リルルは今にも席を立ちそうだったそうだが、ミスティがそれを抑えていたとの事。
何となく想像はつく。
だが、金髪の男が発した一言でそれも制止出来ない状況になったとの事…
今から30分程前…
丁度グレンがミネルバと酒場にいた頃。
ミスティたちは何件か店を回り、エルザに似合う洋服がないか見繕っている最中だった。
「これ何かいいんじゃない?」
ミスティはエルザを着せ替え人形の様に色んな服を着せて喜んでいた。
「うーん、そうですね。とっても可愛いのですが…可愛すぎではないでしょうか?」
リルルはその服を見て感想を述べる。
今エルザが着せられている服は白いフリフリの付いたスカートに胸元に幾つもボンボンと言った白い球体上の毛玉があしらわれたピンクのワンピースの様な服だ。
似合っているのは間違いないが、可愛すぎて目立つ事この上ない服装だった。
エルザはとても恥ずかしそうにモジモジとしている。
「そっかなぁ、でも今までのお店でもエルザちゃんの帽子好評だったし、これぐらい派手な方がバランス取れそうな気がするんだけどなぁ…」
ミスティは人差し指を口元に当てながらエルザを眺めている。
「確かにこれまででグレン殿がお作りになられた帽子の評判は凄かったですものね…」
町に出てからこれまでエルザは注目の的だった。
今も店の店員、出入りする店の客の大半はエルザを見て『やだ何あれ可愛い!』とか『こちらのお洋服も是非お試しになってみませんか?』とか引っ切り無しに声が上がっている。
そしてエルザの容姿もさる事ながら、頭に着けている帽子がかなりの注目を集めている様だ。
事実、初めに訪れた店では店員が『すみません!そのお帽子はどこで手に入れたものなのでしょうか!』と身を乗り出して聞いて来た位で、その行く先々でも帽子の事を聞かれていた。
この店に入ってからも店員は服を勧めながら、チラチラとエルザの顔と帽子を交互に見ている姿が印象的だ。
結局、ゴスロリ風やら派手なドレスやらを勧められたが、エルザがブンブンと大きく頭を振って拒絶した為、最後にエルザにどの服がいい?と聞いて選んだ服に決めて店を出た。
エルザが選んだ服はこれまでに着た大きなリボンの付いた服や派手目な感じの服装では無く、落ち着いた感じの動きやすそうなパーカーの様な服だった。下は一応スカートだが色も派手では無くフリルなども付いてはいない。
だが、決して地味に見えないのはやはりエルザの持つ可愛らしさがあってこそだろう。
「良かったねエルザちゃん。」
ミスティはエルザの頭を撫でながら微笑んでいる。
「それじゃ服も見つかった事ですし、ちょっと休憩にでもしませんか?」
リルルは近くの喫茶店の店を指差した。
スーはミスティの肩の上で洋服選びに飽きたのか寝ていた。
そして3人と1匹は店の中へと入って行った。
店はオープンテラスの様な作りでテーブルと椅子が外に幾つも並んでいる。
ミスティたちはその内の一つのテーブルへと着き、注文を終えた。
暫くして店員が飲み物を運んで来た。
そしてその後ろから、3人の男たちも店へと入ってくる姿が見えた。
3人の男の先頭を歩く金髪で銀色の鎧を身に纏う騎士風の男は苛立ちを露わにしており、普通にしていれば整った顔で悪くは無い風体だったが、今は怒りを抑え切れず忌々しい者をなじる様な口調と態度でドカッと席に身を投げている。
周りの男二人はそれを落ち着かせる様にして両脇の椅子に腰かけていた。
「たくっ!ふざけやがって‼この僕の誘いを断るなんて有り得ないだろ‼」
テーブルを一度大きく叩いてから、金髪の男は男たちを睨んでいる様だった。
「ま、全くでさぁ!あの坊主、アルフレッドさんの好意を無にしやがって全く。なぁ…」
男は隣の男へと振る。
「ほ、本当だぜ!信じられねえよな、全く。」
振られた男も慌ててそう取り繕う。
「あ、あの、ご注文は?」
店員が恐る恐ると言った感じで近付いている。
「ああん!今話してんだろうが‼空気読めや‼」
男がドンと大きく拳をテーブルに叩き付け店員を睨んだ。
「ひぃ!」
店員は一度身を震わせるようにして、後ずさった。
「ミスティ様、ちょっと行ってきても宜しいでしょうか?」
リルルは男たちの態度に我慢ならない様で思わず席を立ち上がろうとした。
「待って、もう少しだけ様子を見ましょう。」
ミスティはそちらを見つつも一旦リルルを制止して周りを見渡した。
エルザはチューと届いた果実水をおいしそうに飲んでいる。
特にその男たちには興味は無い様だ。
周りの客たちもチラチラとそちらを見ている様だったが今の所誰かが動く気配は無い。
「まぁ、待て、そうだな、この店で一番高いものを持ってきてくれ。ふっ、こんな店でも僕の口に合うものを用意出来るかは疑問だが。」
金髪の男は首を左右に振りながら嫌味を込めた様な口調で店員に注文をした。
「さっさと持ってこいおらぁ!」
男の一人は店員を睨みつける様な仕草でバンと1回テーブルを叩いた。
「は、はひ!」
店員は大慌てで店の奥へと下がって行った。
「全くどいつもこいつもイラつかせてくれる。ミネルバはともかく、特にあのガキ、僕にあんな態度を取って許されると思うなよ…」
金髪の男はギリギリと歯ぎしりが聞こえそうな表情で爪を噛んでいた。
「アルフレッドさん、仕掛けるんですかい?」
男がテーブルに肘を付いて、金髪の男へと顔をせり出す。
「でも、あいつドラゴンキラーに勝ったって野郎だろ、ああ見えて…」
もう一人の男は少し怯んだような様子でそれに口を挟む。
「馬鹿を言え!確かにあの手の力は強かったかもしれないが、あんなグレンとか言うクソガキ程度にこの僕が負けるはずはないだろう‼ドラゴンキラーに勝ったとか抜かしてるのもまぐれに決まってる。」
金髪は再び大きくテーブルを叩いて、
「そもそもあのガキ!Cランク冒険者のクセに生意気なんだよ!このB級、いやA級冒険者に最も近い僕を差し置いて目立とうとしやがって!しかもこの僕にあんなすかした態度取りやがって…気に入らないんだよ‼」
ガタン!
椅子が大きく引かれる音がその男たちの席から少し離れた席から聞こえた。
「そのグレンという方のお話を少しお聞きしても宜しいでしょうか?」
男たちにそう話しかける一人の女性がいた。
「ああん、何だお前は?」
男の一人がいきなり話し掛けてきた女を見て怪訝そうな声を上げた。
「お話中すみません、私はリルルと申しますが、先程そちらの方がわたくしの知り合いと同じ名前の方の事を話していたみたいでしたので詳しいお話を伺えないかと…」
リルルは丁寧な姿勢を保ちつつ、視線を金髪の男、アルフレッドへと送った。
「………」
アルフレッドは同じく怪訝な表情をしながらリルルを見やる。
「…君はあの少年の知り合いかい?」
アルフレッドは口元をわずかに歪めながら聞いた。
「それは分かりませんが…その者はどういった人だったかお聞きしても?」
リルルは表情を崩す事無く、さもすました様な顔のままで返した。
「…赤い髪をした、そうそれこそ何処にでもいる様な、まるで村人の様な格好をした、いけ好かない態度を取る、生意気な少年だったよ。」
アルフレッドは吐き捨てる様に嫌悪感を露わにした表情で言った。
リルルはピクリと一度眉を動かした後、
「なるほど、その方にあなたは何かされるおつもりなのでしょうか?」
相変わらずすました様な表情ではあるが、その瞳には鋭いと表現して相違ない意思の感じられる眼差しが向けられていた。
「だとしても、君にそれが何か関係あるのかい?」
アルフレッドはその瞳を睨み返す様にしてリルルを見た。
「ちょ、ちょっとリルル!」
慌ててミスティがリルルの傍へと駆け寄って来た。
「ここじゃなんだから場所を変えようか、周りの人たちに迷惑になるのは僕もあまり好きじゃないんでね…」
アルフレッドはそう言ってから、立ち上がり、丁度近くまでやって来ていた店員に向かって腰に付けたポーチから取り出した銀貨を1枚指で弾いて投げつけてから、
「行こうか。」
と一言告げて、店の外へと歩き出した。
周りの男たちもお互い顔を見合わせてから、それに続いて立ち上がり、その後について行った。
リルルはそのまま、
「任せて下さい。」
とミスティに声を掛けてから、その男たちの後を追って店を出ようとしていた。
「もうっ!」
ミスティは自分のポーチからお金を取り出して店員に渡して、エルザを連れて店から出た。
エルザは状況がよく分かっていない様だがミスティに手を引かれながらついていく。
店の外では3人の男がリルルを取り囲むようにして見下ろしていた。
「それで、あなたたちはグレンさんに何かしようとなさるおつもりですか?」
リルルは見下ろしていた男たちに怯むことなくそう尋ねる。
「君はあの少年の仲間なのかい?」
アルフレッドは先程までと違って少し落ち着きを取り戻したのか少し余裕すら感じさせる趣で、髪を掻き上げながらリルルに返した。
「だとしたら何なのですか、私の質問に答えなさい。」
リルルはその余裕ぶった態度に腹が立ったのか毅然とした物言いでそれに返した。
「お前!!アルフレッドさんが優しくしてるからって調子に乗りやがって!!」
「そうだ、ちょっと見た目がいいからって調子に乗るんじゃねえぞ!!」
両脇の男二人が捲し立てる様に声を荒げる。
「まあ、まあ、君たち、彼女が怯えてしまっているじゃないか、やはりここでは何だし、もうちょっと落ち着ける場所に行こうじゃないか。」
アルフレッドはリルルの全身を眺めるようにしてそう言った。
リルルは後ろへと振り返り、
「ミスティ様、ちょっと行って参りますので先に宿へとお戻り下さい。」
「だ、ダメだよ!!わたしも一緒に行く!!」
ミスティは首を左右に振ってそれを拒絶した。
「ですが…」
リルルはミスティの脇にいるエルザを見やり、困った表情を浮かべている。
「んっ!?どうしたんだい?ついてこないのは勝手だが、その場合グレンとかいう少年が大変な目に合うのは間違いないが、それでもいいのかい?」
振り返りながら、アルフレッドはニヤリといった笑みを浮かべながら声を掛ける。
「あたしも行く!!」
エルザがその言葉を聞いた途端、顔を上げてリルルを見上げていた。
そのエルザの眼差しには怒りにも似た強い意思が込められていたのを見てとれた。
もはや何を言っても無駄だろうと感じたリルルは、
「分かりました…わたしが必ずお守り致しますが、何かあった時にはすぐにお逃げください…」
「分かったわ。」
ミスティはその言葉に力強く答えた。
隣のエルザもコクリと大きく頷いていた。
男3人が先導する中、それについて行く3人と1匹。
「アルフレッドさん、どうするんですかい?」
男は小声で話し掛ける。
「とりあえずあの場所へ連れていって話を聞こうじゃないか、…数も丁度3対3だ。あのグレンとか言うガキには勿体ない上玉だよ。」
「なるほど!!…へへっ、流石はアルフレッドさん、あのガキへの仕返しと美味しい思いが出来るのと一挙両得ってやつですね。」
男は下卑た笑いを浮かべながら歩を進める。
「でも、流石にバレたら不味くないですかね?」
もう一人の男が少し気弱な態度で聞いてくる。
「ふっ、安心しろ。この僕がそんな失態を犯す訳がないだろう。ちゃんと考えてある。」
口元を歪めた表情でアルフレッドはそう返した。
暫く進むと、薄暗い路地へと出た。
不穏な空気を感じたリルルは、
「どこに連れて行こうとしてるのか知りませんが、これ以上人気の無い場所に行くつもりならば、ついて行くつもりはありません。この場でお話頂けないのであれば帰ります。」
リルルは辺りを見回して、前方を歩く男たちに向けて言い放った。
「やだなぁ、あそこですよ。ちゃんとしたお店ですから安心して下さい。それに帰ってもらっても構わないですが、それだと多分取り返しのつかない事になってしまうかもしれませんが、いいんですかねぇ…」
アルフレッドは如何にもイヤらしいと言った顔つきで、リルルたちにそう告げた。




