第62話 『一応の決着』
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第62話
『一応の決着』
大剣が石畳に突き刺さり、盛大にその破片が周りに弾け飛ぶ。
観客席の周りの柵には結界の様なものが張られているのか柵に当たった欠片は外へと出ずに弾き返されていた。
俺は着地した先で再び足に力を込めて前へと切り出す。
文字通り刀を片手でフルプレートの横合いから切って出す。
まだ剣を引き戻し終えていないはずのフルプレートに当たるかと思われた剣撃は腰の辺りへと鎧に当たる寸前で…
キン!!
と大きく弾かれた。
『なに!?』
刀を振りきれず上体を崩した俺に素早く剣を戻したフルプレートは横凪ぎに大剣を振り払ってきた。
咄嗟にもう片方の刀でそれを受け止めつつ、横へと受け流す、ただそれでも受け流しきれない剣圧を利用して後ろへと転がるようにして後退した。
パッと顔を上に上げた所に再び大剣が襲いかかってきたので俺は覚悟を決めた。
先程同様にして刀を交差させてそれを受け止めようと腕を上げかけた…
しかし大剣はそのまま俺の刀へと降り下ろされては来なかった。
上段に構えていたはずの大剣が横凪ぎに軌道を変えて俺の左側より迫ってきていた。
「もらった!!」
思わずフルプレートから声が漏れた気がした。
だが、甘い!!
俺はまだ上げ切ってはいない左手の刀に魔力を注いで思いっきり横に降り下ろした。
降り下ろした刀では大剣に弾き飛ばされると読んでいたのだろう、そのままの勢いで俺の横合いから大剣が放たれていたが、その大剣を切り落とすかの様に俺の刀『氷円丸』が降り下ろされた。
普通に考えれば重量や見た目からも刀では大剣に押し負けるだろうし、例え刃を合わせた所でその厚みや強度から叩き折られてしまうかも知れない。
だが俺が魔力を注いだ氷円丸にはそれは通じない。
ガギン!!
と鈍い音を響かせた後…
その光景に観客も息を呑む。
大剣が石畳へと叩きつけられ、それを持っていたフルプレートも衝撃で横へと転がっていた。
そのまま転がるようにして体を回転させつつも大剣を持ったまま距離を取ってから素早く立ち上がったフルプレートは、
「あ、有り得ない!…貴様何をした!!」
大剣を両手で構えながら俺を見る。
俺は腰を落とし、片膝をついた状態からゆっくりと立ち上がり、半身を開いた状態で左手の刀の切っ先をフルプレートに向けて指し示した。
その刀は淡い冷気を放っており、同時に見る者に寒気すら呼び起こさせる様な雰囲気を放っていた。
「その刀…魔法剣か!?」
フルプレートは大剣を握る手に力を込めて刀を見た。
「どうする、このまま続けるなら容赦はしないぞ。」
「抜かせ!!」
フルプレートはその言葉と共に斬りかかって来ると思われたが、実際は立ち止まったままその場を動かない…
まるで力を溜め込んでいるようにも見えた。
切り込むべきか…だが…これは…
フルプレートの周りにただならぬ空気が漂っている感じがした。
次の瞬間、フルプレートの姿がブレた。
そして、気が付けば俺の背後から剣を振り放とうとしている。
『マジかよ』
俺は意表を突かれて右手の刀を左腕と交差させて横合いから来る大剣を受け止めるが勢いは殺せずにそのまま大きく横へと弾き飛ばされた。
もうすぐ場外に出ると言う寸での所で、空中を蹴った。
そのまま反転して石畳の上へと着地した。
『うまく行ったか』
飛ばされる瞬間、『風よ』と念じ、足から魔法を放ったのだ。
何も必ず手から魔法を放つ必要は無い。
魔力を集中し、放つのならば足でも問題ないはずだと…ただ実際に試したのはこれが初めてだったので上手く行くかどうかは分からなかったのだが何とか成功した様だ。
だがフルプレートは端から場外で決着するつもりは無かったらしい。
俺がホッとしたのも束の間、既に一直線に俺へと突っ込んで来ていた。
『仕方が無い!』
俺は右手へと魔力を注ぎ、その手に持つ刀『炎月丸』を振り払った。
即座に燃え盛る焔は接近していたフルプレートを動揺させるには充分で、まさに虚を突かれた形で、突っ込もうとしていた体勢から急ブレーキをかけて、その身を後ろに下がらせようとした。
俺は『ここだ!!』と判断し、
魔力を両足、両手の刀に注いで腕をクロスさせる様にして飛び出した。
後ろに下がろうとしていたフルプレートは大剣を前に出してそれを防ごうとしていた。
『そう来ると思ったぜ!!』
俺は目論見通りの展開に思わず心を躍らせた。
そして間近に迫ったフルプレートのその大剣目掛けて刀を解き放った。
接近していた刹那、フルプレートが剣を前にするまで一瞬溜めてから放たれたその刀は上体を反らしていたフルプレートには届かず、目の前に翳された大剣のみを見事捉えた。
大剣は交差した刀に切られ、その先半分を切り上げられる形で上空へと飛ばされた。
すれ違いお互いが着地した直後、その剣先は石畳へと突き刺さった。
俺は後ろへと振り返りフルプレートを見た。
フルプレートは剣先の無くなった剣を見ていた。
「まだやるか?」
「いや……わたしの負けでいい…」
その瞬間、静まり返っていた観衆たちが一際大きく声を上げた。
『結果的には勝ったが危なかったな…』
『えっ!?そうなの?』
『ああ、向こうがもっと本気なら魔法も使ってきただろう、何よりあいつは途中まで手を抜いてやがったしな』
フルプレートは途中、恐らくだが要所要所で魔力を身に纏っていた。
初撃の刀を弾かれたのもそれだろう。
しかし、最初から思いっきり魔力を出していれば俺の虚を突いてダメージを与えられていたはずだ。
しかも直接魔法や切り札的なものも使ってこなかった点からすればまだまだ実力は計り知れないだろう。
特に最後の言葉、『負けでいい』だ。
剣を切られたのがショックだったのかも知れないがとても負け惜しみで言ってる様には思われなかった。
片や俺の方は刀の力と、魔法も俺魔法では無いが使わされたのは確かだ。
俺の教訓上、『迷いは人を殺す』と言うのがある。
出し惜しみして判断を誤ればその時点でゲームオーバーに成りかねない。
今回本当の意味での模擬戦であれば出すつもりは無かったのだが…
侮っていたつもりは無いが、予想より上だったのは認めよう。
まあ無論俺とてすんなりとやられるつもりは無いがな。
「いやぁ、凄いね君は、正直ここまでやるとは思ってなかったよ。」
黒い肌の銀髪のギルマスはニヤニヤとした笑みを浮かべながら近付いて来た。
その後ろから、
「グレン!!」
と薄紫色の髪を靡かせながらエンリもやって来た。
「大丈夫?怪我は無い?」
「ああ、大丈夫だ。」
「いやぁ、エンリ君、彼は凄いね、まさかこんなに強いとは思わなかったよ。流石は君があれだけ推してくる人材だね。」
ギルマスはその恰幅のいい、体を揺らしながら笑っていた。
「ギルマス!!毎回面白そうだからとかいう理由で模擬戦やらせるのは止めてください!!いい加減にしてくれないと私も怒りますからね!!」
「いや、もう怒ってるじゃないか、ああ、ごめんごめん。」
ギルマスは詰め寄るエンリを手で制止ながら俺に向き直り、
「グレン君、紹介が遅れたね、私がこのエステルの町のギルドマスターのガゼフだよ。宜しくね。」
そう言って握手を求めてきた。
「ああ、グレンだ。」
俺は今更間満載だったが一応その手を握り返した。
「さてと…とりあえず別室に行こうか。」
ガゼフはフルプレートの方を見やり、そう言った。
フルプレートは今も剣先を失った大剣を握り締め、半ばで折れてしまったその剣を見つめていた。
その後訓練場はお開きとなり、俺とギルマスとエンリとフルプレートは別室へと移動した。
別室へと入った4人だが、4人が椅子に向き合って座る形ではなく、フルプレートだけは立ったままで、俺たち3人が座る格好で向き合っていた。
俺の横にギルマスが座り、正面にはエンリ、その横にフルプレートが立っているという感じだ。
「さて、今回の件だが、事情は概ね理解はしているが、少々やりすぎている様に思われるがどうなんだろう?」
明らかにフルプレートに話し掛けているガゼフだったが、
「…………」
フルプレートから返事が返ってくる気配は無い。
「アニー、あなたの気持ちも分かるけど…」
エンリは悲しげにそれを見つめる。
「………同情など不要だ。」
「確かに君の立場からすれば早くドラゴンを倒したいのは分かるが…おっと、この話、グレン君に聞かせても構わないかね?」
「………その前に一つ聞かせろ。」
俺に顔を向けてそう聞いてきた。
フルプレートはこの部屋に入ってもその頭のフルフェイスは取ろうともせず、それがさも当たり前で有る様に振る舞っている。
「何だ?」
「お前は人間か?」
「はっ?」
何言ってるんだコイツ…
「確かにあの刀の力は凄まじい…私のドラゴンスレイヤーを切ったのだからな…だがあの魔力…人間が持つにしては大きすぎる…」
「何を言いたいのか分からないが、俺は人間だ、何ならギルドカードを見せようか。」
俺は懐からギルドカードを出そうとした。
「ちょっとアニー、グレンは歴とした人間よ!幾ら何でも失礼じゃない。」
エンリは間に入るようにして口を出した。
「なら……好きにすればいい…ただ…情報が入ったら教えてくれ。」
そう言い終えると、そのまま部屋から出て行こうとした。
「待ちたまえ。」
ガゼフはそれまで目を閉じ黙って聞いていたが、出て行こうとするフルプレートを呼び止めた。
「ドラゴンについての情報は入り次第なるべく早く伝えてあげよう、それが君が冒険者になった理由だからね。ただし、今後もこういった騒ぎを起こすようならその限りじゃないことは覚えておいてくれたまえ。」
先程までのお気楽なイメージはどこへやら、非常に威厳の感じられる物言いに聞こえた。
伊達にギルマスをやってはいないなと思わせた。
立ち止まって聞いていたフルプレートは、
「…善処しよう」
一言そう言ってから部屋を出て行った。
「やれやれ…」
ガゼフは若干髪の薄くなった頭部を掻き上げながら、
「それじゃお許しも出たみたいだし話すとするか…その前にグレン君、君はこの話を聞きたいかね?」
『正直興味はあるが…』
何か余計な事に首を突っ込みそうで怖いんだが…
『一応聞いておいて、面倒そうなら知らんぷりすればいいんじゃない?』
『知らんぷりって最近聞いた記憶無いなぁ』
『そこ!?』
「まぁ、聞くだけ聞いてみますよ。」
確かにレンの言う通り、聞いた上で判断すればいいか。
「そうか、なら話をするが、この話はここだけのものとしてくれ。一応高ランク冒険者の情報は外には漏らさないで欲しいんだ。分かるかね?」
「はぁ、まぁ、一応はそう聞いてますから大丈夫ですよ。」
ヤバイな早くも面倒な気がしてきた。
「うむ、それじゃ、エンリ君頼むよ。」
「えっ!?私ですか?」
「うむ、私はこれから公務に戻るからグレン君に話すのは君に任せるよ。こう見えて僕も忙しいんでね。ああ、そうそう、グレン君、君は今Cランクだったかね?」
「そうですけど。」
何かこのおっさん、気さくで話しやすいんだけど時折妙な威圧感みたいなものを感じてつい敬語みたいなものを使わされちゃうんだよな…あの時の動きとかも軽快すぎて逆に警戒させられたし…流石はギルマスって事なのか?
「そうか…ならBランク昇格に興味があれば依頼を受けられる様にしてあげよう。ただし、その場合は僕が依頼を選ばせてもらうがね。」
ガゼフはそう言ってから部屋を出ていった。
部屋に残ったのは俺とエンリ。
「どういう事だ?」
「つまり、グレンがBランクになりたいならチャンスをやるから俺に言えって事でしょうね。相当気に入られたわねあなた。」
お決まりのウィンクを入れながらエンリは説明してくれた。
「普通、前にも言った通りこの短期間でCランク昇格するだけでも驚きなのに、このまますぐにBランクに昇格するなんて事になったら、他のギルドを含めたとしても初めての事でしょうね…まぁ、アニーを負かすだけの実力がある時点で既に規格外すぎるんだけどね。」
スピード昇格にはそれほど興味は無かったが、それよりも、
「そう言えばあのフルプレートの名前はアニーなのか?」
「フルプレート?…ええ、彼女は正確にはアナスタシア・ミストレイよ。冒険者登録名はアニーになってるわ。」
『アナスタシアでアニーか…』
「あいつは女なのか?」
「ええ、そうよ…ああ、まああの見た目じゃ分からないかも知れないわね。彼女も女として見られるのを嫌がってる節があるからわざと振る舞い方も変えているのかも、名前で呼ばれるのも好きじゃないみたいだし…気になる?」
「そうか…そりゃまぁ気にならないと言えば嘘になるが…」
あれでやっぱり女なのか…顔が見えなかったからどんな顔なのか少し気になっていたが女となると余計に気になるな。
「それじゃ、そのアニーについて話しましょうか…」




