第59話 『滞在延長』
エナンテ村の依頼は完了しましたがエステル編まだもう少し続きます。
第59話
『滞在延長』
「二日ぶりかしらね。」
そう話を続けて現れたのは、薄紫色の長く腰まで伸びた綺麗な髪とスラリとした体型ながらも出るとこはしっかりと強調したそのボディラインで、目に掛かる眼鏡を一度くいっと持ち上げて登場したエンリだった。
「ああ、そうだな。」
相変わらず少しはだけた制服の胸元に、思わず目線が行きそうになってしまったのを抑え、俺は答えた。
「それで、もう依頼を完了してしまったというのは本当からしら?」
疑っていると言うよりは確認している様だったが、その眼鏡の奥の瞳は俺を品定めするかの様に輝き真面目な姿で見つめていた。
「ああ、本当だ。予想外の事もあって、思ってたよりは手こずってしまったけどな。」
「ふーん、片道だけでも馬で半日以上かかるはずなのに、手こずって二日なんだぁ…」
エンリは前傾姿勢で上目遣いの様な視線をその理知的な眼鏡の下から俺に送ってくる。
「いや、まあ、もっと予想ではすんなり行くはずだったから…まあ、それはさておきこいつがその魔物の内の一体だ。」
俺は思わずたじろんでしまい、伺い来るエンリから少し状態を反らしつつ距離を取り、目線をそらすようにしてエンリの胸元から視線を外した。
そして少し慌てて魔物の入った袋を手で示した。
だって、流石にその前傾姿勢はヤバイっすわ。
チラリとエルザを見ると何かムーっと唇を尖らせていた。
「そう、これが…」
エンリは袋へと手を伸ばした。
「見ても構わないかしら?」
「ああ、勿論。」
エンリは袋を開けて、中に入っている魔物を袋から引っ張り出した。
「これは…」
エンリはその魔物を見て考え込んでいる様だった。
その後、魔物の顔、胴体や足、更には尻尾まで一通り確認する様に見ていた。
「その魔物はなんて名前なんだ?」
魔物はまだ死後一日程なのと首元以外は外傷もほとんど無いので比較的綺麗な遺体と言えるだろう。
「…正確には、分からないわね…」
エンリは顎に手を当て考え込むようにしていた。
「新種ってことか?」
「それも分からないけど、少なくともウチのギルドの知り得る魔物じゃないわね。しいて私が知っている範囲で挙げるなら顔は『モンキーキャット』で身体は『ドーウルフ』と似ているわね。」
『モンキーキャット』
身体が猫の様に小さく、顔は猿の魔物。
動きが大変素早く捕まえるのはかなり大変で、その素早さを生かして牙で攻撃を仕掛けてくる。
『ドーウルフ』
一見狼の様な姿だが、その尻尾は鼠の様になっており、特徴として鳴き声が『チューチュー』である。
また、その鳴き声には睡眠を誘発する効果があるらしい。
いずれもこの付近には生息していない魔物だそうだ。
厳密にはこのギルドでは発見されていないとの事だが。
「それで、ひときわ大きい魔物もいたという話だったけど…」
エンリは魔物から視線を俺に移し尋ねた。
「あ、ああ、一応いたにはいたんだが…」
俺はエンリから視線を逸らし、エルザの方を見た。
エルザは俯いて少し悲しい表情をしている様だった。
恐らくあの魔物の事を思い出しているのだろう。
「あら、その子と何か関係があるのかしら?」
エンリは俺の視線を追ってエルザを見やると、
「初めまして、私はエンリと言います。あなたのお名前を伺ってもいいかしら?」
エンリは屈み込む様にしてエンリと目線を合わせた。
エンリは俺の後ろへと隠れるようにして、
「エ、エルザ…」
と小さく答えた。
「エルザちゃんね、ありがとう。」
エンリはニッコリと微笑んだ後、
「それでグレン君どういう事か教えてもらっても構わない?」
再び俺へと顔を向けて、そう聞いてきた。
俺は正直に話しても良いものか躊躇ったが、
「ああ、だがその前に一つだけ確認したいんだがいいか?」
「ええ、何かしら?」
立ち上がって改めて眼鏡に一度手をやり、片腕を抱えるような仕草で確認した。
「この話はギルドに報告しないと約束してくれないか?」
「どういう事かしら。」
エンリは真面目な表情でそう切り返す。
「厳密に言えば、報告してもらっても構わないが、その場合はここにいるエルザについては一切影響しない様にしてくれ。」
俺は一度エンリから目を反らしてエルザを見てから、
「俺が迷惑を被る分には我慢するが、この子に不利益な事を要求してくるようなら容赦はしないと覚えておいてくれればいい。」
エンリは俺の言葉に一度その端正な顔立ちの眉をピクリと動かして目を閉じたが、
「分かったわ、あなたにもエルザちゃんにも不利益になるような事にならない様にするわ。ただ、話の内容によっては色々としなきゃならない事もあるかもしれないけど…まずは話を聞かせてもらってもいいかしら。」
「分かった。」
エンリを完全に信用した訳でもなかったが、どのみち話をしないとどう対処するか、それをどう判断するかは分からなかったので一応の承諾を得たかったという意味合いで了承した。
立ち話もなんなので、俺たち4人は椅子へと座り話し始めた。
俺はそれから村へ着いてから森へと入り、魔物の討伐と、リーダー格の魔物について、そしてエンリとの出会いと最後にカシスについての出来事を話した。
リッケルは途中幾つか補足する様に洞窟やその近くにあった石の祠についても解説を入れてくれた。
エンリは話の間、幾つか質問を入れてくるかと思ったが、じっくりと話を聞きながら時折頷きや相槌を入れるだけで特に質問はせず、最後まで真剣な表情で何度か眼鏡をクイクイ動かしながら話を聞いていた。
「…なるほど…」
エンリは話を聞き終えてから暫く考え込む様な仕草をした上で、
「幾つか質問させてもらいたい事があるのだけどいいかしら。」
まず『リーダー格の魔物について』
その詳しい容姿を聞いてきた。
俺がそれに出来るだけ詳しく答えると、
「その魔物は恐らくだけど、『ジャイアントフット』だと思うわ。」
「ジャイアントフット?」
俺はエルザの言葉に思わず聞き返した。
『ジャイアントフット』
見た目は巨大な猿の様な姿をしており、動きはその見た目以上に俊敏であるとされている。
別名『森の賢人』とも言われ、魔物の中では非常に高い知能を持ち、人語も解する知識を持つとされている。
ただ、エンリの持つ知識では聞いた事があるだけで見た事は無いらしく、そもそもこの魔物が生息するのはこのエスカ大陸では無く、獣人たちの住むとされているシュミット大陸であると聞いたらしい。
次に『石の祠について』
これはリッケルから先程補足もあったのだが、見た目はともかくその中身、というか効果についてだ。
俺がカシスが現れた時の状況を説明したのだが、それを聞いたエンリの答えは…
「原理は分からないけど、恐らくはそれは転移魔法の一種だと思うわ。」
『転移魔法』か…
俺は予想通りではあったのだが、エンリもやはり転移魔法に行きついたという事はやはりこの世界にもあるんだな。まぁカシスが持っていた奥の手というかあの石もその一種だろうしな。
次に当然、
『カシスについて』だ。
これは元々俺の方からも質問するつもりだった案件だ。
「カシスという獣人についてだけど…」
エンリは顎に手を当て考える素振りをしながら、
「そこにいるエンリちゃんを目的に現れたのよね?」
「ああ、どうやらそうらしい。」
俺はカシスという名前を聞いて、隣に座るエンリが表情を硬くしているのを見て、その頭を撫でながら落ち着かせる様にしてそう返した。
「だとしたらまた襲ってくる可能性があるわね…」
チラリと視線をエルザへと向けた。
「大丈夫だ。もしそうなったとしても必ず俺が蹴散らして、エルザに1発殴らせるからな。むしろ来てくれればこちらから行く手間も省けるからな。」
『なっ?』と1回エルザの頭をポンと叩いてからエルザの顔を見た。
エルザは俯いていた顔を上げて、コクリと大きく頷いた。
その表情はどこか俺には決意が滲んでいる様な表情に見えた。
「そう…」
エンリは少し口元を緩めてホッとした様な表情を浮かべてエルザと俺を見た。
「それでなんだが、カシスって奴はやっぱり知らないのか?」
「ええ、ごめんなさい。残念だけど獣人に関する情報はあまり詳しくないのよ。何せこの国では獣人は…」
言い続けようとして、エンリは一旦言葉を止めた。
エルザの方を見ている事からその理由は明らかだった。
「分かった。」
俺はそう言ってこの話は一先ずここまでだと思い、詳しい事はまた今度にしようと考えた。
「でも、一応その男についてはこちらでも可能な限りは調べてみるわ。」
エンリはニコッと表情を和らげ俺とエルザに告げた。
そして最後に『エルザについて』
これはギルドにも依頼しようかどうか迷っていたのだが…
「単刀直入に聞くわ、あなたは、グレン君はその子を一緒に連れて行くつもりなのよね。」
エンリは再びキリッとした表情に戻して俺を見つめてきた。
その見つめる視線には嘘は許さないとも思える力強さを感じた。
俺はその視線を真っ向から受けた状態で、
「ああ、そのつもりだ。」
俺の答えを聞いて、フゥと一度ため息を入れた後、その表情を緩ませ、
「分かったわ。一応はさっきの男の事と一緒にエルザちゃんの事も調べてはみるわ。あっ、でもそれほど期待はしないでね。それにこれはギルドで調べるというより私個人で調べる事になっちゃうだろうし。」
「ああ、助かる。ありがとな。」
俺も表情を緩め、エンリに礼を述べた。
隣にいたエルザもペコリと軽く頭を下げた。
結局カシスやエルザの事は分からなかったが、この件は魔物を引き渡し、後でギルドから村へと調査を向かわせる事になった。一応洞窟や石の祠について調べるそうだ。
話を終えて部屋から出ようとした所で、
「ちょっといいかしら。」
エンリは俺を呼び止めた。
「二人で話しをしたのだけれど…」
エンリは片目をウィンクさせて俺に視線を送る。
エルザは少しムスッとしていたが、ポンポンと頭を叩いて宥め、リッケルと共に部屋の外で待っていてもらう事にした。
「ごめんなさいね、幾つかあなたに確認しておきたい事があったものだから。」
エンリは椅子へと座り俺を向かい側の席へと勧めた。
「いや、それは別に構わないが、何だ?」
「まずはこれ。」
そう言ってエンリはカードと5枚の銀貨を差し出してきた。
俺はカードを受け取り、そのカードを改めて見ると…
俺の冒険者カードだった。
だが前のカードと大きく違う点が1点。
カードの色が変わっていた。
前は銅の色をしていたものが今は銀色になっている。
別に材質が変わった訳では無くただ色が変わっただけの様だが…
「おめでとう。これであなたは今からランクC冒険者よ。」
どうやらそういう事らしい。
エンリ曰く冒険者になってから2日でランクアップするのは異例な事であるらしいが、ギルマスにエンリから口添えをしてくれたらしい。
なんと口添えしてくれたのかは分からないがかなり俺に期待してくれている様だった。
あと、銀貨は魔物の買い取り料らしい。
本当は素材などについても詳しく調べた上で買取の査定を行うらしいのだが、この魔物についてはそれ以上に調べてみないと分からない部分がある為、素材としてでは無く、実験体としての買い取りとして渡されたらしい。
本来は値段的にも定まっていないのだがエンリのさじ加減で少し多めにつけてくれたらしい。
どうやら期待といい、かなり俺の事を買い被ってくれているみたいだ。
「それでグレン君はいつこの町を出るつもりなのかしら?何ならずっとこの町にいてくれても…」
俺は受け取った銀貨を先程の報酬の袋に入れながら、
「ああ、明日だ。それと俺の事はグレンでいい。」
「そう、分かったわ…って、えっ⁉明日なの⁉」
エンリは思わず眼鏡の奥の瞳を見開いた。
「ああ、何かマズいのか?」
「いえ、その、まずいというか折角この町でギルドの一員になったのだし…」
エンリは頬を少し赤く染めており、視線をわずかに反らしながらごにょごにょと呟いていた。
「ああ、そうか!」
なるほどと俺は思った。
「えっ⁉」
エンリは再び俺に視線を戻した。
「俺が明日この町を去ったら、カシスの事やエルザの事を調べてもらっても伝えられなくなっちまうもんな。」
今更だがこの町を明日出て行く俺にとって、例えエンリがその事について何か分かったとしても連絡を取れない事に今気付いたのだ。
「そ、そうね。そうだわ。だからグレン君、グレンももう少しこの町にいてもいいんじゃないかと思ったのよ。」
エンリは眼鏡を何度もクイクイとさせつつ目線を反らしていた。
「でもそうなるといつまでここにいればいいのか分からないしな…それにエルザは明日までしかここにいられないみたいだし、困ったな。」
手を口元に当ててどうするべきか俺は頭を悩ませた。
「どういう事?」
エンリは表情を元に戻して再び眼鏡を一度クイッと持ち上げてから俺に尋ねた。
俺たちがこの後エリス王国に向かう事や今日門番に言われた事などを話した。
勿論どんな理由でエリス王国へ向かっているかについてはリルルを護衛しているという建前だ。
別にエンリを信用してるしてないとかは関係なく、話した所で面倒になる事案は省きたかったのだ。
「そう…確かにそれは問題ね…」
エンリは門番から言われた事について考えてくれている。
実際この町ではというより、この国『エランドール国』では獣人に対しては奴隷として扱われるか一部ペットの様な扱いで傍に置かれている様な状況で非常にその風当たりは強いらしい。
冷遇されている理由としては『怖いから』だそうだ。見た目はともかく、その身体能力から獣に近いイメージがあり、人族とは似て非なるものとして扱われている。
エンリはそれほど獣人に対して悪いイメージを抱いていないが、昔から何人かの獣人を見ているが、どの獣人も等しく首に奴隷の首輪を嵌めていたそうだ。
「分かったわ、とりあえずこれからギルマスと相談して、帰りに門番の所へ行ってみるわ。」
「なぜそこまでしてくれるんだ?」
俺は素朴な疑問としてエンリに尋ねた。
ギルドに来て、エンリに会ってからやけに親切にしてくれている気がしたからだ。
エンリは少し意表を突かれたのか一瞬躊躇いの表情を見せたが、
「あなたに期待しているからかしらね…色々と…まぁ、ギルドにとっても有望な人材には優しくしておくのが通説なのよ。今日の件はランクアップのお祝いも兼ねて引き受けたわ。」
「そうか、それは助かるがいいのか?」
もう時間的には結構な時間なのでこのあと残業みたいな形になるだろうし、何もこの後すぐにやってもらうのも気が引けたのだ。
「構わないわ、まだギルマスも帰っていないでしょうし。それでもう暫くこの町に滞在するって事でいいのかしら?」
「ああ、それならもう3日程で調べられるか?」
「3日ね…分かったわ一応それで調べてみるけどさっき言った様にあまり期待はしないでね。それとエルザちゃんの町への通行料の方はこちらで何とかしてみるけど、明日にでも一度門番に確認しておいてね。勿論私に会いに来てくれても構わないから…」
そんなこんなで話をし終えて部屋を出ると、リッケルが今にも中に入ろうとしていたエルザを止めており、部屋を出た瞬間、俺を見るなり、俺の胸元へとエルザが勢いよく飛び込んできた。
その後エルザを宥めつつ、ギルドを後にした。
外は既にすっかり暗くなっており、人通りも大分少なくなっていた。
預けていた馬を引き取り、そのままリッケルは2頭の馬を引き連れて別れる事になった。
「ではグレンさん。今回は本当にありがとうございました!」
リッケルはこれでもかと言わんばかりに俺に深々と頭を下げた。
「いや、俺の方もお蔭でランクアップも出来た訳だし気にするな。それに本当に大変なのはこれからかもしれないしな。」
俺は先日村でリッケルに言った事を思い出していた。
「は、はい!必ず村の森は守って行きます!」
頭を上げたリッケルは、握り拳を作ってそう答えたのだった。
そうしてリッケルと別れた俺とエルザは宿へと戻って行った。




