第55話 『奥の手』
駆け足での投稿になります。
なるべく早めに続きを書ける様に頑張ります(ФωФ)ゝ
第55話
『奥の手』
「しかし驚いたね、まさかこんな所に君の様な者がいるとは思わなかったよ。」
首を横に振りながらカシスはやれやれという仕草をして見せた。
「急に口調が変わったな、さっきまでの威勢が無くなったぞ。」
俺は刀の手をそのままにカシスへと詰め寄った。
一瞬ムスッとした表情を見せたが、直ぐにいかにもな笑顔を作ってから、
「いやぁ、何も無理して争わなくてもいいじゃないか。さっきのは僕も悪かったよ。」
『急に態度が変わったな』
俺としてはコイツが信用ならない相手だと確信出来た。
「それで僕がここに来た理由なんだけど、実は女の子を探していてね。エルザっていう子なんだけど知ってるかい?」
カシスはそのままの口調で俺に話し掛けた。
『エルザ?』
さっきの女の子の事か…
俺がどう返そうか悩んでいた所、後ろの洞窟の中からドカドカと物音が聞こえて来た。
俺は一度振り返り、正面にいるカシスを見てから、洞窟とカシスを視界に入れるべく横へと移動した。
洞窟から現れたのはさっきのリーダー格の魔物だった。
出てきた魔物は辺りを見回し、広場に横たわる同胞たちの遺体を見つけた。
「ゼッタイユルサナイ‼」
グオー!と雄叫びを上げてから、
ドンドンと胸を叩いてドリミングしている。
かなりの重低音で辺りにその音が響き渡る。
カシスはそれを見て、無言のまま再び剣を抜いた。
「ヤッタノオマエカ‼」
魔物はギロリと俺を睨んで言った。
すると脇から出てきた魔物が、『キー、キー』と言いながらカシスの方を示していた。
俺を睨んでいた魔物は視線をカシスへと向け、
「オマエハダレダ!ヨクモナカマヲ‼ゼッタイユルサナイ‼」
その言葉に誰が返すよりも先に、魔物は既にカシスへと向けて走り出していた。
カシスは慌てる事無くそれを剣を正面に構え、待ち受けている。
『どうする?』
あのままだと多分あの魔物は殺られる…
だがあの魔物を助ける必要があるのか?そもそもそれをしたら…
『グレン!!』
見ると、カシス目掛けてその魔物が右腕を降り下ろしていた。
カシスは臆することなく剣を構えている。
だが魔物の拳がカシスの頭へと迫り、正に当たるかという所でカシスはヒラリとその拳を横にかわした。
ズドン!!と大きな音が響き魔物の拳は大地を抉る。
すかさず横に避けたカシスはその腕に剣を振るった。
ズバッと音が付きそうな勢いで魔物の腕が分断された。
「グギャアアア!!」
魔物は肘から先を切断され悲鳴を上げる。
残った左腕で横凪ぎにカシスを払い除けようと平手打ちをかます。
しかし今度はジャンプしてそれをかわしたカシスはそのまま空中で回転するように剣を振るう。
通り過ぎたはずの魔物の左腕から鮮血が飛び散りドサッとまたもや腕を切り落とされた。
「ガアアアア!!」
両腕から血を撒き散らせながら後ろへとヨロヨロと後退する。
着地してから、それを見やったカシスは一度ニヤリと口元を歪ませてから止めをさすべく踏み込んだ。
「ちょっと待て!!」
俺は既にカシスと魔物との間に接近しており、刀を構えた状態で割って入った。
カシスは剣を構えた状態で眉をピクッと一度上げてから、
「どうゆう事だい?」
「この魔物には聞きたい事があるんだ、今殺されちゃ困る。」
「ふーん、そうか…」
カシスは剣を構えたまま、
「でも僕に牙を向けて来たものを2回も見逃すとなると流石にねぇ…」
「さっきも言ったが、これは俺の獲物だ。」
俺はカシスから視線を逸らさず向き合う。
すると後ろでズズーン!!と大きな音を立てて魔物が後ろへとひっくり返った。
そこへ、
「ママー!!」
と駆け寄る声が聞こえた。
俺は思わず振り返ってそちらを見た。
すると正面にいたカシスから、
「見つけた!」
という声が聞こえると共に大きく俺の頭上を超えてジャンプしていた。
『マズイ!!』
感覚的にヤバイと感じた俺は、倒れた魔物へと向かって来る女の子目掛けて思いっきり足に力を込めて真横へと跳んだ。
放物線を描き飛んできたカシスはそのまま剣を頭上から女の子へと突き刺すべく体勢を取っている。
『間に合え!!』
間一髪の所で女の子へと手が届き、俺はその子を抱き抱える形で地面を転がった。
今正にそこに女の子がいた場所にカシスの剣が突き刺さる。
「また邪魔するんですか…」
カシスはスッと立ち上がり、突き刺した剣をその大地から抜く。
「いい加減ムカつくから止めてくれないか……ああ、ああ、もういいや、面倒臭いからこの辺一体消し飛ばしちゃおっかなぁ。」
「おい、大丈夫か?」
俺は抱えた女の子に話し掛けた。
「ママが!!ママが!!」
女の子は俺の腕の中から逃れようとジタバタしている。右腕ももうそれほど痛みは無く、支障は無さそうだ。
「おい、何でこの子を殺そうとした!!」
俺は女の子を胸に抱いたまま立ち上がり、カシスを睨み付けた。
「ああん、お前には関係ないだろう。」
「やっぱりそっちが本性か…残念だがこの子をやらせる気は無いんで諦めてくれないか。」
「あん!?お前何言ってるんだ?」
カシスは今度こそ本当に怒っているのか眉間に皺を寄せながら俺を睨んできた。
「聞こえなかったのか?この子は諦めてさっさと退けと言ったんだ。」
「…………」
カシスは暫く黙った後、
「ああ、もういい!!もう面倒くさい!!いい加減にしろ!!俺を誰だと思っていやがる!!わざわざこんな所まで来てやったのに!!わざわざ俺様直々に出向いてやったのに!!もううんざりだ!!」
『キレたのか?』
俺は自らの髪を掻きむしってイラつきを高めているカシスを見た。
「ふぅ……分かった…」
カシスは漸く落ち着いたのか頭から手を離し、腕をダラリとさせた後、
「お前ぶっコロスわ。」
そう口にした後、何やらカシスから湯気の様なものが立ち込めている。
辺りはもう真夜中だが、カシスの身体から浮き出るその湯気は少しだが光を発しており、よく見える。
『俺魔法発動』
俺は臨戦体制を取った。
その次の瞬間、
目の前にいたはずのカシスの姿がフッと消えた。
気が付くと俺のすぐ左側にその姿が見えた。
『ぐっ!!』
俺は左手に持っていた刀を横に振るったが、捉えられず、次に即座に俺の首元を狙ってカシスの剣が放たれていた。
俺は上体を反らし、女の子を抱えたまま方膝を付き、それをかわした。
「もらった!!」
とカシスはそのまま剣を振るった後、再び剣を振り返して来ようとした。
体勢を崩したままの俺は、
「炎月刀!!」
刀へと魔力を一気に注ぎ込んだ。
「なにっ!?」
カシスは大きく燃え上がった炎に驚き、慌てて後ろへと跳躍した。
洞窟側に着地したカシスは、
「その剣、魔法剣か?」
「だとしたら何だ?」
俺は立ち上がり再びカシスと向き合った。
カシスの身体からは相変わらず湯気が立ち上っている。
『念の為、炎月刀に変えておいて正解だったな』
俺は先程、魔物とカシスの間に割って入る際に氷円丸から炎月刀へと持ち変えていた。
理由は単純だ。
『獣は火に弱いだろう』と。
今も大きく燃え上がる刀は辺りを照らし出している。
今まで炎月刀を使わなかったのは新しい刀に慣れておこうと思ったのもあるが、森という環境を考えて使わなかっただけだ。
『それにしても…』
俺がそう考えた瞬間、右腕に痛みが走った。
見ると女の子が俺の右腕に噛みついている。
しかもさっき魔物に噛みつかれた所にだ。
俺は思わず腕を緩めた隙に、女の子は俺の胸元から逃れ、「ママー!!」と言いながら魔物の方へと走って行く。
そしてその間隙をついて、つい今の今まで距離を取っていたはずのカシスが俺のすぐ右側の脇へと現れて、手に持つ剣を俺の胴目掛けて横凪ぎにしている。
『しまっ!』
痛恨のミスだった。
俺はほぼ無意識に右手で腰にあった刀を引き上げそれを受け止めた。
ギン!!
という鈍い音が響いてから俺はその反動で後ろへと吹き飛ばされた。
辛うじて胴を真っ二つにはされなかったものの、あとほんの一瞬でも遅かったらヤバかっただろう。正に紙一重と言った所だ。
そのままカシスは追撃してくるかと思いきや、俺を一瞥した後、そのまま前方へと走り抜けた。
狙う先は…
『ヤバイ!!』
一直線に女の子に向かっていた。
俺は吹き飛ばされながら、強引に『エアムーブ』、『風よ』と唱え、勢いを殺し前へと飛んだ。
しかしこのままでは間に合わず、カシスにより女の子は殺られてしまうと思った瞬間、女の子の前へと躍り出た魔物がいた。
先程洞窟に逃げてリーダー格と一緒に出てきたあの魔物だ。
魔物は正面から来るカシス目掛けて飛び掛かった。
「邪魔だ!!」
カシスは剣を一振りし、その魔物を横に切り裂き一蹴した。
だが、その一瞬で俺には充分だった。
『後ろからやるのは趣味じゃないが』
俺は飛んだままカシスの背後から左手に持つ刀を振り払った。
まだ刀の届く距離では無かったが、この刀は別だ。
刀から放たれる炎がカシスの身体へと到達すると大きく燃え上がった。
「ぐぁあああ!!」
カシスは転がる様に地面に倒れこむ。
背中から受けた炎を消した後、
上を向いたカシスの首元には刀が突き付けられていた。
俺の刀が…
「まだやるか?」
俺はカシスを見下ろしながらそう告げた。
「ぐっ!!」
カシスはこれでもかと言わんばかりに顔をひきつらせていたが、
「わ、分かった、取引をしよう。」
「はっ!?」
『こいつ何言ってるんだ?』
俺は間の抜けた声を出してしまった。
「いや、だから君に譲歩する代わりに僕の要望も聞いてもらいたいんだ。そもそも君はあの子の事を知っているのかい?」
カシスは歪んだ笑顔を無理矢理に浮かべている。
『よくも抜け抜けと…』
「俺がそれにこたえてやる義理はあるのか?」
「えっ!?…」
今度はカシスが間の抜けた声を上げた。
「この状況でお前が俺に譲歩する必要があるのかと聞いてるんだが?」
「わ、分かった!!こうしよう、俺はこのまま退くから見逃してくれないか?いや、ただでとは言わない!勿論それなりの礼はさせてもらう!!」
ひきつった笑いを浮かべながら、手を待ってくれと前に出している。
「じゃあ約束しろ!今後俺に妙な真似はしないと誓え!!」
俺はこれ以上の面倒はゴメンだったので礼なんて要らないからさっさとこの場を終わらせたかった。
「わ、分かった…約束する…」
「この約束を破る様なら、次は容赦なく叩き斬る事になるから覚えておけよ。」
俺はこいつを全く信用していないが、今他にやれそうな事が無かったのでとりあえず建前だけでも取り繕うことにした。
「…わ、分かった…」
「最後に質問だ、あの女の子、エルザと言ったか。何故殺そうとした、あの子は何者なんだ?」
カシスは刀を突き付けられたまま、視線をエルザの方へと向けて…
「実は…あっ!?」
と突然眼を見開き驚いてみせた。
チラッと俺が視線を一瞬逸らした瞬間、
カシスは全身の湯気を一気にボワンと噴き出させ、その隙に後ろへと距離を取った。
そしてすかさず腰の部分から何やら石の様な物を取り出してから、
「てめぇ!このカシス様に何をしやがったのか覚えておけよ!!クソが!!」
『まさかあいつ!!』
そう言えばさっきカシスは『この辺一体消し飛ばしちゃおっかなぁ』とか言ってた気がする…
あの石まさか!?
「ブラストウォール!」
俺は女の子とカシスの中間地点へと飛び、その地面へと掌をつけて魔法を使った。
同時にカシスはその手にした石を勢いよく地面へと投げつけた。
自分の足元に…
『んっ!?』
見るとカシスの足元が光に包まれている。
さっき、カシスが現れた時の光に似ている。
俺の目の前に黒い壁が現れた直後、カシスはその光の中に消えていった…
『あいつ、逃げたのか…』
てっきりあの石が奥の手とかで盛大に爆発でもするものだと思ってたんだが…ある意味、逃げる為の奥の手だったのか。
俺は目の前の壁を消した。
「ママー!!ママー!!」
先程から後ろで少女の泣き叫ぶ声が聞こえていた。
俺はひとまず辺りを見回し、様子を確認してから刀を納めて、その泣き叫ぶ少女へと近付いた。
エルザは泣きながら魔物にすがり付いていた。
両腕から血を流し、既に事切れていると思われたがその閉じていた目がゆっくりと開いた。
「ママ!!ママー!!」
気が付いたと目を輝かせたエルザは魔物の顔へとその小さな体を近付けた。
ゆっくりと顔を横へと動かし、
「エ、エル…ザ…」
「ママ、エルザだよ!!しっかりして!!」
瞳に一杯の涙を浮かべながらエルザは応えた。
魔物はエルザを見てから、その瞳をゆっくりと動かし、その後ろに立っていた俺を見た。
「オ…マエ…エ…エルザ…タノム…」
もう後ほんの暫くしたら息絶えそうなその魔物に向かって俺は…
「ああ、分かった…」
魔物は少し笑った様な顔をしてから、
「エ…エ…ルザ…アイ…し…」
そこから先の言葉は出てこず、目からは光が失われ、瞼を開いたまま息絶えていた。
「ママ!?」
エルザは魔物の顔を覗きこみ、その瞳を見つめていた。
その後、暫く…暗闇の森の中で虫の音を掻き消す様に少女の泣き声が響き渡った。




