第53話 『エナンテの森』
第53話
『エナンテの森』
「リッケルです!開けて下さい!!」
馬から降りて村の入り口近くへと行った所で、リッケルが村の櫓へと向かって声をかけた。
この村もエーゲ村と同じで見張り台がある様だ。
だがなんかショボいな…
一応村は塀に囲まれてはいるがエーゲ村よりも大分低く、エステルとは比べ物にならない程低い。
精々が高い箇所でも2~3メートルと言った所だ。
しかも所々まだ作業途中の様で一部低くなってたりもしていた。
まあ魔物や盗賊がいたら必要になるか…
『レンのいた村は平和だったんだな…』
『いや、僕たちの村も魔族に襲われてるからね!!ある意味一番危険だよ!!』
『そう言えばそうだったな』
「おう、リッケルか!ちょっと待ってろ!!今門を開ける。」
櫓の上から男の声が聞こえた。
暫くして門が開き、俺たちは村の中へと入った。
「おう、リッケル!!冒険者は見つかったのか!!」
門番の男は開口一番リッケルに詰め寄ってきた。
「あっ!はい!!こちらの方にお願いしました!!」
馬の手綱を片手にもう片方の手で後ろを歩く俺を示した。
「はぁ!?」
門番の男は間の抜けた顔をしている。
そしてリッケルと俺の顔を交互に見ながら、
「おいおいリッケル!!マジで言ってんのかお前!?」
「ええ、こちらの方は冒険者のグレンさんです。」
リッケルは男の反応を無視して話を続けた。
「おっ…」
男は思わず口に出そうとしてから、慌ててリッケルを脇へと引っ張り、
「いやいや、流石にこの坊主に魔物討伐は無理だろう…まさかこう見えてBランク以上の冒険者なのか?」
「いえ、グレンさんはDランク冒険者ですが…」
「おい!!お前何Dランク冒険者なんか連れて来てんだよ!!」
男は思わず大声を上げたてリッケルに更に詰め寄った。
リッケルは男を手で制しながら、
「大丈夫です、グレンさんはこう見えてとってもお強いですから。」
「おい、さっさと魔物の話を聞かせてくれ。」
話が長引いても厄介なので、俺は早々に魔物のいる場所に向かいたかったので声をかけた。
「は、はい!!それじゃこちらへ」
リッケルは門番の男に『また後でお話しますから』と伝えて村の中へと俺を招き入れた。
リッケルと馬の後について暫く村の中を進んで行くと、左手に納屋の様な建物が見えた。
「あっ、馬を繋いできますのでちょっと待ってて下さい!!」
そう言ってリッケルは馬を連れてその納屋の中へと入って行った。
『ねぇ、グレン』
『何だ?』
『いっつもグレンに任せてばっかりだから、たまには僕もやってみたいんだけどダメかな…』
『…魔物の討伐をか?』
『う、うん』
『………』
確かにこれまでほとんど俺が一人で片付けて来ているし、このままレンが何もしないでいたら成長もしないだろうからな…
『分かった、じゃあやってみろ、ただし危なくなったら交替するからな』
『うん!!分かった!』
「すみません、お待たせしました!」
リッケルは少し駆け足で戻ってきた。
「ううん、大丈夫だよ。」
「えっ!?…アレッ!?」
リッケルは何かに驚いているようだ。
「どうしたの?」
「な、何かグレンさん…その…雰囲気変わりました?」
「えっ!?…い…いや、そんな事ないぞ!」
「そ、そうですか……それじゃあ、行きましょうか…」
リッケルはそう言って歩き出しながらも、少し首を捻っている。
『そうか、今僕グレンなんだよね』
『そうだ、全部無理して俺に合わせる事も無いが不審がられない様に気を付けろよ』
『う、うん分かった、気を付けてみる』
「ねぇ、リッケル。今どこに向かってるの?」
前を歩くリッケルに質問した。
「あっ、はい!村の中央にある対策本部に向かってます。そこで魔物についてお話します。」
『対策本部か…』
「あっ、アレです!!」
リッケルは前方を指差して告げた。
そこにはテントと言うか白い天幕に覆われたものが設置されていた。
遊牧民とかが使っていそうな代物だ。
入り口には特に誰も立っておらず、暖簾というか簾の様なものが掛かっているだけだ。
「失礼します。」
リッケルがその垂れ幕をくぐり中へと入る。
「お邪魔します。」
続いてレンも中へと付いていく。
「おお、リッケル!戻ったか!!」
「はい、長老。ただ今戻りました。」
中へと入ると少し縦に長めのテーブルに3人の男と1人の女性が座っていた。
周りには小さなテーブルがある程度で特に他に家具のようなものは置かれていない簡素な室内だ。
「それで、冒険者は連れて来られたのか?」
長老と呼ばれた隣に座る男が声をかけた。
「はい、こちらのグレンさんにお願いしました。」
リッケルは俺に視線を向けた。
レンは照れながらポリポリと頭を掻いている。
「そ、その子が冒険者なのか!?」
長老の向かい側に座る男が門番と同じ様な表情をしていた。
「はい、グレンさんは冒険者でとっても強い方ですので…」
「ふうむ…にわかには信じられんが…」
長老と呼ばれた老人は他の者たちと顔を見合わせる。
「リッケルがそう言うんならあたしは信じるよ。」
いかにも姉御っぽい雰囲気のその女性は腕を組みながらそう声を上げた。
『おい、レン、一応お前も何か言っといた方がいいんじゃないか』
『う、うん、そうだね』
「ま、任せてくだしゃい」
自分の胸を叩きながらレンは言った…
『………』
「………」
場に微妙な空気が流れる。
「本当に大丈夫なのか?」
長老たちは思いっきり不安がっていた。
「あ、あたしもちょっとだけ心配になってきちゃったわね…」
アハハハ…と渇いた笑いをしている。
「と、とにかく僕がグレンさんにお願いしましたので、魔物について詳しくお話しする為にここに来ました!」
リッケルは場の雰囲気を変える為にも強引に話を切り替えた。
「ふむ…とりあえずやってみてもらうのもええかもしれんな。」
「ですが下手に魔物を刺激してこれ以上被害を拡大する訳には…」
「だが村の者たちがやられるよりはマシなんじゃないか?」
3人はあれやこれやと話をしていた。
「ああん、もう、何回同じ様な話をしてるんだい!!そんな事だからみんな村を出ていっちまうんじゃないか!!」
女はしびれを切らしたのか捲し立てる。
「どのみち魔物を何とかしないとどうにもならないんだから!折角リッケルに頼んで町に行って冒険者を連れて来てもらったんだから頼むしかないだろう!!」
男3人は『むう…』と黙り混んでしまった。
「すみませんグレンさんお見苦しい所を…」
リッケルが申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「ううん…いや、気にしないでくれたまえ。」
『レン…お前の中の俺はそんなイメージなのか…』
結局、藁にもすがる思いとの事で納得し、長老たちは話をし始めた。
魔物の数は分からないが、見た者の話によると四つ足で犬の様に走り回り、目は赤く光り、鋭い牙を持っているそうだ。
更にリーダー格の魔物が1体いるらしく、それは他の魔物に比べて一回りも二回りも大きいらしい。
その魔物の大半は夜になると襲ってくるらしく、村も夜は見張りを立てて警戒しているが逃げる事しか出来ないそうだ。
因みに動きが早い上に暗い中でハッキリと見た者はおらず、殺されるか村から逃げ出してしまった為それ以上詳しくは分かっていないらしい。
殺された者の多くはこの村の樵で森の中で襲われたのだそうだ。
尚、現在森に入るのは禁止しており、この村の収入源である木材も不足し大変困っているらしい。
大体の状況は分かった。
『それじゃレン、そろそろ行くか』
『えっ!?も、もう?』
『なるべく早いこと片付けて町へ戻った方がいいだろ?』
『でも…もうすぐ夜になっちゃうよ』
『魔物は夜行性みたいだから探すのには都合がいいはずだ』
『でも朝とか昼の方が、巣穴とか眠っているのを見付けられるんじゃない?』
『それも無いことは無いだろうがかなり難しいと思うぞ』
『な、なんで?』
『さっきあいつらも言ってたが、ハッキリ姿を見た者がいないって事は多分相当警戒している可能性が高いからな、恐らくは日中は見つからない様にしているんだと思う』
『でもそれじゃあ、視界の悪い夜になんてもっと見つからないんじゃ…』
『いや、夜に獲物がのこのこ自分のテリトリーにやってくれば否が応にも反応するだろうからな』
『それって危険なんじゃ…』
『おい、レン、俺たちはその魔物を討伐に来たんだぞ』
『う、うん…そ、そうだね…』
『代わるか?』
『ううん、だ、大丈夫だよ…多分…』
『安心しろ、お前も魔力があるんだから戦えるだろ』
『そ、そうだよね!僕だってやれば出来るよね!!』
『いざとなったら俺が代わってやるから思う存分やってみろ』
『わ、分かった!頑張ってみるよ!!』
俺たちは一通り話を聞いた後で、
「そ、それじゃ行ってきます!!」
天幕を出て、村の端にある森の入り口へとリッケルに案内してもらった。
既に日は落ち、森の奥は薄暗くなっている。
森に入る前にリッケルから松明を受け取り、俺たちはその森の中へと歩を進めた。
リッケル他長老たちは『一人で大丈夫ですか?』とか『もし無理そうなら戻ってきてくれても構わんのじゃぞ』とか『坊や、気を付けてね』と心配してくれていた。
残りの男二人は『期待しないで待ってるぞ!』『せめて村には連れて来ないでくれよ!!』とかも言っていたが…
『ぐ、グレン…これからどうしようか…』
森の中を歩きながら、レンが聞いてくる。
『そうだな、このまま歩き回りながらただ襲ってくるまで待ってるのも何だから、この辺一帯焼き払うとか…』
『だ、ダメだよ!!』
『冗談だよ』
『グレンなら本当にやりかねないから怖いよ…』
『それはまあさておき、とりあえずは何か足跡とか手がかりでも探してみるか』
『う、うん分かった』
本当なら夜に探すのは面倒なので、朝方になってから空から探す手も無くはない、スーを連れてきていればその手間も省けたかもしれないが…
これもレンの修行の一環と考えればいいだろう。
勿論俺的には危険だと感じたら直ぐにでも入れ替わる準備はしていた。
捜索すること数十分…
森が少し開けた場所へと出た俺たちの周りから何か気配が感じられた。
森の茂みからガサガサと音がし始めた。
『レン、剣を抜け!』
『えっ!?』
レンが周りを見ると茂みの中に赤い光がポツポツと見えた。
それを見てレンも慌てて剣を抜こうとするが…
間に合わないと判断した俺は、
『松明を投げろ!!』
次の瞬間、茂みから二匹の獣が姿を現してレンへと襲いかかってきた。
レンは咄嗟に松明を向かい来る相手へと投げつけた。
その獣たちは松明を避け、左右に分かれて着地し、再び両サイドから襲いかかろうとした。
『ちっ!!』
俺は強引にレンの体の制御を取り、後ろへと跳び退いた。
しかし、強引に動かした反動で身体を制御出来ずにバランスを崩し、後ろへと転がってしまった。
『レン代われ!!』
獣は一度互いに空中で交差してから着地し、そのままもう一度飛びかかろうとしていた。
レンはパニクっており、俺が交替しようとしても制御出来ない状態になっている。
『逃げろ!!』
再び飛び掛かってきた獣を間一髪の所で横へと転がり避けた。
「うわあああ!!」
そのまま急いで立ち上がって即座に背を向け逃げようとした。
が、体勢を立て直す前に右腕に激痛が走った。
「ぐぁああ!!」
『くそっ!!』
そこには俺の右腕に噛みついた獣…いや、魔物がいた。
先程まではよく見えなかったが、今はハッキリと見える。
赤い瞳に黒い体毛、見た目は犬に似ているがその顔は猿に近い。
牙は鋭く、今正に俺の右腕に突き刺さっている。
俺はありったけの力を込めてその頭部を左手で殴り飛ばした。
未だ制御出来てはいなかったが、火事場の馬鹿力とでも言うのか半ば強引にその拳を打ち放った。
「キー!!」
見事その魔物の眉間へとヒットしたが頭を砕く事は出来ず、何とか牙を離させ後ろへと転がせた程度だ。
通常の俺ならば魔力を通さなくてももっと遠くに吹っ飛ばす位は出来そうだが、今の一撃はまるで身体を制御出来ていない状態な上に体勢が悪すぎた。
正面に打ち抜くならともかく、腰を落とした状態でしかも後ろ向きに繰り出したのだから当然対してダメージも入れられなかった。
直後に俺の前へと回り込んでいたもう一匹が襲いかかろうと牙を剥いて跳んできた。
『レン!やれ!!』
俺は殴った拳をそのまま間髪入れずに腰の刀へと下ろしその柄を握った。
「うわぁあ!!」
レンは後ろへと上体を反らせながらも、襲いかかってきた魔物に向けてその刀を抜くと同時にそのまま横一閃に切り払った。
ブシュ!!
「ギー!!」
タイミングが良かったのだろう。
見事に刀はその魔物の首を捉え、鮮血を撒き散らした。
首を両断する事は出来なかったが恐らくは致命傷に近い傷のはずだ。
『レンまだだ!!』
レンは背中を地につけると同時に、急いで倒れこんだ上体を捻らせ後ろへと転がった魔物に向けて刀を前方に突き出す。
しかし一瞬遅く、魔物はそれをかわして上空へとジャンプした。
そしてそのまま襲いかかってくるかと思いきや、後方へと着地した後、もう一匹の魔物をくわえて茂みへと走り去って行った。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
レンは呼吸を荒げながら刀を握って魔物が去って行った方向を見ていた。
「ぐっ!!」
右腕の痛みがぶり返す。
『おい、レン代わってくれ』
『う、うん…ごめん…』
『いや、よくやった』
タイトル変更しました。




