第25話 『皇女様』
第25話
『皇女様』
【昨日、ミスティ宅にて】
スーと一緒にお風呂に入ったミスティは明日の準備をすべく、
部屋に戻ろうとしたが、母親であるアリスティに呼び止められた。
『ミスティ、話があるのだけどちょっといいかしら。』
「うん、何?」
『こっちにいらっしゃい』
居間で向かい合ってお茶を飲みながら二人で話した。
『あなたも成人になって、大人になったのね。
早いものね、本当に。』
しみじみと娘の成長を懐かしんでいる趣でそう話始めた。
『成長したあなたがここから旅立つ前に
一つあなたに伝えなければいけない事があるの。』
柔らかな表情の中、意を決したように、
『あなたはレンのこと好き?』
「えっ⁉お母さん!突然何言ってるの⁉」
真面目な話だと途中から黙って聞いていたミスティだが、
この質問にはひどく動揺してしまった。
『いいから答えて頂戴、明日には旅立ってしまうのだから
最後に教えて欲しいの。』
「そ、そんなこと言ったって…いくらお母さんにだって…」
『嫌いなの?』
「うっ、そ、それは…その…」
『好きなんでしょ。』
「う~んと、え~と、その…す、好きかも…」
ミスティは俯き、膝の上に置いた手をモジモジさせながら、
耳の先まで真っ赤にして消え入りそうな声で答えた。
『そう、それじゃ絶対幸せにおなりなさい。』
アリスティは、微笑むように満足そうにそう言った。
「な、なんなのよお母さん、急に、もう!」
恥ずかしかったのかミスティは頬を膨らませた。
『ごめんねミスティ、あなたが幸せになるのをわたしもあなたの
お母さんも心から願っているのよ。』
「えっ⁉お母さん?それってどうゆう事?」
何かの聞き間違え或いは表現の仕方を間違えたのかとミスティは突然の母の言葉に戸惑う。
『わたしにとってあなたは娘だけど、あなたにとってわたしは本当の
母親ではないの…』
「お母さん、何を言ってるの?冗談だよね!そんな嘘やめてよ。」
いきなりの事でショックのあまり震えた声で聞き返すミスティ。
『そうね、いきなりこんな事を言われたら驚くわよね…
でもこれだけは信じて頂戴、わたしにとってあなたは大切な娘で
それは一生変わらないものよ。たとえこの先何があっても
わたしにとってあなたはとってもとっても大事な娘でかけがえの無い宝物だわ。』
「お母さん、何を言ってるの?」
もう泣きたくて堪らないミスティは縋りつく様に聞いた。
『あなたはわたしの双子の姉の子なの。
本当はもっと早くに伝えなければならなかったんだけど、
あなたと一緒にいる間に、あなたの成長を見守る間に、
わたしの娘なんだって、わたしが本当の母親なんだって
思っちゃて…伝えられなくてゴメンね…』
少し涙を浮かべながら笑顔でそう告げた。
ミスティはあまりの事に思考が追い付かなかったのか、
返答に困って今にも泣きだしそうだ。
少し困ったわね、といった感じで、
『あなたが成人したらこれを渡すつもりだったの。』
そう言って出されたのはとても綺麗な装飾のされたペンダントだった。
そっと差し出されたそれは先がロケット状になっており、
その蓋には紋章が施されていた。
中を開けると一枚の絵が入っていた。
そこにはアリスティにとても良く似た女性が描かれていた。
何も言わずソレを受け取ったミスティは絵を見て、
「お母さん…やっぱりお母さんじゃない!」
否定の意味ではなく肯定の意味で、そうだと言って欲しかった。
今までの話は嘘だと言って欲しかった。
事実、目の前のロケットの中にある絵は昔のアリスティにそっくりだし、
自分を驚かせる為の演出だったんだと思ってしまいたかった。
するとアリスティはゆっくり首を、縦では無く横に振り、
『あなたがどうするかは自由なのだけど、
これだけは忘れないで、あなたを愛しているわ。ミスティ。』
そう言って立ち上がってミスティの体を力強く抱きしめた。
ミスティは嫌だ嫌だと首を振るが、とめどなく溢れる涙を止められず、
アリスティを抱きしめながら泣いた。
一晩中泣いて泣き疲れたミスティはベッドに寝かされ、
その枕元にはスーも寝ていた。
起きた時、枕元で『キュイキュイ』(早くご主人のトコ連れてって)
うるさかったが、ちょっと癒されていたミスティがいた。
翌朝には、既にアリスティが旅の準備をしてくれていた。
いつも通りの母親は最後に、
『行ってらっしゃい。あなたの事はいつでも思ってるし、
これからもそれはずーーーーっと変わらないんだからね。』
と言って抱きしめてくれた。
「私にとってはお母さんがお母さんだよ。どんな事があっても
それはぜーーーーったいに変わらないよ。」
ミスティは笑顔でそれに答えた。
「ひょっとしてお母さんのお姉さんの事?」
ミスティは昨日の夜の事を思い出し、恐る恐る聞いた。
「はい!、いえ、あの、その…
ソリスティ様がお母上であり、その…」
「私にとってはお母さんがお母さんだもん‼」
ミスティは顔を上げ、少し胸をはってそう答えた。
「そ、そうですか、分かりました。
しかし、やはりお母上の面影がありますね。」
『あはははは…』といった感じでリルルはそう返した。
「それで、何でそのミスティの母親の姉のソリスティだったかは
ミスティを連れてくる為に騎士団を寄越したんだ?
まさか急に娘に会いたくなったからとかじゃないよな。」
話の進みが遅い!さっさと要点を話せ‼と思った俺は目的を聞いた。
「ソリスティ様です!いくら命の恩人である御仁とは言え、
我が国の王女を敬称も無しに呼び捨てにする事は許せません!」
『えっ⁉』
その言葉を聞いた瞬間、俺たちの時は一瞬止まった…
コイツも時空間魔法が使えるのか!とか
某スタンド使いにも似た能力を!とか…とにかく…
『『ええええええええええええぇ!』』
俺とミスティは冗談だろ、冗談だよな、といった感じで
リルルに詰め寄る。
「おい、今ミスティの母親の姉が王女様って聞こえたんだが
聞き違いだよな。」
「お母さんのお姉さんが王女様のはずないよね!」
しかし…
「我が騎士団の名に懸けて、あなた様の母君であらせられる、
ソリスティ・エリスティラ様は我が国エリス王国の王女殿下で在らせられます。」
リルルは至極真面目な顔でそう告げた。
『『『ぇえええええええええええええ!』』』
『あっ!お前起きてたのか?』
『ちょ、ちょっと待ってよ!今の話どうゆう事なの?
なんでミスティのお母さんのお姉さんが王女様で、
ミスティのお母さんって事になってんの?』
『ややこしいな…』
とりあえずレンは放っておいて、
『つまりミスティの本当の母親はエリス王国だかの王女様で
その娘という事はつまり…ミスティって、皇女様だったのか』
いち早く立て直した俺は、
「それでその王女様がミスティに一体何の用なんだ。
確かに皇女様だってんなら分からなくもないが、
今更連れ戻そうってのは虫が良すぎるんじゃないか?」
ミスティは未だ少し呆然としていたが、
「皇女様⁉私はお母さんの子だから血が繋がってるだけだよ!」
ちょっと取り乱したミスティも可愛かった。
「いえ、元々成人された暁にはお連れするよう決められていた事ですので、
それに現在我が国で政争がございます。
いち早く迅速にあなた様をお連れするよう、わたくしは申し付かっております。」
リルルは胸に片腕をあて目を閉じてそう言った。
『ふむ、参ったな。』
『おい、エリス王国ってのはどこにあるんだ』
そう言えば改めて聞き忘れていた事をレンに聞いてみた。
『えっ!知らない』
うん、やっぱ使えなかった。
地図には次の町へのルートしか書いてないし、
レンの知識もあてにならないしと結局リルルに聞いてみた。
『エリス王国』
このエランドル国と隣接する王国でここからは南に位置する。
首都は『クリスティーナ』。
王国制であり、現在は前王【話が本当ならばミスティの父親】が
死去し、女王が治めている。
代々女系の王様が多く、特徴としては皇子だろうが皇女だろうが、
とにかく先に生まれた者がその王位を継ぐものとされているらしい。
尚、エランドル国とは同盟中であり、
同じく隣接する『エルグランド帝国』とは戦争中との事。
他にも隣接する獣王国とは小競り合いがあるが、交易も行っており、
現在は小康状態にある。
『エルランド帝国』
皇帝が治める軍事国家で、現在エスカ大陸の半分以上を治めている。
この大陸の南東にあり、エルランド国、エリス王国とは戦争中。
因みにエルランド国は連合国のようなものであり、
その多くは共和国として成り立っている。
かたやエルランド帝国は独裁主義であり、エリス王国とは非常に仲が
悪いのだそうだ。
場所も分かったし、目的も分かったが、
ついていく義務はあるのか…
「ミスティ、こう言ってるがどうする?決めるのはお前だ。」
俺はミスティに任せた。
俺としては面倒事に巻き込まれる匂いがプンプンだが、
ここはミスティに決めさせるのが正解だ。
たとえどういった答えを出したとしても俺はそれに従おう。
ミスティは少し迷った挙句、
「私、行く!行って私のお母さんはアリスティだって言う‼」
俺はなるほどなと思い、
「そうか…んじゃまぁ、そのエリス王国とやらに行って、
女王様にミスティの言葉を伝えに行くか。」
『『うん!』』
ミスティとレンが同時に返事をした。
かくして俺たちはエリス王国を目指して旅立つのだった。




