第118話 『思惑』
第118話
『思惑』
「私たちはここにいるだけでいいんですか?」
膝の上で丸くなって眠る赤い鳥を抱えながら、目の前の女性へと話し掛ける。
「ええ、わたくしたちは実質本戦からがお仕事ですもの。予選では怪我をする方もいらっしゃらない様ですし…」
会場の隣に設置された控室で、椅子に座りながら優雅にお茶を嗜む金髪の女性。
「まあ、お仕事が無い方が楽で…いえ、寧ろわたくしたちのお仕事は無い方が皆様の為でしょ」
「確かに…」
その言葉、主に前半部分に若干の違和感を感じつつも、結果的には確かにそうだと考える。
コンコン
そこへ軽くドアがノックされる音が聞こえた。
「…どうぞ」
飲んでいたお茶を机へとそっと置いてからそれに答えた。
「失礼致します」
中に入って来たのは20代前半の若い男で、職員の腕章は付けているが、その服装からも先程来ていた男とはまた違う別の職員だった。
「ソフィア様、戦士の部の予選が只今終わりました。これが本戦出場者のリストになります」
「あら、ありがとう」
職員の男から紙を受け取り、ニコッと優しく微笑むソフィア。
それに対して少し顔を赤らめてから、すぐさまお辞儀をして、その男はそそくさと部屋を出て行った。
「あら、随分と恥ずかしがり屋さんなのね」
その職員の姿を見送ってから、これまたうふっと口許に手をあてて笑みを見せたソフィア。
「確かあなたのお連れの方も参加されていたのよね」
ソフィアはここで待機している間に、ミスティから今日ここに来た理由等を聞いていた。
そして予選が行われている最中に、少しそわそわしているミスティを見ていたのだ。
勿論、『予選を見に行きますか?』と聞いたのだが、ミスティの答えは『いえ、大丈夫です』だった。
本当は気になって仕方の無かったミスティだったが、自分が行っても何も出来ないと考え、今はみんなが頑張ってるんだから自分にも何かと思い、尚更何かをしたくてたまらないのだともソフィアには分かっていた。
しかし実際予選では救護班の仕事も無いので、まずは落ち着いてという意味合いを込めてお茶を勧めたのだが、ミスティは未だ目の前に置かれたお茶には手を付けていなかった。
「は、はい!」
思わず立ち上がりそうになるほどに、その結果を知りたくなったミスティは、前のめりにソフィアを見つめた。
「はい」
そう言ってミスティへとそのリストが手渡された。
『良かった!ライト君も勝ったんだ‼』
差し出されたリストを受け取ったミスティの表情を見て、
「どうやらあなたのお連れの方は無事本戦に出場出来た様ですね」
「えっ!あっ!は、はい!」
「うふふ、それは良かったですわね」
「でも、なんで分かったんですか?」
「あなたの顔を見れば誰でも分かりますよ」
その言葉に思わず顔を赤くして両手を自らの頬に当てて恥ずかしがるミスティ。
そして、
「クワァァ」と興味無さそうに大きな欠伸を入れた鳥がいた。
「えー、続きまして格闘の部の予選を開始致します!」
会場では今予選の説明が壇上に上がった職員により行われていた。
格闘の部の予選は三つの競技にて行われる。
ただ格闘の部の参加者数は戦士の部のおよそ半数程の27人となっている事から、この部での本戦進出数は4名とされている。
そしてもう一つ戦士の部とは違って、上位4名の選出は各種競技を行ったトータルポイント制となっている。
つまり一つの種目だけで無く、三つの種目の総合で選出者が決まる格好だ。
一、パワー対決
これは所謂、パンチングマシンと呼ばれる様な機具に向けて拳、蹴りを打ち込んで競う競技である。
拳によるものが一つと、足蹴り用のものが各一つずつ用意されている。
それぞれの結果に基づき、上位順にポイントが与えられる。
尚、二つの合計ではなくそれぞれの種目になっているのは、どちらかに秀でている場合を想定しているからだ。補足としては自信のある方の種目だけを二回行う事も可能だが、その場合は一種目捨てる形となる。
一、スピード対決
これはピッチングマシンにも似た機材で半円状の形の物にパイプの様な筒が幾つも取り付けられた様な機具で、全方位に向けてボール状のものを射出出来る仕組みになっている。
出て来る目標を、全身を使ってどれだけ捕らえる事が出来るかの測定によるポイント勝負で競われる。
これも上位毎にポイントが与えられる。
こちらの競技について一人一回のみとなっている。
「えー、以上が予選の説明となります」
職員が一通りの機材の説明とこれから行う予選の段取りを説明し終えた。
「総合順ですか…」
リルルがその説明に納得している様子で軽く頷いている。
「エルザ、理解しましたか?」
リルルの問い掛けに無言でコクリと頷くエルザ。
「行ってくる」
そのまま歩を進め、テクテクと機材の前に集まっている参加者たちの元へと向かうエルザ。
「頑張ってね」
リルルがその小さな背中へと呟くように声を掛けて見送った。
エルザが予選へと赴いた頃、リルルたちと別れて少しでも身体を鍛えておこうと考えたライトだったが…
「確かこっちだったよな?」
キョロキョロと周りを見回しながら、先程職員に聞いたはずの部屋を探していたライト。
そこへ、
「いやぁ、やっぱ今回もスペンサーで決まりだな」
「これでスペンサーの二連覇か」
目の前から若い二人組の男が歩いて来ていた。
『あの人たちに場所を聞いてみるか』と一瞬考えたライトだったが、男たちの会話を聞いて気が変わった。
「まぁ仕方ねえよ、他の奴らがあれじゃな」
「確かにな…女だけじゃなくあんな坊主までもが本戦に進んじまうしな」
「全くだ、これじゃ賭けにもなりゃしねえじゃねえか」
「そういや前回いなかった、あのアインズとかって奴はどうよ」
「ああ、あの大男か、確かに力はあるかもしれねえけどよ、当たらなきゃ意味ねえだろ。前回を思い出してみろよ、ああいうのは所詮見掛け倒しなんだよ」
「ああ、そういや前回もそうだったな、確か決勝で…」
そんな会話を繰り広げながら歩いて来た二人の男は、目の前で睨んで立っているライトの姿を見つけた。
そのまま睨むライトを横目に通り過ぎ…ず、片方の男は一度ライトの横で立ち止まってから、
「良かったな、坊主、運が良くて」
男は腕を頭の後ろで組みながらライトに声を掛けた。
「おい、やめろよ、可哀そうだろ」
軽く笑いながらその男の肩を軽く叩いて、先へ行こうと促すもう一人の男。
「なあに、俺は褒めてやってるんだぜ。まぐれでも本戦に出れたんだ、倍率100倍の大穴が出来てさぞかし賭けも盛り上がるだろうぜ」
クククッと笑いを堪えながら、
「まぁ、流石にドブに捨てる様なもんだけどな」
「な‼」
ライトが思わず堪え切れず男へと声を上げかけたその時、
「てめえらは本戦にも出られなかっただろうが」
後ろからそう低い男の声が聞こえた。
「あっ⁉」
ライトの後ろから聞こえた声にライトから視線を逸らし、そちらへと目をやり驚く男。
「ロックマイヤーさん!」
もう一人の男がそこへ現れた男を見て声を上げる。
ライトが後ろを見ると、そこには大きな男が立っていた。
恐らくはアインズと同じか少し小さい位だが、ライトにとってはどちらにしても大きい事に変わりは無い。
「す、すみませんでした!」
「お、俺たちはこれで」
慌てて二人組は揃って頭を下げてから、その場を走り去って行った。
「たくっ、どいつもこいつも…」
フンと一度鼻を鳴らしてから、不機嫌そうな表情でライトの肩をグイと押して、道を開けてから、その横を通って立ち去ろうとする大きな男。
「あっ!」
ライトは何事かその男に声を掛けようとしたが、男は振り返る事なくそのままその場を立ち去って行った。
『ロックマイヤーって確か…』
ライトはその背を見送りながら立ち止まっていると…
ドカッと後ろに衝撃を受けて思わず前のめりに転びそうになった。
「痛えな!誰だよ‼」
何とか態勢を立て直したライトだが、次から次へと何なんだという気持ちから声を荒げて振り返った。
「ああ、そんな所にいるとは思ってなかったよ、ごめんごめん」
ドアを閉めて現れたのは緑色の髪の青年だった。
年の頃はリルルと同じ位だろうか、容姿は中々に端正だが優しそうな表情をしており、好青年と言った感じの雰囲気を漂わせている。
「怪我はないかい?こんな所でどうしたんだい?」
小首を傾げてそう尋ねる青年は心配そうな顔をライトへと向けた。
「い、いや…」
自分が部屋の扉の前に立ち止まってしまっていた事に気付き、更にはそれを心配されてしまっている事に居心地の悪さを感じてしまったライトだったが、
「あ、あの…訓練場がどこにあるか知ってますか?」
「訓練場かい?…」
青年は顎に手を置き少し考える様な素振りを見せてから、何事か思い当たった様にして、
「ああ、君は確か最後に本戦に残った子だったね」
ニコッと笑みを浮かべてから、
「丁度僕もこれから少し体を動かそうかと思っていたんだ、案内してあげるよ」
そうしてライトはその青年に案内され、共に訓練場へと向かったのだった。
「どうしますか?」
「………」
青年が出て行った部屋の中で、腕を組んだ大柄の男とその横で小柄な男が二人、円形のテーブルの前に置かれた木の椅子に座っていた。
今から五分程前…
「なあスペンサーさん、悪い話じゃねえだろ。ここであんたが頷いてくれれば大量の金が手に入るんだ」
大柄な男は両手を広げつつ上半身を机の上へと乗り出さんばかりに前方へと寄せながら、目の前に座る青年へと視線を向けている。
「………」
青年は腕を組んだまま目を閉じてそれに答えない。
「そうですよ、それにさっきも言った通り、あなたの評価を下げる様な真似はしませんし、なんならこちらで対戦の組み合わせも…」
そして横にいた小柄な男がニヤリと笑みを浮かべて少しづつ身を乗り出す様にして、同じく青年へと詰め寄ろうとするが…
「…残念だよ」
青年はそれだけ告げて、目を開けてからおもむろに席を立ち上がった。
「おい!話はまだ‼」
大柄な男がそれを見て声を荒げる。
「いいや、終わりだ。…あなたたちの話は聞かなかった事にしよう。その方がお互いの為だろう…ただし、もし他にもおかしな真似を企てるようなら、それ相応の覚悟はしておいた方がいいと思いますよ」
そのまま踵を返して青年は部屋を出て行こうとする。
「ちっ!」
大柄な男は浮きかけた腰をドカッと椅子へと押し付けてから、派手な舌打ちを入れてそれを見送った。
「いいんですか?」
小柄な男は、部屋を出て行く青年と今も横でムスッとした表情で座る男を交互に見ながら問い掛けていた。
「………」
苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた男は、ギロリと眼球を動かして睨む様な視線を隣の男へと向けた。
その視線に若干ビクッと反応しつつ、
「ちょっ、待って下さいよ、私はそもそもスペンサーに話すのはリスクが大きいと言ったじゃないですか」
その言葉を受けて、フンと鼻を鳴らしてから視線を逸らし、腕を組む大柄な男。
『たくっ!あの野郎!こんなうまい話に乗らねえとか頭湧いてんじゃねえのか⁉しかしあのガキと言い生意気な奴らばっかりだぜ…仕方がねえ、こうなったら…』
「うりゃあ‼」
「せい!」
「はあ‼」
ライトは大きく剣を振りかぶって目の前の相手へと切りかかる。
しかし目の前の緑色の髪をした青年は、上半身を軽く左右へと動かしてそれを難なくかわしていく。
「くそっ!」
尚も剣を振り続けるライト。
そうして相手にかする事すら無くひたすら空を切り続けられる剣を握りながら、次第に息を切らすライトと、それを息を切らす事無く、円を描く様な足運びで軽やかによけ続けられる事暫く、
ライトは咄嗟に手首を返して、相手の胴目掛けて横なぎに振るいそれを当てようとするが、
カッ!という木の打ち合う音が響いた直後、ライトの手に衝撃が加わり、手にしていたはずのものがその手から零れ落ちた。
そしてライトの眼前にはスッと音も無く剣の切っ先が突きつけられていた。
「…参りました」
ライトの悔し気な言葉の後、目の前のその切っ先は下ろされて、自然とた息が漏らされる。
「うん、粗削りだけど悪くはないね。ただ剣筋が読みやすいから、もっと変化をつけた方がいいと思うよ」
ニコリと優しく微笑みながらライトへと告げる青年。
『くそう、やっぱり俺はまだまだなんだな、分かっちゃいたけど…もっと強くならなきゃいけないってのに!』
ライトは荒い息を整えてから、僅かに唇を噛み締めるも、直ぐ様前を向き、再び剣を構えて、
「…もう一本お願いします‼」
「…いいよ」
青年はそうしてまた優しく微笑むのだった。
一方会場では、
「おおっ‼」
「スゲーじゃん!」
「あんな小さい子が⁉」
「今の武技じゃねえのか⁉」
参加者だけでなく、まだ空き席の多い観客席からも幾つかの驚きの声が上がっていた。
パンチングマシンの前でふぅと軽く息を吐き出して、そのままくるりと後ろを向いて何事も無かったかのようにスタスタと下がろうとしている少女。
「あっ!エルザ選手!待って下さい!」
数歩歩んだそれを見て、少し慌てた様子の職員がその少女を呼び止める。
エルザの出した記録は「80」という数字だった。
このパンチングマシンの数字はキロという単位のものではないので、実際に数値上で分かりやすい力の比較へと換算出来ないが、これまでの大体が50~60程度の数値だったのでこれがかなりの数値である事は間違いなかった。
しかも成人男性ならばいざしらず、女性で、尚且つ10才程度の少女がこの様な数値を出したことは驚きに値するのもまた無理はないだろう。
因みに戦士の部及び格闘の部の予選においては武技や魔法の使用は一部禁止されている。
これはあくまで名目上であり、実際に使われていたとしても反則にはならないが、あからさまなものはやり直しを要求される場合もある。
この世界で呼ばれる『武技』とされるものは多種多様であり、この大会では種目の意に反するとされるものだけが除外されている。
他にも身体能力を引き上げる薬物等も禁止されているが、ドーピング検査やそれに準じる検査等も行われていない為、使われていたとしても明らかに見て取れるもの以外は分からない。
こういった曖昧な所は、これはあくまで修練場での大会であり、そこまでの規則が決まっていないという点が大きい。
元来この大会の意図は、自分の実力を試したり、日頃の修練の成果を見せる為の場であるので大会主催側もそこまでする必要が無いと判断しているからだが、一部の者にとってはその限りでは無い。
「やり直し?」
職員の声に立ち止まり、振り向いて小首を傾げてキョトンとしたその立ち姿は非常に可愛らしく、事前に説明していた内容を理解していなくても許される事請け合いだった。
「あっ、はい、い、いや、今の記録は勿論いいのですが……」
チラリともう一度エルザの顔を見て、ちょっと頬を赤くしてから、
「こっちをもう一回やってみるか、隣の方を続けて行ってくれるかな」
職員は後半の部分を説明する時に、指でそれを指し示しながら、蹴りの仕草を織り交ぜつつ砕けた口調で答えていた。自然と笑みも浮かべていたのだが、ちょっとキモかった気がするのはその職員がスキンヘッドのおっさんだったからかもしれない。
そんなこんなでエルザは三つの競技をやり終えて、リルルのいた場所へと戻って来ていた。
「お疲れエルザ」
エルザを微笑みで迎え入れるリルル。
「大したことない」
それに軽く首を左右に振ってから答えるエルザ。
格闘の部予選結果
一位 シンドラー 24ポイント
二位 スカーレット 20ポイント
三位 エルザ 17ポイント
四位 ジャッキー 15ポイント
こうしてリルル、ライト、エルザの三人は、見事各部予選を突破したのだった。
「やれやれ、それにしても、こんな所にいるとは思っていませんでしたよ」
その予選の模様を、観客席の片隅で腕を組みながら眺めていた男が、僅かに口角を上げて呟いていた。
明けましておめでとうございます!(*´▽`*)/
今年こそはと意気込んでいましたが、大分間が空いてしまいました…
正月も仕事で更新出来ない日々が続いています…
初志貫徹!
って中々難しいですね(´;ω;`)




