第111話 『模擬戦開始』
大会と模擬戦はほぼ同時進行している感じですが、実際には大会の方が長くなると思われますが…その辺はご勘弁下さい。
第111話
『模擬戦開始』
「よう、遅かったな」
訓練場を訪れた俺たちを待っていたのは、あのミネルバだった。
「何であんたがここにいるんだ?」
「何って、あんたらの模擬戦を見に来たに決まってるじゃないか」
ミネルバが何を今更みたいな顔をして言ってきた。
「ああ、すみません。そう言えばまだ説明していませんでしたね。今日の模擬戦は彼女にも見てもらう事になってますので」
職員であるクルトが『ああ、忘れてました』みたいな軽いノリで説明に入った。
クルト曰く、
今回の昇格試験であるこの模擬戦を審査する人物としてミネルバが呼ばれたのだそうだ。
「既にグレンさんはミネルバさんの事をご存じだったようですが、カッツさんたちは彼女の事は知っていますか?」
「あっ、はい!!」
「ええ、まあ…」
イリアとレミアが一応はと言った感じで答えたが…
カッツは、
「?」
首を捻りながら、アレッ!?誰だっけ?みたいな反応をしていた。
すかさず横にいたレミアが脇腹に肘を喰らわせて、
「ほら、昨日ギルドであんたが揉めた時に…」
「ぐっ!!、んっ!?…ああ!!あの時の!!」
カッツは思い出した様だ。
「ああ、あんたらは知らなかったよな。あたしはミネルバって言うんだ、まあ宜しくな」
腕を組みながらニカッと笑顔を見せた。
「昨日はどうもありがとうございました‼」
イリアがお辞儀をして礼を述べるが…
「昨日?」
ミネルバは先程のカッツ同様に軽く首を捻って見せた。
「ほら、ギルドでの酒場の事だろ」
俺が横からそう告げると、
「んっ⁉ああ、はいはい、あれね…」
『こいつ思い出せてねえな…』
ミネルバの反応から見てほぼ間違いなく思い出せていない様に見えるが、ミネルバは笑顔でうんうんと大きく頷いていた。
「では早速ですが、模擬戦についての説明を行わさせて頂きます」
クルトが話を進めようと前に出て説明した。
今回の模擬戦は、
3戦行われる。
武器は先程も聞いた通り、グレンがカッツたちの武器に合わせる事。
戦いはバトル形式だが、当然模擬戦なので相手に致命傷を与えてはならない。
勝敗はどちらかが参ったと宣言するか、気絶等により戦闘不能状態もしくはミネルバがこれ以上は必要ないと判断するまで続けられる。
「…以上ですが、何か質問はありますか?」
簡単に説明を終えたクルトが俺たちを見回して確認を求める。
「今の説明だと、彼が1戦目で気絶したり戦闘不能になったらどうするんだ?」
カッツがクルトへと視線を向けて質問した。
「ああ、そうですね、その場合は…」
来るとはチラリとミネルバを見て、どう説明するか迷っている。
「ああ、そのパターンは考えてなかったな」
『いやぁ失敗失敗』みたいに呟きながら、あまり失敗したという様な雰囲気を見せずに、
「その場合はあたしが相手してやるから心配するな、それにその心配はいらないと思うし…」
そう言いながらミネルバは方眉を上げつつ、俺の方を横目で見てきた。
『おい、お前、そういうのはやめろ、目の前の視線が痛いだろ』
カッツたち三人が俺を視線でマジマジと見ていた。
「ふん」
「へぇ…」
「ほえ~」
と言った感じでそれぞれ俺を見てくる三人。
「それで致命傷じゃなきゃ大丈夫なんだな?」
俺はミネルバでは無く、クルトに確認したつもりなのだが、
「ああ、勿論多少の怪我や少し動けなくなる程度だったら、冒険者にしてみれば自己責任だろ」
なっ!みたいにカッツたちにウィンクして見せて同意を求めるミネルバ。
「当たり前だ!というか、お前にやられるつもりはないから安心しろ!」
先程の質問から少しイラついていたカッツは、そんな心配は必要ないと言った感じだ。
「よしよし、その意気だ。グレンもあんまり気を抜いてるとやられちゃうかもしれないぞ」
ミネルバはまたもや俺に細目で視線を送ってきた。
『こいつさっきから相手を挑発する様な真似ばっかりしやがって…』
『いや、それグレンも同じだから…』
ぐぬぬと俺を睨み付ける様な視線を重ねてくるカッツは無視して、
「それでは、そろそろ試合を始めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
剣呑な空気を感じたのか、クルトが前に出て、試合を始めようと促してきた。
「本当に大丈夫なんですよね、ミネルバさん」
小声で横にいたミネルバに確認するクルト。
「ああ、多分問題ない。というよりもこの試験はあくまで建前だしな」
ミネルバはニヤリと口元を上げて答えた。
「それでは1戦目を行います。順番は…」
クルトはミネルバの言葉を半信半疑ながらも信用し、試合を進めようとするが…
「俺がやる‼」
カッツが一歩前に出て、そう力強く宣言した。
「おお、気合が入ってるね。嫌いじゃないよそういうの」
ミネルバがそれを了承した。
隣で勝手に話を進められたクルトは、はぁと1回息を吐き出してから、
「では一戦目はグレンさんとカッツさんですね。それではお二人以外の方はあちらで待機していて下さい」
訓練場の中には特にリングや敷居などは無く、広いスペースがあるだけだが脇に外していてくれという意味である事は皆理解していた。
『大分エステルの所とは違うんだな』
俺はギルドの作りも似ていたので訓練場も同じような所だと思っていたが、ここには闘技場の様な舞台も無く、観客席も無い。
『普通あっちの方がおかしいんじゃないかな…』
珍しく俺もレンのその意見に同調した。
『確かに…あのギルマスならやりかねないしな』
因みにレンの考えた通り、ギルドの訓練場は通常は観客席などは無い。またリングや施設を用意している所もあるが、普通はこういった広いスペースで模擬戦や訓練をする。
尚、エステルの訓練場はある者の意向で用意してあっただけで、普段はここと似た作りになっていたのだが、それもグレンの考えた通りだった。
「それでは試合を始めるぞ!二人とも準備はいいかい?」
審判を務めるのはミネルバだ。
レミアとイリアとクルトは既に脇の方へと移動している。
現在俺はクルトから貸し出された木刀を手に、カッツと向かい合っている状態だ。
『流石に真剣は無いか…』
アイツの時は真剣だったが、試験で殺したりしたらマズいしな。
『グレン殺すつもりだったの⁉』
『いや、それは無いわ』
幾ら俺でもそこまでは…それにアイツとの時は模擬戦じゃなくて決闘みたいな感じだったし…
「ああ、問題ない」
俺は木刀を片手に握りながら軽く頷く。
「………」
カッツは自らの剣を両手に握り無言で構えている。
カッツは今怒っていた。
いや既に起こりきっていたというのが正しいかもしれない。
先程俺がミネルバから木刀を渡された時、
「あれっ⁉俺のは?」
とカッツが聞いた時に、
「ああ、そう言えばもう一本必要だったか…」
とミネルバがまたも失敗失敗みたいに自らの頭をポンポンと叩いて口ずさんだ後に、
「グレンもその方がいいかな?」
と刀をクルトに渡している俺に聞いてきたので、
「いや、俺は別にどっちでも構わないが」
と答えたら、
「んじゃ、カッツ君はそのまま自分のやつを使ってくれるかな?」
というやり取りがあってから尚更不機嫌になっていた。
当然一度は『俺も木刀で充分だ』と息巻いたのだが、『大丈夫、大丈夫、危なくなったら私が止めてやるから…多分』と最後の言葉だけは聞こえない程度の小声でミネルバに言われて、『それならこいつも同じ剣で…』と言いかけたカッツに、『男が細かい事を気にするんじゃないよ!それにあんたが有利になるんだからいいじゃないか、それとも相手を殺さずに倒せる自信がないのかい?ひょっとして殺してしまうかもしれないから、手加減させられたとでも言いたいのかな?』と言われて黙らされたのだ。
『だったら最初から二人とも木刀にしとけばいいんじゃねえか』と俺は思ったが、まぁ別にどっちでもいいかと思い黙っていた。
正直俺の場合は木刀よりも真剣の方が戦いにくいのは事実だったので俺にとっては有り難い。
力を出すよりも手加減する事の方が今の俺には難しいからだ。
無論全力を出すつもりは無いが、万が一殺してしまう危険があるのなら武器を使わない方が楽だったのだが。
「それじゃ、行くよ、始め‼」
ミネルバから開始の合図が発せられた。
カッツはその言葉と共に前に出た。
相手の様子を見るまでも無く、いち早く勝負を決めようとしてきている様だった。
『舐めやがって!さっきから俺たちを馬鹿にしているとしか思えないだろ‼』
カッツは油断している訳ではないが、怒りに身を任せている部分があった。
彼も普段ならばもう少し冷静に相手を見る為に思考を巡らせたのかもしれない。
しかし今の彼は侮られたと思い、一撃で決めてやる位の気概で前へと出て来た。
俺は前に出る事なくカッツの突撃を待っていた。
『速度はあの金髪やモヒカンたちよりはマシだな』
かつてエステルの町で絡まれた某冒険者たちの事を思い出して目の前に迫るカッツを批評していた。
そして近付いて来たカッツは、いよいよ自分の剣の射程距離に入るというよりもほんの僅かに手前で、剣を横なぎに振るった。
恐らくは剣が届くギリギリの所で相手を後ろに下がらせるか、致命傷を与えない様に手加減した結果だろう。
彼も幾ら頭に血が上っていたとしても、そこは流石にBランク級の冒険者として模擬戦を行っている実力があると言えよう。
事実、剣を振るう速さはかなりのスピードであった。
Bランク冒険者であっても中々の技量を持っていると判断できる程のスピードだ。
だがそれも相手が同じ程度のランクであったのならば通用したのだろうが…
次の瞬間目の前にいたはずのカッツの視界からグレンは消えた。
『何⁉』
カッツは驚きに捕らわれたその瞬間、首筋に衝撃を受けると同時にその意識を失った。
カッツが前のめりに倒れた瞬間、
「そこまで!」
とミネルバが声を発する。
「えっ?」
「へっ?」
「あれっ?」
脇でそれを見ていた三人が揃って声を発するが、今目の前で起きた出来事を今一つ飲み込めていない様子だった。
「これでいいのか?」
俺は近づいて来たミネルバにそう聞いてみた。
「あちゃー、予想していたよりも早く終わっちゃたなあ。もう少し打ち合ってあげても良かったんじゃないの?」
頭を掻きながら、カッツへと近付き、その状態を確認している。
「とは言ってもなあ、長い時間やればいいってもんじゃないだろ」
俺も木刀を手にしたまま頭を掻いてそれに応じる。
「まあ最後は一応木刀を使ったんだし、良しとしてくれないか」
本当は別に木刀ではなく手刀等でも良かったのだが、カッツに経緯を払ったという意味合いもあった。
奴の剣が俺を殺すつもりで振るわれたなら、手刀でもなくパンチやキックも有り得たが…
『まあ木刀でやっても加減間違えてたら死んでただろうけどな…』
『グレン本当にやめてよね』
大分手加減、とうよりも本当は触れる直前で止めようと思ってたのだが、ほんのちょっと止めるのが遅かった為、当たってしまったという方が正しいのだが…
「まぁ、それもそうなんだけどね」
とりあえずカッツは気絶しているだけの様で問題無しと判断したのか、ミネルバはそれをそのまま肩へと軽く担ぎ上げてから、
「もう見るまでもないんだけど、一応彼女たちも見なきゃいけないからもう少し付き合えよ」
ミネルバはそのまま脇で呆然としていたクルトたちの元へと歩いて行き、カッツを降ろす。
「大丈夫!カッツ‼」
「今、回復魔法を‼」
慌てて我を取り戻して近付いて行くレミアとイリア。
「ああ、気絶しているだけだから大丈夫だよ」
ミネルバは慌てる事無く、腰に手を当てて二人に声を掛ける。
「だ、大丈夫なんですかミネルバさん?」
クルトは声を潜めてミネルバに話し掛ける。
「ああ、ぶっちゃけ止めてる暇が無かったけど、グレンもうまく手加減してくれたみたいだし、大丈夫っしょ…多分」
と再び最後の言葉は聞こえない程度に抑えてミネルバは答えた。
「…それはあまり大丈夫とは言えない気が…」
クルトは死人だけは勘弁して欲しいと願っていた。
正直ギルマスやミネルバの見たてを疑っていた訳ではないが、グレンの事をそこまで高く見ているのを信じられていなかった部分があるのもまた事実だった。
そう今の動きを見るまでは…
彼もそこそこはこのギルドで働いている元冒険者だった。
実力はBランクまでだったが、見る目を買われて試験の立会人を任される事も多かったのだが、正直ここまでとは思っていなかったのだ。
より正確に言うならば、先程もグレンの動きを目では追えていなかった。
『何かの魔法か?』
『それとも特殊能力か何かなのか?』
と頭の中で疑問符が浮かんでいたのだが、それでも間違いなくその者がただ者ではない事だけは理解していた。
彼が心配しているのも最もだったと言える。
それは実力差がありすぎるのにこれ以上この模擬戦を行う意味があるのかという事だった。
「それじゃ次は、そこの…えーと…」
ミネルバはレミアを見ながら、首を傾げる。
「…レミアです」
「ああ、そうそうレミアちゃん、それじゃ次行ってみようか」
ミネルバがレミアを選んだ理由は単に今、回復魔法をかけているイリアじゃない方を選んだという理由のみだった。
「姉さん…」
イリアは心配そうにレミアを見る。
彼女は魔法使いだが回復系の魔法はそれほど得意では無く、あくまで使えるというだけだ。
正直今も魔法を使っているが、カッツはまだ目を覚ましていない。
しかしカッツの首筋に出来ていた痣だけはうっすらと消えていき、治っている様だった。
「大丈夫よ」
レミアは強がりと分かる微笑みでそう返した。
『落ち着きなさい私、確かに何が起きたのか分からなかったけど、きっと何か仕掛けがあるはずだわ、それを見破らなければダメよ』
レミアはミネルバの後に続いてグレンの前へと距離を取りながら歩いて行く。
「んじゃ次は格闘戦なんで武器は没収だな」
そう言ってミネルバは俺に手を差し出して見てきた。
俺が木刀を渡すと、それを肩に担いでから小声で、
「相手は女の子なんだからちゃんと手加減してやれよ」
「お前確か、女だからとか嫌いみたいな事言ってなかったっけ?」
「んな事言ってたか?まあそれはそれ、これはこれだよ」
毎度ながらに快活な笑みを浮かべて答えるミネルバ。
「…分かってるよ」
『まあ元々手加減するつもりだが、やはりさっきよりも手加減しないとな』
『ほんとに気を付けてよね』
それからお互いの立ち位置へとついたグレンとレミア。
それを確認したミネルバは一言、
「始め!」
次回も一応模擬戦の続きになる予定です。
ただストック切れの為更新期間が遅れるかもしれません( ノД`)スミマセン




