第104話 『ギルドと言えば…』
第104話
『ギルドと言えば…』
「兄貴たち大丈夫かなぁ…」
ライトが心配そうに呟く。
「グレンお兄ちゃんなら大丈夫。」
エルザはその呟きを聞いて、顔を向ける事なく言葉を返す。
ここは『安楽亭』と呼ばれるエグザイルの町の宿屋。
「レンだけじゃなくてエンリさんも一緒だし、大丈夫だよ。」
ミスティも笑顔でそう答える。
「部屋が取れましたので行きましょう。」
宿屋のカウンターから戻ってきたリルルがミスティたちに告げる。
スーはエルザの胸元で寝息をたてている。
四人と一匹は各自部屋へと荷物を持って向かった。
今回も部屋は二つ取ってある。
「リルル姉ちゃん、これは何処に置いとけばいいんだ?」
ライトは大きな袋を背負いながら確認する。
「ああ、それはこちらの部屋で…」
リルルは率先して指示を出し、行動している。
「分かった。それじゃこれも一緒に持ってくよ。」
ライトは更にもう一つ袋を手にして持っていこうとする。
「あっ、ライトくん無理しなくていいよ。」
ミスティが声をかけるが、
「大丈夫だよこれくらい!任せておいてくれよ。」
ライトは二つの袋を手にして部屋に向かおうとする。
しかしライトが袋を背負いながら階段を登ろうとした時、不意に袋をその手から滑らせてしまった。
ガチャンと大きな音をたてて袋が後ろへと落とされた。
金属音と共に下に落とされたその袋の中から数枚の金貨が溢れ落ちる。
「ほら、無理しなくていいから…」
ミスティが駆け寄ってそれを拾い集めた。
「面目ないです…」
ライトがそれを袋へと戻しながら申し訳なさそうにしている。
「おい、今の…」
「ああ、分かってる…」
その光景を少し離れた場所で見ている二人の男の姿があった。
その頃、グレンとエンリは領主の館を出てギルドへと向かっていた。
「そう言えばエンリから俺に指名依頼の形で依頼するとして、一旦はギルドに依頼するのか?」
俺はエンリの腰に掴まりながら、後ろからエンリに声をかけた。
「そうね、より正確には領主から指名依頼をグレンに出す事になるわね。私はあくまで名目上では仲介者として請け負う形になるわね。」
エンリは後ろに振り返らずに手綱を持ったまま前を見ながらそれに答える。
「なるほど…そうなると細かい手続きとかはエンリに任せてもいいのか?」
「ええ、基本的にはピスケルとのやり取りやギルドとの手続きとかは私がやっておくから、グレンは心配しなくていいわよ。勿論依頼料についても出来るだけ考慮させてもらうから安心して。」
「そこはまあ、あまり心配してないんだが…」
元々依頼の形にならなくてもかち合うことになりそうな案件ではあったので、ギルドを通してまた面倒な事にならなきゃいいな程度の心配だったのだが、エンリ曰くその方が色々と動きやすくなるらしい。
また領主からの依頼という名目があれば、その後の行動もやり易くなるのだということも分かった。
『色々と考えてるんだな…』
『そうだね』
そうして俺たちはギルドへと到着した。
「ここか…」
エグザイルのギルドはエステルの町のギルドと同じ位の大きさで、造りもさほど変わらなかったのですぐに分かった。
「ええ、ギルドは大抵はどこも似たような造りになってるわ。」
俺たちは馬から降りて、馬と荷車を預けて中へと入る。
因みに荷車に載せてある魔物は職員に取りに来てもらえる様にエンリが話をしてある。
エンリが先を歩き、俺はその後ろをついて行く様にして歩いて行く。
『しかし結構人がいるな』
『そうだね』
ギルドの中に入るとかなりの人込みがあった。
しかしその多くは酒場の方へと集中しており、カウンターや依頼が掲示されている場所にはそれほどでもない。
だがそれほどでも無いだけで、それなりには人がいるので全体的にはエステルの町のギルドよりも人の数は多かった。
ただしグレンはエステルのギルドでもそれほど多くの時間を過ごした訳ではないので基準は良く分からなかったのだが…
エンリはそのまま先行してギルドのカウンターへと向かって行く。
そして幾つかカウンターの場所を見回した後、
「グレン、ちょっと待っててくれるかしら。」
「ああ、分かった。」
俺はギルドでは基本的にはエンリに任せるつもりだったのでそれに従い、近くにある待ち合いの椅子へと座った。
エンリはそのまま再びカウンターの方へと向かって行く。
俺は辺りを見回しながら待っていた。
「あんた依頼に来たのかい?」
隣に座っていた男から声を掛けられた。
『またか…』
「いや、俺は依頼に来たわけじゃない。どちらかと言えば受けに来た方だ。」
やはり俺はあまり冒険者には見えないみたいで、依頼に来た者と間違えられるらしい。
「へえ、あんた冒険者なのかい?ランクは?」
男は俺の事を上から下へ眺める様にして口にする。
「Cランクだが…」
「マジか⁉」
男は少し驚いた様子だったが、
「ああ、すまん、てっきり…、いやその歳で大したもんだ。」
『まあその反応も分かるっちゃ分かるんだが、あまりいい気分はしないな』
「あんたも冒険者なのか?」
男は見るからに冒険者風で、軽装ではあるが肩や胸の部分に防具を備え、腰にはこれ見よがしに剣を携えている。
「ああ、俺も冒険者だよ。ランクは今はあんたと同じCランクだ。結構長くこの町にいるが、見た事が無かったんで気付かなかったんだが…あんたはどこから来たんだ?」
「ああ、俺はエステルの町から来た。」
「そうか、通りで…やっぱりあんたも例の件でこの町に来たのか?」
「………」
『例の件か…多分この町が魔物に襲われていた件の事を言ってるんだろうが…』
俺がどう答えるべきか返答に詰まったのを見て、
「いや、すまん別に勘ぐってるわけじゃないんだ。ただ最近はそういう奴らが多くてな。現にあっちの酒場にいる奴らもそういう輩が多くて、少し気になっただけなんだよ。」
『なるほどな…今はやる事が無いのか』
「いや、別に構わない。そう言えば昨日あった事件の事は知ってるか?」
「昨日の事件?ああ、例の爆発の事か?」
男は特に考える間もなく答えた。
「ああ、ギルドでもあったと聞いたんだが…」
男の口ぶりからは特に箝口令が敷かれてはいても、やはりそこまでの口外の秘密では無いらしい。
それか単にこの男の口が軽いだけかもしれないが…
「そうだな、あそこを見て見ろ。」
男はカウンターの方の一角を指差した。
そこには布が掛けれられ、閉鎖されている一角があった。
「あそこで昨日爆発があったんだ。死人も出たって話だからギルドでも色々と動いているらしいって話だけど、まだよく分かってないらしいぜ。」
「そうか…」
『詳細はまだ聞いていなかったが、死人も出ていたのか…』
領主の所でも取り押さえようとして門番が一人大怪我をしたような事は聞いていたが、こっちでは死人も出ていたのか、まあ間近で爆発されればそれも仕方ないかもしれないな。
「お待たせ、グレン。」
そこへエンリが俺へと声を掛けて来た。
俺は隣の男に軽く手を上げてから席を立つ。
そしてエンリと共にカウンターの奥にある階段へと向かった。
「それで結局どうなったんだ?」
「とりあえず、手紙の件もあるしギルマスに直接会う事になったわ。」
「手紙の件?」
「…グレン、ひょっとして忘れてたの?」
エンリにジト目を向けられた。
「ああ…すまん忘れてた。」
そう言えばそんな事もあったなと俺は今エンリに言われてそれを思い出していた。
もうグレンったらみたいな顔をされてしまったが、この状況だと覚えている方が難しい。
因みに手紙は今エンリが持っている。
俺たちはそのまま階段を上がり、ギルマスのいる部屋へと向かい、ギルドの二階の奥にある部屋へと着いた。
エンリがその部屋をノックをすると、
「どうぞ。」
という男の声が聞こえた。
中に入ると書類が見事に山積みにされた机の奥に男が一人、書類を眺めながら座っていた。
「失礼します。エステルのギルドから来ましたエンリです。」
エンリはそう声を掛けると、その男は書類から目を離し、俺たちを見た。
男は40台半ばと言った感じの男で体格も良く、ガッシリとした胸板なのだが、顔は眼鏡を掛けており、服装は上着が白いYシャツに近いもので、一番の特徴はその髪型がぴっちりとした七三分けと言えるものであり、その服装も相まって、まるでサラリーマンの様な格好に見える。
「君がガゼフの言ってた援軍か…久しぶりだね。それで、そちらの彼は?」
男は立ち上がって俺を見た。
「お久しぶりです。こちらは冒険者のグレンです。」
エンリが軽く一礼をして、俺を紹介する。
「グレン…です。」
俺もそれに倣って軽く頭を下げた。
「なるほど、ではそちらにかけたまえ。」
男は部屋の中央にあるソファーへと手をかざして俺たちを促した。
「それで、早速だが要件を聞こうか。」
「はい、その前にまずはこちらを。」
エンリは胸元では無く、ジャケットの制服の内ポケットから封筒を1通取り出して男へと差し出す。
男はそれを受け取ってから、裏面を一度確認してから封筒を開けて、中に入っていた手紙を読んでいる。
それを黙って読み終わるまで待っている俺とエンリ。
「…なるほど…分かった。」
男は手紙を読み終わり、封筒に戻すと俺たちに向き直り、
「グレン君と言ったね、私はこの町のギルドでマスターを務めさせてもらっているデモン・サーペントだ。」
そう言って手を差し出してきた。
「よ、宜しく。」
あまりそういったやり取りに慣れていない俺は、何とか意識を修正してその手を握り返す。
それを見て僅かにエンリが頬を緩めた気がして少し気恥ずかしくなってしまった。
「それで、エンリ君、他にも話があるんだろう。」
俺と握手した後、エンリへと顔を向けてデモンはそう切り出した。
「流石はギルマスですね。」
先程まずはと切り出した点からもそれは勿論お世辞なのだが、特にそれをお互いに気にする事なく、
「では要点だけをお話します。」
エンリは村であった出来事とこの町を襲った魔物や昨日の事件との関連性、そして領主からその件を依頼された事などを話し始めた。
無論要点だけとは言っても結構なボリュームではあった。
「驚いたよ…」
デモンはソファーに背を預け、目を閉じてから一度大きく息を吐いた。
それから再び前かがみになり、一度眼鏡を掛け直してから、
「流石はエンリ君と言った所だな、まさかもうそこまで掴んでいるとは…」
「いえ、今回の件は私よりもここにいるグレンの方が活躍していますわ。」
エンリはニコッと微笑んで、俺を手で指し示す。
「いやはや、君もガゼフも余程彼の事を買っているみたいだね。正直手紙だけでは信じられなかったが、そこまで言われてしまえば信じざるを得ないのかもしれないな。」
デモンは俺を見ながら、口元を軽く吊り上げた。
「その手紙には何が書かれていたんだ?」
『グレン!』
俺の口調に思わずレンが突っ込みを入れるが、俺は特に気にしなかった。
どうせ俺はこの世界ではお偉いさんとかに気を使って生きて行くつもりはなかったのだから。
まあだからといって横柄なままでいられるかと言えば精神的に難しい部分もあるのだが…
「ふっ、そうだね。手紙にはエンリ君を当ギルドに派遣する旨と君の事について書かれているが、別に君にとって悪い事が書かれている訳では無いよ。詳細は省かせてもらうが、君にとってもいい事が書かれていたと考えてもらえればいいと思うよ。」
デモンは俺の言葉を特に気にした様子を見せずに、そう答えた。
「では、この依頼についてですが…」
エンリもそれを聞き、言葉を続ける。
「ああ、こちらでも動いてはいたのだが、領主からの依頼と言うのであれば君たちに任せるよ。無論、こちらからの情報も出し惜しみするつもりは無いのだが…」
デモンが少し躊躇い気味の口調で止まる。
「ネクロノミコンですか?」
エンリがそれを察した様に先回りして告げる。
「…ああ、残念だがその事についてはギルドとしてではなく、私個人が請け負っている事でね。もしその件について話をする場合には、条件を付けた上で誓約書にサインしてもらう必要がある。」
エンリは一度俺をチラリと見てから、
「…分かりました。その件は一旦保留の形で、後日また改めてお伺いさせて頂きます。」
「なるほど、流石はエンリ君だね、賢明な判断だ。それと今回の依頼にあたっては確認しておく事がもう一つある。」
デモンはエンリから俺へと視線を移した。
「グレン君、君の実力を疑っている訳ではないのだが、この依頼を受けるにあたっては君の今のランクでは不十分だと言わざるを得ない。まずは君の力を見せてもらいたいのだがいいかね?」
『おいおいまさか…』
「それはどういう事だ?」
「なに、あくまで建前的な事さ。今更君には必要のない事かもしれないが、ギルドとしての名目上では必要な事でね。」
デモンはエンリへと視線を向けた。
エンリはその視線を受け取り、目をつむり軽く息を吐くと、
「試験ですか。」
「そうだね。」
デモンはにこやかな表情でそれに頷いた。
結局その後、昨日あったギルドでの爆発事件や町で起きたその他の爆発による被害や状況、以前町を襲われた経緯等について話を聞き、今もその犯人たちの行方を追っているが、依然として足取りを掴めていない事などを確認した。
尚、ボナーロたち傭兵団の件に関しては、調査を行っていたが進展が見られず歯がゆい思いをさせられていた事、他にも幾つか村を襲われて困っていたがエンタ村の件もどうやらその一つであったらしい。
町を襲われて助けられた際にも高額な報酬を渡す事になってしまった事を悔いていた様だった。
金に関しては領主と相談した上で分配する事になった。
無論別途報酬として俺たちにも支払われる事になると約束してくれている。
魔物に関してはギルドの方でも調べてみるとの事で、後日また報告してくれるそうだ。
因みにローブのアジトであったと思われるエラル山の洞窟についてはひとまず先送りにした形だ。
下手に刺激するより、しっかりと作戦を練った上で調べるべきだとエンリとデモンの間で話されたからだ。
「それでは明日も宜しく頼む。」
デモンはソファーから立ち上がって俺たちを見た。
そうして俺とエンリも立ち上がり、部屋を出た。
「また模擬戦とはな…」
『しかしギルドに来る度、俺は模擬戦をやらされてる気がするな』
『今度は誰とやらされるんだろうね』
「あら、少なくともアニーの時よりは楽だとは思うわよ。」
エンリはそれに対してあまりと言えばあまりな言葉を投げ掛けてきた。
『あいつと比べられてもな…』
「まあ仕方がないか。」
今回の依頼を受けるにあたって問題なのは実力よりもそのランクの問題なのだという。
領主からの依頼であり、その内容が内容なだけに、体裁上、せめてBランクは必要との事だ。
そしてランク昇格の建前上、模擬戦をするはめになったのだ。
正直俺はランクにそこまで拘りがある訳では無いのだが、模擬戦1回でランクアップ出来るのならまあいいかと思っていた。
準備はギルドの方で用意しておくから、明日また来てくれとの事だった。
「エンリは今日はどうするんだ?」
エンリは一応この町のギルドに派遣されている形なので気になったのだが、
「この後、軽く挨拶をしてから一旦あなたたちの宿へとご一緒させてもらうつもりよ。」
エンリもまだこの町に来たばかりで新しい住居を決めていないらしい。
ギルドの職員用の家はあるらしいが、エンリは自分で見つけたいのでまだそこには行かないとの事だ。
それに今回の件が終わるまでは俺たちと行動を共にする必要もあるので、ひとまずは同じ宿に泊まると言っていた。
なので俺はエンリの挨拶やらが終わるまで折角なのでギルドの中で待つ事にした。
勿論先に宿へ帰るのもありではあったのだが、それほど時間はかからないと思うと聞いて待つ事にしたのだ。
しかし俺にとってギルドと言えば…
「てめえやんのかこの野郎!!」
ドガシャーン!!
と言う音が聞こえてきた。
『やっぱりな…』




