第103話 『新たなる依頼』
第103話
『新たなる依頼』
俺とエンリは門にいた衛兵に案内されて町のほぼ中央にある、領主の館の前へと着いた。
『でっかいねえ』
『そうだな、流石は領主のお屋敷って所だな』
見た目は教会を大きくした様な建物で、驚くべきはその家屋の高さだろう。
通りからも見えていたが、こうして近付いてみるとやはり高い。
ビルやマンションと比べれば勿論そこまでの大きさではないのだが、この世界の基準として考えれば相当なものだろう。
『しかし…』
『なんだろね、アレ…』
入り口の門の所で門番が二人立っている。
それはいいとして、その脇に見える場所が少し気になった。
「領主様にエンリ様とお付きの方が来たとお伝えしてくれ。」
案内していてくれていた衛兵がその門番の一人に声をかける。
話を聞いた門番が合図をすると、すかさずもう一人いた門番の男が走り出し、屋敷の中へと入って行く。
暫くして戻ってきた門番の男が門を開けて、俺たちは中へと通された。
庭を越えて屋敷へと入ると、そこは高い吹き抜けのフロアになっており、そこにいたのは一人のタキシード姿の男。
「フランドル家へようこそ。」
その男は如何にも執事と思われる格好で、年の頃は50台後半かそれ以上だと思われるが、背筋もピンと伸び、その立ち振る舞いは見事な趣でお辞儀もとても素晴らしいものだった。
『見事なもんだな』
『なんかすごいね』
俺は本当の執事というものは今まで見た事がなかったのでとても新鮮に感じた。
実際俺の世界で執事なんて精々アニメとか漫画の中でしか見られなかったしな。
「お久しぶりでございますエンリ様。」
その執事はエンリへとこれまた恭しくお辞儀を入れ挨拶をした。
「お久しぶりね、ネバスさん。」
エンリもそれに答えて軽く一礼をした。
『エンリの知り合いか…』
『前に来た事あるとか言ってたもんね』
『ああ、それにしてもネバスか…』
『どうかしたの?』
『いや、惜しいなと思ってな』
『何が?』
『いや、何でもない』
『?』
執事はにこやかにそれに答えた後、俺に一瞬鋭い視線を向けてきた。
それはほんの僅かな瞬間だったが、今までに無いほどの鋭い視線だった様に思われる。
「彼は私を護衛してくれた冒険者でグレンと言います。今回領主様に一緒にお会いしたいのだけれどよろしいかしら?」
「なるほど、護衛ですか。エンリ様にその様な方が必要とは少々驚きました。」
エンリが一瞬ニコッと含みのある笑顔を浮かべた直後、
「これは失礼致しました、わたくしはフランドル家に仕える執事のネバスと申します。以後お見知りおきを。」
素早く一礼してネバスは答える。
「ああ、グレンだ。宜しく頼む。」
俺はこう言った挨拶にあまり慣れていない為、見た目に反して少し横柄な態度になったかもと思ったが、それにしてもこのネバスという執事、リアクションが一々抜け目ないなと感じた。
「それではこちらへどうぞ。」
ネバスはそのまま姿勢を正し、俺たちを屋敷の奥へと案内してくれた。
屋敷を進むと幾人かの使用人やメイド風の女性が、すれ違う度に立ち止まりお辞儀をしてきていた。
『凄いね』
『ああ、これぞブルジョアって感じだな』
『ブルジョア?』
貴族然とした場所に来た事がなかった俺たちにとっては、それはどこか別世界にも感じられる光景であった。
「こちらでございます。」
セバスが扉の前で立ち止まり、俺たちに向き直り一礼する。
そしてコンコンとセバスがその扉を軽くノックすると、
「ピスケル様、エンリ様と護衛の方をお連れ致しました。」
「入れ。」
男の声が中から聞こえた。
セバスが扉を開けて、中へと促されて、エンリの後を追って俺も中に入る。
「久しぶりだなエンリ・オーシャン。」
机から立ち上がってエンリの元へと歩いてくる男。
見た目は30歳前半ほどで、中肉中背、顔立ちも整っており、貴族の様な気品は感じさせるが傲慢な雰囲気は無く、人当たりも良さそうな男だった。
「ええ、お久しぶりです。ピスケル・フランドル様。」
「ははっ、やめてくれ、君にその様な言葉遣いをされると何だかむず痒くなってしまう。以前通りピスケルと呼んでくれ。」
苦笑いを浮かべながらそう返すピスケル。
「それは失礼致しました。」
エンリはニコッと笑ってから、
「では改めましてピスケル、お久しぶりね。」
そう言ってエンリは手を差し出した。
「ああ、その節は世話になった。」
ピスケルはエンリの手を握りながら、優しそうな笑みを浮かべた。
一応俺の紹介もエンリから行われ、俺も挨拶したがその際にピスケルが僅かに眉を上げて俺を値踏みするかの様な視線を向けられたがネバスの時と違って、若干敵意を向けられた様に感じたのは俺の穿ち過ぎだろうか…
俺たちはソファーに案内されたが、俺はこの場合どうすべきかと迷ったが、立っている俺にエンリが目線で俺を促してくれたので俺もそこへと座った。
俺とエンリの正面にピスケル、その後ろにネバスが立っている。
「それで私に今日は何の用かな?無論エンリからの頼みであればある程度の事であればきいてやりたい所なのだがな。」
机の上に両手を組んでエンリを視線で促すピスケル。
「お願いだなんてそんな…」
エンリは目を閉じて軽く首を横に振った。
「君がわざわざ私に会いに来てくれたんだ。何もなければそれに越したことはないが、私もそこまで鈍感ではないよ。遠慮せずに言ってみたまえ。勿論ただ私に会いに来てくれただけであれば、嬉しい事この上ないのだが…」
「…そうね、こうしてまた会えたのも勿論嬉しい事ではあるのだけれど、今日ここへ来たのはこの町で何があったのかお聞きしたかったからよ。」
エンリもそれを誤魔化す事はせず、そう告げる。
ふぅ、と一回大きく息を吐いたピスケルは、
「ネバス、お茶を持って来てくれるか、それと簡単な軽食も用意してくれると助かる。」
「畏まりました。」
ネバスはそう返し、お辞儀を入れてから部屋を出て行った。
「君が私に話があると聞いた時点で分かってはいた事なのだが…」
「流石はピスケルね、話が早くて助かるわ。」
急に砕けた口調にも感じられるエンリの返答。
「それは…ね。では率直に聞くが、どこまで知っている?」
「知らないからここに来たのだけれど…」
エンリはそう答えてからピスケルの顔を見るが、そのままエンリを見つめるピスケルを見て、
「この町が魔物に襲われていたのは知っているわ。それに昨日何かがあって箝口令がひかれているだろうと。あくまで推論だけど、門の様子や町の状況、そして入口のアレの事からも考えて、何者かが暗躍しようとしているのを防ごうとしているのは分かるわね。」
「流石だな…」
今度はピスケルがその言葉を聞いて首を左右に軽く振る。
そこへノックがあり、再びネバスが入って来て、後ろから付いて来た女性と共に目の前の机にお茶やサンドイッチの様なものが並べられた。
「すまないね、食事がまだだったのでね。よろしければ君たちも食べてくれ。あまり豪勢なものでなくてすまないな。」
そう言ってお茶を一口飲んでから、
「分かった。どのみち君なら私が話さなくても、その内に分かってしまう事だろうしね。」
「あら、買い被り過ぎよ。」
「ははっ、それにしても君はあの頃と全く変わらないな。正直に言うと、先程君を目にした時も心の動揺が抑えきれず苦心していたよ。まあそれは今も変わらないのだがね。」
そう言った後、ピスケルはこの町で何があったのかを話し出した。
以前からこの町が魔物に襲われていた事。
それを撃退し、追い払いはしたものの、その後も何度か町はその魔物たちに襲われた事。
そこへ傭兵集団が現れ、その者たちが協力し暫くは落ち着いていたが、昨日また事件が起きた。
それは爆発事件だったと。
それは町の中、ギルド、そしてこの領主の館の入口でも起こった事なのだそうだ。
町の数カ所でそれは起こり、その対応として箝口令を敷いた上で町の出入りを厳しくチェックし、対応しているのだという事だ。
「なるほどね。あれは爆発の跡だったのね。」
エンリが話を聞き、納得したように呟く。
先程この屋敷の入口で目にしたのは、布が被せられて中はハッキリと分からなかったが何かを隠している様な感じだったのだが、どうやらそういうことらしかった。
「それでその犯人は捕まったのか?」
俺はそれまで黙って二人のやり取りを聞いていたが、気になる事を聞いてみた。
俺に軽く視線を向けてピスケルは、
「いや、まだだ。」
そしてエンリへと再び視線を向け直してから、
「だが、目星は一応ついている。…いや、正確にはついているだけで分かってはいないのだが…」
「「どうゆう事」だ?」
俺とエンリが聞き返す。
それを受けてピスケルは、
「実は…」
ピスケルの話では爆発したのは全身をローブで身に纏った者たちであったらしい。
何故爆発したのかは分からないが、その前日にそれらが町に入った事は掴んだそうだ。
黒いローブ姿の男が町にやって来て、それを金で買収された門番が通したらしい。
買収された者の話によると、そのローブ姿と共に引き入れた馬車の中には奴隷が乗っていたそうだ。
奴隷を乗せた馬車はその後何処へ行ったかは分かっていないが、それが原因となっているのではないかと。
今もその者たちを探していはいるが依然行方は掴めていないそうだ。
箝口令を敷いてはいるが、あと何人残っているかも分からず、足取りも掴めていないこの状況では安心出来ない状況が続いているという。
『またローブ姿か…』
俺とエンリは目を合わせて恐らくそれがあいつらではないかと確認する。
エンリが頷いてから、
「ピスケル、ここまでで私たちからもそれに関係しているのではないかという事を話すわ。だけどそれが直接この事に繋がっているのかはまだ分からないけど、私の勘では多分間違いないと思う。」
「…君の言う勘ならば…信じよう。」
それから俺たちは村であった出来事、ローブの男の事をピスケルへと話した。
そしてボナーロやロッドたちがその傭兵であった事も確認した。
町を襲った魔物の特徴も一致していた事から、今回の件にあのローブが関わっているであろう事はほぼ確証を得る事となった。
『やっぱりか…』
『そうだね…』
半ば分かっていた事とはいえ、早くもあのローブとまた対峙する事になるかもしれないと感じ気が重くなるのは否めなかった。
「それで、そのローブの男の目的だと思われるものの事なのだけれど…」
エンリは一通り離し終えてから、ピスケルへと尋ねる。
「ネクロノミコンか…」
ピスケルは考え込む様にしている。
「私も小さい頃、父から聞いた事はあるのだが、お伽話の類だと思っていたのだが…」
「そうよね…」
エンリもそれに同意していた。
「ピスケル様…少し宜しいでしょうか…」
それまで後ろに立っていたネバスが軽く身を屈め、ピスケルの耳元へと声を掛けた。
「何だネバス、今大事な話をしているのだ。」
「申し訳ございません、しかし今のお話に関与する事でございましたので、僭越ながらわたくしめにも発言の許可を頂けますでしょうか。」
「お前、何か知っているのか?」
「はい、これは先代様からお伺いした件なのではありますが…」
ネバスはチラリと俺とエンリへと視線を向ける。
「…構わん、話せ。」
ピスケルはその意図をいち早く酌んで、ネバスの話を促した。
「はっ、それがエンリ様がおっしゃったネクロノミコンというものであるのかはわかりませんが、死者に関する書物を以前、先代様がお持ちになっていた事を聞いております。」
「何だと⁉」
ピスケルが声を荒げて驚きを露わに、ネバスへと振り返る。
「申し訳ございません。これはあくまでわたくしが聞いた事があるだけで、直接見た訳ではございませんが…」
ピスケルはゴホンと一度咳払いを入れて、慌てた自分を誤魔化すようしてから、
「よい、続きを話せ。」
「はっ、わたくしが聞いたのは、先代がお持ちになっていたその書物は災いをもたらす事になるであろうという事で、ある者へと引き渡されたという事であります。」
「それは誰に引き渡されたの?」
エンリが思わず口を突いたように声を出す。
一度ピスケルを見やったネバスは、ピスケルの頷きを確認してから、
「詳しい経緯については分かりかねますが、わたくしの父から伝え聞いた事によりますと、デモン様へと渡されたそうですが…」
「デモンに?」
ピスケルはその名を聞いて、少し考える様にして顎へと手を置いた。
『デモン?』
デーモンだったらビックリだったが、デモンか…
「で、そのデモンって誰なんだ?」
隣でその名を聞いて、同じく考える様な表情をしていたエンリに尋ねる。
「デモン・サーペント、この町のギルマスよ。」
「…なるほどな。」
俺はある意味で納得した。
何故この町がローブに襲われたのか、何が目的なのかも何となくだが掴めてきたのであった。
「それでピスケル、あなたはこれからどうするつもり?」
「…どうすると言われても、まずはデモンに話を聞いて、ローブの目的を考えた上で、その男を捕まえる為に動くしかないだろうな。」
ピスケルは腕を組んでそう答える。
「そうでしょうね…ピスケル、一つ提案があるのだけれどいいかしら?」
エンリは身を乗り出してピスケルの顔を見つめる。
「な、何だ?」
何故か顔をちょっと赤くしてピスケルは少し慌てた様にしてそれを問い返す。
エンリは眼鏡を掛け直して、
「私たちにも手伝わせてもらえないかしら?」
それからエンリ主導の元、話は進んだ。
結果的にこの件は、引き続き領主が責任を持つ上で、エンリが請け負う形となった。
エンリは冒険者ではないが、グレンへと依頼をする形でそれを引き受けるという事になる。
初めピスケルはグレンの事を疑う訳ではないが、やはり信用は出来ない様だったのだが、エンリのグレンへの評価が素晴らしく高い事、エンリが言うならばと渋々ながらにそれを了承した。
途中ちょっと俺を見る視線がキツイ部分もあった。
エンリを見る時と俺を見る時の感じが明らかに違うのは仕方が無いとは思うが…
「グレンに関しては私が責任を持ってお勧めするわ。グレンもそれでいいかしら?」
ニコッと笑顔でそれを確認してくるエンリ。
「俺は別に構わないが…」
どうせ請け負わなくてもローブとは関わる事になりそうだからいいとしても、ここまで勝手に話を進めておいて今更だと思った。
「ありがとう。それじゃ、お願いねグレン。」
これで話はひとまず終わりかと思われた直後、
「…エンリ、やはり俺では無く、その男の事が好きなのか?」
ピスケルが何やら爆弾を落としてきた。
「な、何を言ってるのピスケル?」
エンリが急に振られたその言葉に驚く。
「…いや、すまない。突然変な事を言ってしまった。その…宜しく頼む。」
軽く会釈をしてからピスケルは、おもむろに席を立ち上がり、最初に座っていた机へと戻って行った。
その後ネバスに案内されて、部屋の外へと出て、そのまま俺たちは領主の屋敷をあとにした。
エンリは屋敷を出るまで顔を少し赤くしたまま黙っていた。
俺も何となく気まずかったので無言のままだったが、屋敷を出てからエンリからピスケルについて話を聞いた。
『ピスケル・フランドル』
この地域の領主であり、エグザイルの町を管理している。
補足として町は全て領主により管理されている訳では無い、実質的にはその町に領主の代わりに任されている者がおり管理されている場合がほとんどだ。
だが領主が住んでいる町に関しては領主が管理しているのが普通だ。
ここからはエンリには秘密にしておいてねと言われて説明された。
その話を要約すると、
彼は10年程前に父から領主を引き継いだ際にエンリに求婚するもフラれた。
父が殺された件で世話になった恩もあり、今も彼女には頭が上がらない。
エンリがハーフエルフである事も知っているらしい。
歳は現在33才、領主としては比較的有能で、無理な政策や重税をかける訳でもなく、住民にもある程度慕われているそうだ。
『なるほどね』
『だからあんなにエンリさんを見る目が真剣だったんだね』
『ああ、色々と納得だ』
「この後はどうする?」
エンリにそう聞いてみた。
ひとまずは宿に行って皆に報告するかと思った俺だが、エンリは『先にこの魔物だけでも置いてきましょう』という事で、先にギルドへと行く事になったのだった。
いつかリアル版執事に会ってみたい作者です。
メイドは幻想がありすぎてアレですが、執事はやはり初老が一番だなと思っとります(・ω・)/




