01-09 森のアリナ 8
「お前たち、ちょっと待ちなぁ!」
「……なによ!」
アリナを背にし呼び止めたガスカンクへと向かい合うハンネ。
先ほどの丘より駆け寄った男はボサボサ髪に顎が潰れている為か話すのが困難な話し方をしている。背は160センチ程なのだが手足が異様に長い姿。
手足の長い男は素早く動くとアリナの進行方向へ先回りし遮る姿勢をみせた。
その後ガスカンク達はアリナ達を囲うように陣取る。
「なぁ、ハンネ。今日はアイツ等どうしたんだ?頭良いご自慢のリーダーと何時もお前らの前に立つ双子はよぉ?」
見定めるような顔でハンネを問い詰める。
「私たちの後ろから来ている筈だけど、用が有るなら待ってみてはどう?」
やり過ごそうとするハンネ。
「……って言ってるがなぁ」
ハンネの背の方に居る手足の長い男へ問いかける。
「い、い、い、いない」
長い両手を左右に振って否定する。
「そ、そんな事無いもん」
レミィがアリナを挟むように前に出る。
「こ、こ、ここ、このま、周り、だ、だれ、誰も、い、いない」
勝ち誇ったような嫌らしい顔でレミィを見る。
「まぁ、そういうこったなぁ」
ボリボリと膨れ腹のデベソを掻きながらハンネとレミィを睨むガスカンク。
「なにが言いたいの?関係ないでしょ」
ハンネは強気な姿勢を崩さない。
「関係大ありなんだなぁ……オメェ達を俺達の塒へ招待してやると言っているんだよぉ」
デベソを掻いた指を口へと運ぶ。
その行為に引いたアリナ達。
「だったらお断りよ。あたし達は西街”ガ・ドル”へ向かわなきゃならないの、近くまで迎えが来てくれている筈よ」
ハンネはとっさに嘘を吐く。
ガスカンクは囲いを崩さない姿勢をみせる。
ハンネはレミィに後ろ手に指でサインを送る。
チラリと見たレミィから小さく首が振られる。
短杖を失ったレミィが即に使える魔法では切り抜ける事が出来ないと判断したハンネ。腰に備えた短剣に手を伸ばす。
「まぁよぉ、そう怖い顏するなハンネ。レミィだって泣き出しそうな顏になってるぜぇ」
「何が望みなの……お金?」
「そんな事は後の話だよぉ、ハンネ。さっき言ったけどなぁ、お前たち2人が塒へ来てくれて俺の抱き枕になってもらえりゃぁ、それで良いんだよ」
囲っていた男達もせせら笑う。
「そんなのお断りよ」ハンネは身構えて強気の姿勢は崩さない。
「まぁ、最初は誰もそう言うんだよぉなぁ。俺のモノを咥える様を躾ける楽しみが出来て大歓迎なんだけどなぁ」
「木の穴に入れて満足したら?」
ハンネが馬鹿にした表情で話す。
「はあぁ?おい、オマエ等聞いたかぁ!ハンネがナティと同じ言葉言ったぜぇ」
驚き顔でデベソを掻きながら周りの男等に伝える。
「な、なんでナティが……行方不明……あなた達が攫ったって事?」
レミィがナティと言う名に反応を示す。
「7日……いえ、10日程前に西街”ガ・ドル”中で行方不明になったナティを攫った犯人なのね……」
ハンネが確定した顔で問い詰める。
「おぅよ!小娘1人が街中を出歩いちゃぁ何かあったら大変だろぉ?だから俺達で先に攫っちゃったわけ」
指を丹念に舐めながら答える。
「攫っておいて馬鹿言わないでよ!」
レミィが言い放つ。
「おいおぃ、レミィ誤解するなよ……最初は攫ったけどよぉ。今じゃ少しづつ素直に俺のモノを咥えるようになってきたんだぜぇ、もう少し従順になるようになれば尻の穴やこのデベソも味あわせてやるんだよ」
「何言ってるのよ!それが何の理由になるのよ」
意味わからないと抗議するレミィ。
「そのうちさぁ……帰りたくなくなるんだよぉなぁ?」
ガスカンクが男等に聞かせるように言うとせせら笑う声が返ってくる。
「馬鹿じゃないの!帰さない帰られないだけじゃない」
怒りを示すハンネの表情。
「でも、ちゃぁーんと返してるぜ?」
「何言ってるの?…………返してるって何を?」
ハンネが言葉の意味を尋ねる。
「残った家族にちゃーんと骨や金にならない遺品をなぁ。あ、遺品は金になったわ」
ケラケラ笑うガスカンク。
「あんたたち……ここ数年の行方不明の原因は全部そうなのね!!」
「何人か男の人も居なくなってる筈よ、どうしたのよ」
レミィからの追求する言葉にニヘラと笑い顔のガスカンク。
「男は手足を切り落として、そいつの女に躾けを施してる所を見せてたら死んじゃったなぁ」
ズズへ目線を送る。
「あぁーと、魔法ぉのれぇーんしゅぅにつーかあた」
ニョロりと長い舌を出すズズ。
「まさか……帰ってこない冒険者組が居るけど無関係じゃなさそね」
ハンネの表情が一層強張る。
「さすがだね、ハンネちゃぁん。感が良いとこ好きだぜぇ」
したり顔のガスカンク。隠す事無く認める。
「ぼろぼろぼろかえり、へたへたへたな奴等をボコボコボコ」
ジャガイモ男が自分の頭を叩いて見せた。
「お、お、おん、女だけ、も、貰う」
手足の長い男が潰れた顎をクシャクシャさせて話す。
「最悪ね……こうして帰ってくる冒険者組を待ち伏せて不意打ちしてたのね」
「そういぅことだぁよ、ハンネ。そしてレミィもそのお仲間入りって事だ。自慢の弓も無さそうだな、短杖も持たないレミィの魔法も無いって事なら理解できるだろ?」
「板のあんた達が鉄版持ちのあたし達に敵うと思って?」
弱気を見せないハンネ。
「おいおぃ、ハンネ……なんで俺達が、未だ板だと思ってるんだ。……そうやって油断していた奴等はみーんなやられたんだよ!」
ガスカンクの強面が近寄る。
ハンネは自分が切りかかり血路を開く、あとはレミィがアリナと逃げる時間をどう稼ぐか考えていた。
飛び掛かるタイミングを計りレミィにサインで伝える。レミィの真剣な目が了解と応える。
『なぁ、レイ。この世界の日常会話とやり取りを得る為とは言え邪魔してはイカンと黙っていたが、いささか変な展開だぞ?』
『そのようですね。事情に疎い為、聞きなれない単語や事情が出てますがどうやら我々は多少の危機感をもった方が宜しい展開に置かれている模様です』
『そうだよなぁ……制作作業に引きこもっての長い生活だったからな……どうしても当事者として物事を見ずに別に身を置いてしまう』
『アリナお姉様は常にモニター越しで作戦進行から結果を記録動画で見る生活でしたから仕方ありません』
『作戦失敗の結末を”たられば”で思っていただけだからな、なれとは怖いものだな』
『今の会話を高速で再生します。アリナお姉様もご参加された方がよろしいかと』
『頼む。どうやらわたしにも何やら言われていたようだったからな』
「旦那旦那旦那ぁ、チビチビチビ、このチビどうするするする?」
ジャガイモ男が大人しく聞いていたアリナを指さしガスカンクへ尋ねていた。
「うぅん?良い身なりだな、そのチビは着ている物をひん剥いてさっさと殺してしまえ。遺品に報奨がついたら返せば金になる」
「だったらだったらだったら、チビチビチビくれくれ」
物欲しそうな顔でアリナに指を振る。
「あぁのチービィ、どぉーしぃたぃ。チービィほぃーのか」
ズズが訪ねる。
「旦那旦那旦那と兄貴兄貴兄貴の使い使い終わった、ガバガバ、ゆるゆる」
「わぁははははぁ!オメェの小さいのが悪いんだぜぇ」
大笑いするガスカンク、ズズも笑っている。
「おれおれほしい、くれくれくれチビ、ほしいほしい」
ジャガイモ男はアリナへ手を伸ばす。
「良いぜぇ、そんでその傍らでハンネとレミィに同じ事を俺がやってやるぜぇ」
にへら笑いのガスカンク。
「だぁーたらぁおれぇーは、ナティをもらぁーう」
ズズがガスカンクに尋ねると、「いいぜぇ」と返ってきた。
「お、お、おれ、俺。の、の、のこ、残り、お、女、ぜ、全ぶ、も、もらう」
まだ他にいる事を示唆する言葉を吐き長い手足で踊る。
最悪と判断したハンネは、タイミングとか計らず今すぐに飛び掛かる姿勢を見せる。
「…………あなた達はわたし達の敵なのですね?」
ハンネの脇から現れたアリナ。
ハンネがアリナの前に立とうとするも小さな手で制止させられてしまう。
「…………あなた達、皆で散々わたしの事を”チビ”と連呼していたわね」
「なんだぁ、このチビ!」
ガスカンクがジャガイモ男にさっさと連れていけと首を振る。
「チビチビチビ、こっちこっちチビチビチビ、こいこいチビチビ」
アリナの左横に位置していたジャガイモ男の右手が伸びる。
アリナに伸ばした右手は届かない。否、ジャガイモ男の右腕が消えていた。
肘から先が無くなっている。
1センチ刻みで寸断された肉片が血溜まりを作り地面を染める。
傷口からの出血は意外と少ない。
ジャガイモ頭の形相が変わる。
右腕が無くなったと今知ったためだ。
慌てて地面に落ちた肉片を切断面にくっつけようとするも……当然つくはずも無い。
「おれおれおれ、にくにくにく、うでうで?」
形相からそうとうパニックになっている模様。
普段は腰が折れ曲がっている為、全高は135センチのアリナと変わりない。だが今の座り込んで必死に肉片を拾う姿はアリナより低い。
「……どうしたチビ!何か大切なモノでも無くしたか?」
アリナの声が響き渡る。
そして繰り出される蹴り。
大きな鼻に深々と刺さるとゆっくりと蹴り上げた。
ジャガイモ男は5メートル程ゆっくり弧を描き地面に落ちた。
何が起きたのは理解できない現場。
まっさきに声を張り上げたのはガスカンク。
「ズズッ?!やっちまえぇ!!」
ズズの舌の長いは普段の会話に不向きだが魔法の詠唱は短く素早い対応ができる長所を持つ。
反応が無い。
ガスカンクの左側に居たズズを見る。
口が左右に切り開かれ下顎がダラリと垂れ下がり、長い舌が根元から切り落とされ長杖と両腕が切り落とされていた。
白目で両膝を地につけ倒れ込むズズ。
「お、おい。なんだ……なんだこりゃぁ!」
ガスカンクが何をしたか未だ理解出来ない。
それと同時に手足の長い男が逃走した。
数歩進んだところで躓く。
立ち上がろうとするも立ち上がれない。
「あ、あ、あし?ああああああああ!あ、あしがぁぁぁぁ」
足が膝上から寸断されていた。手足の長い男の目線が躓いた当たりの血溜まりが自分の両足の成れの果てだとしるや手を動かし這って逃げ出す。
それも叶わず頭上から何故かジャガイモ男が振ってきて衝突して気絶した。
すべてアリナが手にした短刀を操作した行為だった。
「散々とチビチビ言ってくれたな……この腐れデブが!」アリナが表情冷たくガスタンクへ言い放つ。
「お、おい!ハンネ、レミィ!このチビを止めろよぉ!な、ちょっと冗談だったんだよ。本気にするなよぉ!ほらぁ、チビに命令して止めるように言えよ!!」
ガスカンクの必死の形相でハンネとレミィの2人に訴える。
「……」2人は無言だ。
2人もまたガスカンク同様に未だ理解できない……唯一理解できるのはアリナがなにかしらの力を行使した結果が今の現場の光景だという事だけ。
2人からの反応が無いと見るや今度はアリナへ話しかけるガスカンク。
「なぁ、チビ。ちょっと話合おぅ、なっ!チビちゃん、いや、おチビさん。ホント冗談だったよぉ」
更に冷淡さが増すアリナの表情。もはや汚物を目にし消し去ろうと言わんばかりの表情へと変わってきている。
両手を前にだして制止の姿勢をしつつ後退するガスカンク。
一瞬でその両手首が切り落とされる。形あるまま落ちる手首。
切り落とされた傷口を目にして発狂するガスカンク。
「あああああぁー!何すんだぁー!このドチビがぁー!!」
切り落とした手首を何とかして拾う姿勢を見せて怒鳴りつける。
その瞬間、両肩から腕が切り落とされた。
「チビチビ……そうかホンネが出たな。わたしをドチビと呼んだなぁ!!」
アリナの形相が可愛らしい鬼へとかわった。これから行う事は地獄の鬼と変わらない。
…………そこに仰向けの首のついた手足の無い胴体だけの汚らしい生き物が血溜まりで動けずに息だけしている。
「どうだ、お前の言うドチビの更に糞ドチビな視界でみる空と景色はさぞ絶景だろう?」
その傍らに腰に手を当て見下しているアリナが居る。
「お、おお、お助けぇ……」
ガスカンクの涙鼻水の大洪水の顔はハンネとレミィに向けられる。
ハンネとレミィは反応しない。
アリナは容赦なくその糞腹を蹴り上げた。
3メートル程の高さへ弧を描き落下。
―――ぐへっ!うつ伏せで声をあげ吐しゃ物を撒き散らす。
「ふん!今度わたしの前でチビなどと口にしたらその程度では済まないぞ!!わかったな糞デブ!!」
アリナは踵を返しハンネとレミィを連れて西街”ガ・ドル”へと足を進めた。
つづく