01-06 冒険者「森の羽飾り」
アルスタージア王国の東南に位置するヴァスク辺境伯爵領にある西街”ガ・ドル”深い森に囲まれる辺境で隣接するファリア公爵領へと交易を持つ街。
ガ・ドル冒険者組合所の雑談室にて組合規定の制服を着こなした長い金髪をアップにしたキリっとした顔立ちの女性がテーブル向かいの5人に仕事の依頼の説明を行っていた。
「街から比較的近い森に未知の魔獣が徘徊してるらしいのよ。それの出来るだけ正確な情報がほしいわけ」
「なるほど。しかし……カトレイア組合長が我々を呼び出して執務室で無く雑談室を借り切って話をしてきたのは記録を残さない為ですか?」
茶色のローブ姿の茶色の長髪男が訪ねる。
「仕事が山盛りなのよ。今年は野獣や魔獣がヴァスク辺境伯爵領を埋め尽くすくらい徘徊している異常な状態なのは知っているでしょう」
「そりゃぁ、俺らが一番知っているからなぁ、ダルズ」
軽口を上げたのは赤色を基調とした鎧姿の茶色の短髪男。
「ウルズ、静かに聞けよ」
軽口を注意した青色を基調とした鎧姿の茶色の短髪男。
鎧の色分けが無ければ見分けがつかない双子の兄弟。
先の軽口が兄ウルズで注意したのが弟ダルズ。
「この街の殆どの冒険者組は遠出してないですよね?逆に仕事少なくなる筈じゃ?」
金髪のおさげの女が尋ねる。
「こら!レミィ、話が横にズレてるわよ」
茶髪のショートの女が注意する。
「ごめん。ハンネ」
軽く舌を出して反省しましたよと、顏で返すレミィ。
「正直愚痴りたいのよ。ここ数年の失踪者問題も解決の兆し無しで苦情来るし、森に出かけた冒険者組は怪しい情報ばかり寄越して、その殆どが詳細掴めず。依頼を受けて戻ってきていない冒険者組も少なくないから報告書は進まない」
カトレイア組合長がキリっとした顔から一変苦労人の顔を見せた。
「我々”森の羽飾り”が噂程度の未知の魔獣を見てきて詳細を伝えカトレイア組合長が精査して危険であるか判断する、と言う事ですね」
「話が早くて良いわルーデン」
カトレイア組合長が茶色のローブ男を褒める。
「噂程度なら我々も聞いていますよ。ですが、一応組合に集められた情報を聞かせて頂いけるのでしょうね」
「勿論、今回だけですよ。依頼者が私個人である事を考えたら組合情報を持ちだすなんてダメな行為ですから」
「冒険者組合からの指名依頼じゃないのですか?」
ルーデンが訪ねる。
「相手は未知の魔獣よ。いくら西街”ガ・ドル”で優秀と言われる貴方達を危険な目に合わせない為の……方便と受け取って」
「あたしたちは未知の魔獣の徘徊場所や姿や出来るだけの情報を持ち帰るだけで言いわけね」
ハンネの言葉に頷くカトレイア組合長。
「それに下手に討ち取られて追加報酬を組合から出す羽目になると辛いのよ。まぁ人手と搬送代が馬鹿にならない金額になる現状を考えるとね」
ヴァスク辺境伯爵領は現在、猛獣魔獣が大量に徘徊している。大型の魔獣であった場合、狩猟場所からの護衛を含めた搬送手段を考えると相応の金額を用意しないといけない。
「ちゃっちゃとやって、首だけもってご帰還」
「ウルズ、それを実行したら僕ら二人が運ぶ羽目になるぞ」
「やめてよ二人とも狩る事が仕事になるような展開に持って行かないでよ」
ハンネが反対しレミィが頷く。
「まぁ、カトレイア組合長の懐具合を考えたら詳細を報告した方が優しい選択だろう」
「あまり無茶な行動は慎んでね、この状況下で冒険者組を失うには余りにも手痛いから」
カトレイア組合長が戒めともいえる言葉を掛ける。
「そういえば、あの冒険者組”金輪”はどうなったの?」
レミィがカトレイア組合長へ尋ねる。
「ヴァスク辺境伯爵が雇わなかったわ。ここ西街”ガ・ドル”を抜けて森へ入っていったと報告は受けました。隣のファリア公爵領へと抜ける林道を通らず進んで行ったようですけどね」
「すげぇ、強さがあっての行動か。それに見合ってあいつら滅茶滅茶高いって噂だもんな」
「そうだねウルズ。なんせ一日で金貨5枚だから」
「うわ!それ高すぎよ。ハンネ聞いた?」レミィが驚いている。
「うん知ってた。日雇いで1人金貨5枚、そして仕事した場合は別途追加報酬を要求」
ハンネの追加情報に呆れるレミィ。
「たしか4人だったよね。一日で金貨20枚で更に追加報酬なんて……うらやましい」
最後の言葉はポツリと呟くレミィ。
「流石にヴァスク辺境伯爵も頷けないでしょう。猛獣やら魔獣が徘徊している苦しい状況を天秤に乗せても、討伐する度に出す追加報酬だけで年内に伯爵が破綻しちゃうわよ」
「一部は組合には入ってこないですか?」ルーデンが訪ねる。
「残念だけど入ってこないわ。”金輪”の場合は名声を盾に独自契約を許された数少ない冒険者組なのよ。冒険者組合が仲介して仕事をした場合なら別ですけどね」
「皆!話がそれちゃってるわよ。カトレイア組合長から集めた情報を得てから、さっさと行って、さっさと帰還し報告。で、終わり」
ハンネが皆に声を掛ける。
「まるでリーダーっぽいな」
「ウルズ、リーダーはルーデンよ。あくまでもあたしはサブリーダー」
笑顔で答えるハンネ。
「いつ決めたっけ?」
ダルズがレミィに尋ねる。
「わたしも初めて聞いた」
レミィが胡散臭い顔で見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
早朝に森の傍で野営してからの出発となった。
「……で、どういうヤツだっけ?」
「ウルズ、昨晩摺り合わせしたろう」
呆れ顔のルーデンの言葉に「なんとなくさ」と軽口なウルズ。
「移動しながらもう確認しましょう。まずはレミィ何処まで覚えてる」
ハンネがレミィへ尋ねる。
「へ?あ、……なんか固そうな外見で素早く動いていたとか遅いとか……」
チラリとダルズへとバトンタッチ。
「首が長いヤツとも逆に首が無いと言った報告もあったね」
「前面に体毛があるって事も判っている事ね。更に手足が異様に長いとの報告もあがっていたわ。逆に手足が無く岩のようにすり足で動くとも……」
ハンネが追加補正を加える。
「それ一匹じゃないじゃんか?」
ウルズが想像つかない顔で返す。
「そうだな。恐らく複数種の魔獣か野獣、どちらにせよ未知である事に変わりないだろう」
ルーデンが纏める。
「取りあえず、あたしが先行して探索して来るから距離を保ちつつ後を追ってきてね」
ハンネが言うと皆が頷く。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(居た……)ハンネが口に出さず木々の間を動く獣を見ている。
すぐに後方からくる皆が判るような印を書き残した。
背負った弓を手にし風下へ移動する。
様子を見つつ獣の全体が見える距離まで近寄る。
角のない河原の石のような外見を持ち短い四つ足でゆっくり動く姿は亀を思わせた。
地に向けている面は獣のような体毛がありまるで地を撫でるように歩いている。
(あれは獣じゃない、たぶん魔獣ね。もう少し寄ってみなきゃ)
側面に回り込むも頭らしきものが見当たらない。
無いと言う事はまず無い。おそらく首を体内に収めている可能性があると判断したハンネは手にした石を投げ入れる。
石は魔獣のやや前側面の茂みへ音を立てて地に落ちる。
ゆっくり立ち止まるも反応は薄い。すぐに歩き出す。
(音に反応はするも鈍いわね。それとも目が良くて判断が早かった可能性もありか)
ハンネは再度獣が反応するか確かめるべく、腰の袋から2センチ程の小さい玉をだすと矢の先へ刺して獣の近くの木へ撃ち付ける。
先ほどの反応とは段違いの速さ。周りを警戒するような動きを見せる。
触角と思しき器官を出し、平べったい大きな頭がするりと長い首と共に飛び出す。
1メートル程伸ばした首で矢の刺さった木を嘗め回すように見る魔獣。
ハンネが飛ばしたのは匂い玉だった。
中心の粉末と外側を覆う粉末がを覆う玉。この2種類の粉末が混ざると強烈な臭気を出す。矢が刺さった瞬間に2種類の粉末が混ざり周囲に撒き散らした結果だ。
(匂いに過敏に反応するのね。やっぱ首あったわね)
ハンネは先ほど残した印の場所に戻ると皆が待っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………って、いう訳。姿形ははっきり覚えたわ」
先ほど知った相手の特徴である音よりも匂いに反応する事と首が普段体内に収納されていて伸び出した事で形態がかなり変化する事を伝えた。
「……撤収して報告」
ルーデンは気乗りしていない。
「鈍間なんだろ?だったらさぁ」
ウルズの言いたい事は分かった。
「そうだね。僕とウルズの2枚盾とルーデンの魔法があれば動きを止められる」
「わたしの火魔法で攻撃?……うまく行くかなぁ」
不安気なレミィ。
「あたしは反対よ。相手の力量を見極めた訳じゃない。毒をもっている可能性もある。首が伸びて形態が変わった事で他の魔獣情報も信ぴょう性が出てきたわ」
「その情報を調べる上でも接触をしてみる事を提案する」
ルーデンが自らの提案にチームメンバーの決を取る。
「賛成3で反対1、棄権1。ハンネ良いな?」
唯一反対したハンネに再確認するルーデン。棄権したのはレミィだ。
「皆で決めた事なら文句は無いわ。でも、危険と判断したら即撤収するわよ」
「ああ、異論は無い」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ハンネは後悔した。
何故あの時にもっともっと反対すべきだったと。
駄々を言ってでもレミィを強制的に引っ張って街へ戻れば今の状況は起こらなかったはず。
ウルズは打ちのめされ地に平伏し身動きできない状態。ダルズは辛うじて立ち上がるも頼りない状況。
その直前まで何が起こったのか分からない。
魔獣が放った謎の一撃でこの状況に至った事は分かっている。
自慢の複合弓を引く。矢は前面の体毛弾かれ、表面の皮にすら刺さらず地に落ちる。
レミィが詠唱をもうすぐ終える。手にした短杖にそえる指がハンネに知らせている。
ルーデンはウルズの元へ回復を行っている最中。
割り込むようにダルズが盾を構え入り込む。
レミィの短杖から火の玉が放たれる。十分な大きさ、これで終わったと……思われた。
ハンネの淡い期待だった。魔獣に放たれた火の玉が頭部と思われる部分に命中するも焦げ目を残さず一息で消えた事で最悪の状況に置かれていると判断した。
「ルーデン!」ハンネは名前を叫ぶも治療に専念しているルーデンには届かない。
目の前に起こっている状況を伝えにたった数メートル先のルーデンに大声で叫ぶだけの状態。
指示すら出来ない、ただ名前を呼ぶだけ。
魔獣がダルズの首を食い千切ったところでハンネはレミィの腕を掴むもレミィは動かない。
目を瞑り短杖を持つ手の指の動きが先ほどより早くなっている事が見て取れた。
もう一度魔法を放つと言う意思が伝わった。
もし目を開けたまま詠唱をしていてダルズの死を目の当たりにしていたら出来ない状況だった。
ハンネは複合弓を引き、矢が無くなるまで繰り返しルーデンの名を呼び続けた。
ダルズの血を頭から浴びたルーデンがようやく自分の置かれた状況に気づいた。
頭上から異様な速さの前足が繰り出される。
ルーデンは奇声とも叫び声ともつかぬ声でその場を退く。
前足はルーデンではなく、治療途中だったウルズへと突き刺さるように当たっていた。
熟れた果物をつぶすかの如くウルズの頭が兜ごと潰された。
ルーデンはそのまま叫びながら森の中へ逃走。
魔獣は後を追う姿勢を取ったところでレミィから放たれた2度目となる火の玉を受けて怯む。
火の玉は最初のものより小さかった。ひるますには十分な働きをした。
ハンネは空の矢筒と弓をすてレミィの腕をつかみ逃走した。
あの魔獣は決して足が速いと思えない。そう信じて……いや、そう願いながらレミィと森の中を走り続ける。
息が上がりレミィの足が止まりかけた頃に悲鳴が聞こえた……それがルーデンのものだと2人は悟った。
先に逃げたルーデンが襲われた事で足の速さは希望にそったものでなく相当なモノだと確信した。
動けぬレミィを抱きかかえるようにハンネが逃げようとするもレミィに突き離された。
息が上がり話せぬレミィ。その目がハンネに”一人で逃げて”と言っている。
悩む時間は無かった。ハンネはすぐに行動へと移す。
レミィを近くの藪の中に隠し痕跡を消す。すぐに近くの枝を手に取りより濃い痕跡を残して音を立てて一人で逃走。
その直後に魔獣がレミィの隠れた藪の前を通り過ぎる。レミィは未だ乱れた呼吸を押し殺すように手をあてやり過ごす。
その速さは異様な速度だった。ハンネの後を追跡し消えて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
すぐ後ろに気配を感じながらハンネは斜面を目の前に立ち止まる。
(ここを降れば……)
後ろに気配を感じ横目で魔獣が飛び掛かろうとしている事が判った瞬間に斜面を滑落していた。
ハンネは転がりながら着地と同時にどうにげるかと考えていた。
(魔獣の方が重く、そして大きい。もしかしたら先に下に着いて姿勢を整えているかも……)
転がり落ちて下り着くとヨロつきながらも直ぐに逃走姿勢に移すハンネ。
走り出した時に気配が無い事に気づいた。
(魔獣が追ってきてない?)
斜面を見上げる。自分がおりてきたと思しき跡だけ残されていた。
(まだ上に居る)
すぐに簡単に登れそうもない斜面に向き直すも……。
(戻ってどうする?)ハンネは自問自答をし再び逃走を始める。
(まだ隠れたレミィが見つかった訳じゃない)
言い聞かせるように走りはじめて聞こえた悲鳴……レミィの声だ。
ハンネは両手で耳を塞ぎ心の中でレミィに謝罪しその場を逃げ出した。
途中で痕跡を消し、更に泥水に浸り匂いも消す。
落ち葉を纏わせ思いつく限りの逃走ルートを使い逃げた。
ハンネ一人だから出来る行動。
夜になる前に森を抜けないとあの魔獣で無くても危ない。
たった一人の女が出歩くには厳しい世界だと理解している。
冒険者組が非常食とかを置いたキャンプ地へ移動しないと、このまま野営では野獣やら魔物に襲われてしまう。
唯一の武器が腰に備えた短剣一つだけが頼りの現状。
やがて日が暮れ薄暗くなった頃にようやく森を抜けた。
足はフラフラと頼りなく動く、まだ動き歩みを止めない。
ハンネは今日の事をどのように報告するか考え整理していた。
ウルズやダルズはルーデンの強化魔法を受けたにも関わらす一蹴されてしまった事。
レミィの火の玉も十分な大きさがあり確実に命中したにも関わらず一息程度で消えた事。
斜面で見た魔獣は足が長いように見えた。首同様に長さを調整できる事で足場の悪い森のなかでも高速で移動できた事。
(魔法が効かない……体が、いや形態が変わる。あたしの複合弓で前面で通らない事を考えると背面はもっと硬いわ。矢が通らず魔法が効かない魔獣がこんなにも街に近い場所にいるなんて……)
やがてハンネは膝をついた。心は前に進みたくとも身体が動かない。
(……人を集めて……そして……皆の仇をとらなきゃ)
一息つかぬ間に声が聞こえた。聞きなれた声がハンネの名を呼ぶ数時間前まで聞いていたのに凄く懐かしい声……レミィの声だ。
幻聴では無くその声は近づいてくる。
「レミィー!!」
ハンネ膝をついた状態で自分が逃げて来た方向の森へ向かって叫ぶ。
薄暗い中でレミィの姿は見えない。
何度も何度も弱々しい声で今出る出来るだけの声を出し続ける。
そしてハンネの背後から泣き声ではっきり聞こえた
「ひっぐぅ……ハンネぇ……ハンぇぇ……」
泣くレミィが立っていた。
「れ、レミィ……あぁ……レミィぃ……」
ハンネも泣きながらレミィに答える。
二人は泣きながら抱きしめあい無事であった事を喜んだ。
つづく