01-01 森のアリナ 1
木々が生い茂る深い森。
陽の光が木々の隙間から所々に光線のように注がれている。
パン!
音速を超えた銃弾が空気の壁を割る音が響き渡る。
「く、……これで何匹目だ」
『15匹目となります。アリナお姉様』
「……すまん。ただの愚痴だ」
「この森は熊の繁殖地なのかもしれんな。今更ながら不味い事をしたかもしれん」
『アリナお姉様を襲ってきたのですから当然の対処だと思います』
アリナお姉様と呼ばれた子供は黒髪で身長135センチ程で年齢は10才程度だろう。奇妙な身なりをしている。
頭はヘッドギアに全身ボディペイントを施したような黒色の薄い全身タイツ姿。その小さな右手には武器と思われる銃が握られてる。
傍らに熊に似た巨大な獣が横たわっている。その子供の大きさから比較して獣の全長は4メートルは超えているだろう。体重に至っては1トン近くある。
横たわる熊に手を向けるとブロックノイズのような光源が現れ包み込み数秒後に消え熊も無くなっていた。
「まだ再生し目覚めて3日でこの状況だと……行方知れずのナシナの方が気になる」
『ナシナお姉様からの連絡はありません。ヒマリとフウカを捜索に出しましたが……その二人も連絡すら出来ない状況です』
「うむ……少々早まった判断だったかもしれないが、二人が無事にナシナ見つけて連絡を繋ぐ手段を用いてくれる事を祈るだけだな。その際はナシナ事を最優先で対応するようになレイ」
『畏まりました。アリナお姉様』
アリナは森の中を一人歩み始める。
レイと呼ばれた会話相手の姿は見えない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
森の中に似つかわしくない不自然な建築物がある。形状はコンテナで作られたような簡易なデザインで窓とスライド式の扉が備えられている。
これはアリナが住居にしているセーフハウス。寝室や浴室、トイレといった必要なモノは一通り備えた完全な家と呼べる。
部屋のテーブルでアリナが食事をしていた。金属製のトレーに学校給食を思わせるメニューが載せられていた。
口をモゴモゴと可愛らしく動かし「美味いな」と呟くアリナ。
『アリナお姉様、ありがとうございますぅ』
少々声のトーンが高い返事が返ってきた。先のレイではない。
「長らく戦闘食を食べていた過去の自分が馬鹿らしく思える」
苦笑いのアリナが呟く。
『アリナお姉様のお年頃なら美味しくしっかり食べて頂かないといけませんですぅ』
「ミクルには衣食住をまかせているからな。今後も頼む」
『お任せください。アリナお姉様ぁ』
部屋はアリナ一人。
しかしアリナの赤く染まった瞳には傍らに立つ身長160センチの10代後半の少女が見えている。
四妹達の末妹のミクル。
アリナと同じ黒髪で髪型は前髪をトップで髪飾りでとめたポンパドール。目が大きく目じりが下がった感じが幼さを残す。
服の色は水色を基調とした襟元のネクタイが制服風なデザインになってる。今はエプロン着用してる為にメイドを思わせる風貌。
「ごちそうさま」アリナが食事の終了を告げると別の女性が姿を現す。実在するのでは無く、アリナの瞳に映る姿だ。
『アリナお姉様。少々お話がありますがよろしいでしょうか?』
その声の主は先のレイだ。
四妹達の長妹のレイ。
身長165センチでミクルより少し高い。年齢は20前半といったところだろう。
黒髪でロングの髪を一部アップにし残りをダウンにしたハーフアップにした髪型。アンダーリムのメガネを着用した表情から落ち着いた感じが伺える。
服装はミクルと同じデザインだが黒を基調としたデザイン。
「レイどうした?」
『現在の状況を報告させていだきます。探知などのセンサー類を阻害してると思われる素粒子なのですが未だ対処できていません』
「現状は今までとおり目視で進みながら探索になるワケだな」
『はい。私やミクルでは解析に時間が掛かります。できれば捜索に出したフウカをアリナお姉様の元へ呼び戻せれば良いのですが……』
「その素粒子のせいで連絡すら覚束ない現状では無理だろ……」
『今ある装備でアリナお姉様には対応して頂く他ない事を伝えなければならない事をおわび申し上げます』
レイは深く頭を下げる。本当に申し訳ないという姿が伺える。
「そう悲観するなレイ。この下級戦闘員服は悪くない。むしろ、わたしが知る限りどの組織のモノよりも性能向上型だと断言できる代物だぞ」
アリナは自らが来ている全身タイツを摘み伸ばして見せる。その厚さは1ミリ程度だと見て取れる。
『武装の短銃、短刀も想像を以上の戦力を示しています。ですが現状では万全と言えません。何卒ご無理なさらず対応して頂きたく思います』
「そうだな……生前の私は製造担当の下級非戦闘員ではっきり言って接戦経験皆無で更に運動音痴だ。この未発達な体で再生されたのだから猶更だ」
苦笑いのアリナ。
『私やミクルがアリナお姉様の世界へ移動する事を許可して頂ければ……』
「レイ絶対にダメだ!それは最悪の場合だけだ。お前たちが居る閉鎖空間の施設や資源を運用管理出来ない状況は私やナシナの死活問題となる」
『失言でした』アリナの強い言葉に改めて頭を下げるレイ。
「あ、……すまん。言い過ぎた。レイお前たち四妹達が居たからこそ私が再生し今もこうして暮らせる身なのだからな」
アリナは次妹ヒマリと三妹フウカをこの世界に呼び寄せるも二人が元の施設のある空間へ帰還できない事が分かり、已む無くナシナの捜索に向かわせるも謎の素粒子による探知や通信に支障をきたした現状を初期動作が悪手だった事を後悔している。
続けてレイと黙って聞いていたミクルに「ナシナと連絡がつき合流が出来れば打開策はある」心配するなと笑顔で告げる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「日が高いうちにもう少し探索するか」
アリナは探索を再開する。
扉から外に出ると手をセーフハウスに向ける。
セーフハウスはブロックノイズのような光が包み込み数秒で小さなサイコロ形態になると吸い込まれるようにアリナの掌に収まり握りつぶすような仕草をする。これでセーフハウスはレイが居る施設へと送られた。
アリナはこの同じ行為をし確認したうえでヒマリやフウカを呼び寄せた。しかしヒマリもフウカも施設へ戻る事が出来なかった事を再度思い出す。
(いったい何が原因だったのか……)
一時間程歩いたところでアリナが立ち止まる。
「レイ、静かすぎないか?」
『はい。すでに2、3回は獣と遭遇していてもおかしくないと思います』
その直後、原因らしい存在がアリナから30メートル先の茂みから姿を現す。
巨大な猫だ。アリナの第一印象はそう見えた。
猫のエキゾチックショートヘアのような鼻の高さが目線に近く平らな顏。手足も短く決して素早い素振りを見せぬ体形。
全長は4メートルを超えていて体高はアリナと変わらない。なにより目を引いたのは額から1メートルほど飛び出した円錐状の角だ。
ヤル気の無い目線でアリナに近づく。
『あの獣はなんだ?猫か?』
口に出さずに念話にてレイと会話する。
『わかりません。今までの獣と違いこちらへの害意が見受け取れません。一応ご用心してくださいアリナお姉様』
『わたし自体を何とも思っているように見えぬ顔だな。襲ってくるわけでないならやり過ごすぞ』
関心を持たぬ素振りで近づく不細工な角猫をやり過ごす事を決めたアリナ。
近づく角猫の進路を妨げないように右横へ動くアリナ。
アリナを通り過ぎるかと思われた角猫が不意にアリナに顔を向けた。
「おい、危ないだろ」
ゆっくりな動作のうえ角の腹で触れるような態勢だ。
反射的にアリナの左手が角の腹に触れる。
緊急アラートがアリナに危険を告げる。
『お姉様!触れては……』
レイが言葉を言い終える前にアリナが悲鳴も上げる事なく吹き飛んだ。
小さな体が10メートル飛んで地面に横たわる。
意識はあるしかし身動き取れない状態のアリナ。
『レイ!どうなっている身体が動かん』
『アリナお姉様の身体のショック状態を避けるために神経を全て遮断しています。現状機能しているのは右目の視覚だけです。あの角による共振破壊らしき攻撃が原因です』
『共振破壊?わたしの固有振動数を測られた?馬鹿なそんな前兆も感じなかったぞ!』
『アリナお姉様が着用している下級戦闘員服が接触時に破壊振動波を乱して緊急回避した為に吹き飛ばされた程度で済みました』
『この程度といってよいのか半分程度は助かった訳だ……ある意味でな。下級戦闘員服の下の半身はグチョグチョになっているな』
角猫はアリナが吹き飛んだ様子を目を見開いた表情でみている。
先のヤル気の無い表情からすれば一変したと判る。
『やばいぞ!早く神経を繋げ!動かないとなぶり殺しにあうぞ』
『それは出来ません、ショック死を引き起こします。こちらで下級戦闘員服を操作します』
『レイ、考えがあるのだな?』
『はい。お任せくださいアリナお姉様』
横たわるアリナが動かないと判断した角猫は近くの直径1メートルはあろうかと思われる木を角先で触れた。
木は触れたあたりから数メートルの範囲で粉砕した。
『木の固有振動数を測った様子はないな。単なる獣があれ程の破壊兵器を持っているとは思えん。どこの組織の戦闘獣だ!放し飼いなどするな。クソったれ』
身動き取れず悪態を念話で呟くアリナ。
角猫は木の破壊を確認しアリナに近づく。先ほどのヤル気の無い顔ではあるが目からは害意が感じ取れた。
『最初からその目つきで現れれば撃ち殺してやったぞ』
ゆっくりと近づき角猫は必死に這いずるアリナの体を角先で触れた。
アリナの体は一瞬で粉砕された。
満足げな顔をする角猫。
『横から見ても不細工面は変わらんな』
―――パパンッ!
軽い音と共に角猫の側頭部を5発の弾丸が貫通する。
電磁コイルから繰り出される運動エネルギー弾を電磁バレルで加速させ発射する短銃。
『所詮は獣だな。立体映像を本物と理解できないのだからな』
『はい。アリナお姉様』
アリナから目を離し、試しに木を破壊した行為がアリナ達のチャンスを生んだ。
実物のアリナはレイがスーツの機能を操作し銃を発射出来る体制を整え更に背景映像を重ねて待機。
立体映像で這いずって逃げるアリナを演出し射線を確保できるポイントへ誘導した。
共振破壊で感触を測れなかった為に理解できなかった角猫の敗因。
『レイ、身体の修復までどれ位掛かりそうだ?』
『下級戦闘員服の自己修復と治療は開始されております、更にアリナお姉様の体内のナノマシンを用いて動ける状態までは10分程度です』
『早いな』
『動けるだけです。セーフハウスで速やかな再生処置を行う為の一時処置程度と思ってください』
『……やっぱり、動けるようになったら痛いのか?』
『アリナお姉様先ほどは死ぬ死なぬの境界線を歩んでおりましたが?』
『……質問に質問で返すな。痛いのは慣れていないのだ……痛いのは……嫌だ』最後の呟きは感情が見た目相応な子供の感情が籠っていた。
10分後、フラつきながらも角猫を回収しセーフハウスを設置。
浴室へ転げ落ちるように入るアリナ。
浴槽が再生処置を行う為の溶液を貯めている最中に片膝をつきながら下級戦闘員服の解除を行う。
痛覚は薬により和らいでいるものの解除後の身体がどうなっているか想像したくない状態だと解っている。
下級戦闘員服が解除され血肉が詰まった水風船が破裂したしたかのような一面血の海。
アリナの左半身が崩壊してた左目も視力が戻らず、右目で左半身を見る。
左肩から腕が無くなっていた。
肋骨がむき出しになっている当然、左肺も潰れていると見取れた。
脇腹から臓物が飛び出していないのは下級戦闘員服とナノマシンが生命活動に必要最低限な処置を行った為だ。
左足も骨がむき出しで立ち上がる事も出来ないだろう。
這いずりながら浴槽に身を浸す。
やがてアリナの身体全体を緑色の再生溶液が満たし意識が遠のく……。
つづく