再会
「ッ!?」
フッと我に返り、口を押えながら、声が漏れないようにゆっくりとそこから下がる。
だが、目の前に広がる異様な光景は、俺の視界を捉えて続けていた。
まず目に入ったのが、喰っている方だ。
あれは恐らく男だ。 喰われているは……女性か。
一見すれば、盛りあっているようにも見える。
だが、周囲に広がる血がそれを否定している。
それだけでも、異様であり、現実離れしているのに、喰っている方の様子がおかしい。
なんていえばいいのだろうか?
ありのままを言葉に変換するなら、ゴキ、バキ、と音を立てながら体が軋みながら変化している、といった方がいいのだろうか。
まるで、食うことによって体が変化しているような……そんな印象を受ける。
どうして? 何故?
そんな疑問が体を駆け巡るが、それよりも全てをはねつけるように頭が緊急信号を発している。
あれば、ヤバイ。
このままだと絶対にあそこにある肉塊と同じ運命を辿る。
ああ、どうして。 昨日といい、何故俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ?
「GURUッ?」
ふと。
着ていた服が肥大化した体によって引きちぎれ。
とても元人間とは思えないほど変化した化け物は。
突然、俺の方へ視線を向けた。
「……え?」
化け物も自分が起こした行動が理解できてないようだった。
何故か分からないけど、なんか気になって振り向いたら変なのがいた……そんな感じ。
一瞬の硬直。
一瞬の沈黙。
その間、俺は化け物の貌が見えた。
顔も輪郭も、何もかもが変化していた。
人ではないなにか。
でも、獣でもない。
何もかもが中途半端。
マズルや歯、骨格は獣に近いが、目だけは人のままだった。
その風貌は、どんな奴でも嫌悪感を抱くに違いない。
化け物も困惑していた。
もしかしたら、今の体に慣れていないのか? どうやら俺が見えてないらしい。
俺は小刀を握りつぶすかのように強く握りしめる。 手汗は酷いが、そんなのかまってられない。
すると、化け物が一歩こちらに近づく。
俺はそれにあわせ、一歩下がる。
そう。 無理に戦うことはない。
俺は昨日の出来事を確認しに来ただけだ。
なにも俺は漫画の主人公じゃない。
漫画ならキャラクターが死んだだけでそれで終わるが、死んでしまったら俺の人生が終わってしまう。
……それだけは嫌だ。 俺は何も成し遂げられていない。
俺はゆっくりと下がる。
化け物は目を細めたりして、俺の事を確かめようと必死になって、でも警戒しながらこちらに近づいてくる。
その行動一つ一つが人間臭くて吐き気を覚える。
このままじゃらちが明かない。 なにか……何かあいつを引き付けるような……
と、その時だった。
不意に周囲が明るくなった。
何事かと思い、夜空を見上げる。
……月だ。 いままで雲に隠れていた満月が今頃になって姿を現しやがった……ッ!!
慌てて、視線を化け物に戻す。 その瞬間、視界が暗転した。
それと同時に生臭い匂いと、べっとりと顔に液体が垂れてくる。 そして、遅れてくる痛み。
ああ、そうか。 俺は化け物に押し倒されたのか。
「GURUUUUUUUUッ!!」
甲高い、でも人間味のある声が耳の鼓膜を破るかの如く、周囲に響き渡る。
化け物は前足を俺に全体重を乗せ、身動きを取れないようにしている。
白く濁った目で俺を見下し、口元は三日月に大きく裂けていた。
ああ。 こいつは。
もう、勝った気でいるのか。
そりゃそうか。 こうなれば人間のみならず、弱者は食い殺される運命だ。
こんな、醜い化け物になった奴に、俺の人生が食われるのか。
「……けんな」
考えが、思いが口から洩れる。
「ふざけんなッ!!」
今度はハッキリと。
ここで言わずして、どこで言う?
こんなバカげたことなんてあるもんか。
俺はここでは終わらない。 終わらせたくないッ!
「GAAAAAAAッ!」
黙れと言わんばかりに、化け物が叫ぶ。
そして、俺の顔を易々とそぎ落とせるであろう牙を顔に押し付ける。
まるでそれはナイフのようで、ただ押し付けられただけで俺の頬に小さく赤い血の玉が、すっ、と頬から流れた。
それでも。
生きて帰れる可能性なんて分からない。 知ったことじゃない。
今から起こす行動は無意味かもしれない。
「くそったれがッ!」
無理やり、押し込まれていた腕を動かし、そのまま化け物の横首に小刀をぶっさす。
そして、そのまま傷口をえぐるように刃をぐりぐりと動かし、抉る。
もちろん、大量の血が噴き出した。
バケツをひっくり返したかのように血が俺の顔に降りかかる。
「うおおおおおおおッ!!」
そのまま勢いに任せて、化け物を俺から引きはがし、すぐに離れる。
化け物もこれにはたまらなかったのか、よろけながら後退する。
……あの傷なら、出血多量で死ぬだろう。
だが、油断はしてはいけない。
窮鼠猫を噛むという言葉があるように、相手がどう行動してくるか分からない以上、迂闊な行為は出来ない。
俺は息を飲みながら、出方を窺うことにした。
「GUUUUUUUU……」
呻きながら、フラフラして化け物は俺を睨んでいる。
俺は目を凝らし、相手の様子を観察する。
が……あることに気づいた。
化け物の首には、俺が刺したナイフが刺さっている。
それは何も問題はないのだが、先程から、出ていた血の量が妙に少ないことに気づいた。
噴水の様に血が出ていたのに、今では擦り傷程度の血しか流れてない。
「おいおい……嘘だろ……」
そう言った瞬間、首元に刺さっていたナイフがポトリと落ちる。
刺していた箇所が何事もなかったかのように、傷が癒えてしまっている。
……これで確定した。
こいつは正真正銘の怪物だ。
こんなものに勝てるわけがない。
「……くそったれ」
もうだめなのか。
はは。 ……チクショウ。
『―――――愚か者が』
瞬間。
声が聞こえた。
突然、目の前がライトに照らされたかのように、眩い光が現れ、周囲を照らす。
そして、体が吹き飛ばされる程の突風に襲われ、俺はただただ、光から目を守るために腕で遮る事しかできない。
化け物も同じようになっているのか、この間にも何も襲って来なかった。
「目を開けろ、愚か者。 あれに立ち向かったことには賞賛するが、何故ここへ来た?」
聞いたことのある声。
俺は恐る恐る、目を開ける。
するとそこには……昨日見た……紅いドラゴンが俺を見下ろしていた。