好奇心と恐怖
「……」
時刻は8時半。 予定通りに展望台に到着した。
展望台は夢……いや、この表現はやめよう。
明らかに、昨日と同じ光景が広がっていた。
もちろん、昨日捨てたコンビニ弁当の捨て殻がゴミ箱に入っていた。
……これで確定した。 やはり、俺は昨日ここに来ている。
だが……そんなものはもう、どうだっていい。
今朝までにあった、既に恐怖心や不安が消えている。
あるのは、好奇心。
自分の中にある、現実というクソつまらないものから、逃げ出したい。
非現実なものと出会ってその束縛から解放されたい。
それだけだった。 確かに死にたくない。
でも、なんというか……スリルを味わいたい……のかもしれない。
不謹慎なのは分かっている。
昨日の光景が本当だとしたら、人一人……俺が死んでいる筈だ。 こんなことで浮かれている自分が情けない。
でも、あのドラゴンは……声からして女性なのだろうか?
ドラゴンに欲情しているわけではないが、とても魅力的だった。
……おかしな話だ。
あのドラゴンもゲームのやつみたいに人間を食い殺すのかもしれないのに、それでも会いたいという気持ちを抑えられない。
もしかしたら。
俺はあのドラゴンに一目ぼれしたのか?
「……フ」
自分でも普通な性格じゃないと自覚していたはずだ。
同級生の女子とか、美人とか見ても何も感じなかったのに。
同級生がエロ本を見せてもらったことがあったが、別にどうとも思わなかった。
……ああ、やはり。 俺は相当イカれているらしい。
「……まあ、いいか」
ふう、と深くため息をつきながら、一歩歩き出す。
俺が変な性癖だとか、イカれたやつとか、そんなのは今はどうだっていい。
俺は知りたいだけだ。
確かめなければ、普段の生活に戻れない。
そう、思いながら道路の切れ目にある、獣道の入口にたどり着く。
そうだ。 昨日と同じ、ここだった。
この先に答えがある。 俺が欲しい真実が。
一歩、その先に足を踏み入れる。
と、俺は違和感に気づいた。
明らかに、拒んでいる。
俺の体もそうだが、この場所も異様な雰囲気で、威嚇しているような……そんな印象だ。
……そうだ。
ここは境目だ。
あの世とこの世。 あちら側とこちら側。
そんな中、俺は俺の中の子どもの部分と大人の部分が対立している。
子どもは好奇心のまま、この先に進め、と。
大人はこのまま引き返し、平穏を保て、と。
……俺は。
「もちろん進む、さ」
勇み足で獣道に進む。
けれど。
やはり、足が震える。
そりゃそうだ、昨日俺は殺された。
でも、こうして俺は生きている。
どういった理由で、この地に立っているのか分からないが、それでも息をし、この光景を見ている。
行く理由はそれで十分だ。 それだけでいい。
……この先、俺の知らない世界があるのだ。
すると、見覚えのある場所に出た。
「ここだ……」
ここは……昨日、ドラゴンと俺を殺した男がいた場所。
今夜は晴れているお陰で、月光がその場所を照らしている。
それだけでも、十分幻想的で、美しい。 だが……
「いるわけない、か……」
結果は分かっていた。
第一、ここに来たところで昨日の様に出会えるはずがない。
ここはドラゴンの住処ではないし、ただただ、ドラゴンが男に会話するだけに舞い降りた場所だ。
それでも。
悔しかった。
なぜ、悔しいのか分からないが、それでも、言葉に表せられない気持ちが腹の中で渦巻く。
俺はもしかしたら、あの男に嫉妬しているのかもしれない。
俺はあのドラゴンと会話できなかった。 でも、あの男は会話できた。
……ああ、何を言っているのか分からなくなってきた。
今までこんな感情を持ったことはない。 どう、この感情を処理すればいいのだろうか?
「ちくしょう……」
ふと、言葉が漏れる。
そうさ。
まず、期待すること自体、馬鹿馬鹿しい。
そもそも、俺は何をしているんだ?
俺はただ、目立たないように生きて、仙人のような暮らしをするのが夢なんだろう?
ならば、ここにいる必要性がない。
ここにいたって、貴重なプライベートの時間が失われるだけだ。
……そう。 俺はこの世界の、漫画のような主人公なんかじゃない。 そんなの―――――
ぐちゃり。
「……え?」
ふと、聞こえたのは生々しい音。
この場所にふさわしくない、何かを盛大に噛んだような……そんな音。
その音を聞いて、俺は体を縮こまる。
……この山は、肉食動物はいない筈だ。
猿とかその辺の動物ならいそうだが、熊とか野犬は確実にいないと断言できる。
なら、さっきの音はなんだ? やはり、あれは――――――
ぶちん。
今度は何かを食いちぎった音。
明らかに、いる。
あれは危険だ。
そう分かっているはずなのに、音の方へ体が向いてしまう。
もちろん、ただ動くだけじゃない。
今日は護身用に小刀を持っている。
懐に忍ばせている小刀を握る。
手汗が出てしまっているが、この状況では気にならない。
ただ、俺は視線の先にある、音がした方の茂みに意識を集中する。
そして、そのままそっと忍び足で茂みに近寄る。
……もちろん、昨日のようなヘマはしないように足元に十分警戒しながら。
ごきっ。
今度は何かが折れたような……そんな音だ。
それも、一回だけじゃない。
連続して、痛々しい音が周囲に響きわたる。
それでも、俺は茂みの中をそっと覗く。
「……っ!?」
瞬間、覗いたことを後悔した。
なぜなら、茂みの中には……人が人を食っていたからだった。