渇望
その後は、何事もない普通の日常だった。
授業を受け、昼食を取り、気だるい午後を乗り越え……待ちに待った放課後を迎えた。
いつもなら、帰りに買い物とかするのだが、そんなものお構いなしに自宅へ直行する。
理由はもちろん……昨日夢で行った展望台に行く準備をするためだ。
「ふう……」
自宅の玄関ドアを開けると、安堵と不安、まったくの対極の感情が込み上げる。
もちろん、山にはいくつもりだ。
だが、丸腰のまま行ったところで、もしあいつがいたとしたら……何も抵抗できずに無駄死にするだけ。
ならば、こちらは対抗策として武装するのがベストだろう。
といっても、ゲームの様に銃とか剣とか持ち運べない。
現実的に考えて、小ぶりのナイフ辺りが候補に入る。
勿論、一般人がそんな物騒な物を持っている筈はない。
だが……俺はそれを持っている。
本来なら出したくもない物だが、こういう時にしか使い道はないだろう。
俺は部屋の奥に鎮座する、埃まみれのタンスに手を伸ばす。
これは、俺がここに来た時に……叔父からもらったものを収納しているタンスだ。
普段使うことは無いし、視界にも入らない。
というか、入れたくもない。
……これを開ける、ということはそれ相応の事態……ということになる。
「確か……」
タンスの奥底に眠っている『あるモノ』を取り出す。
それは、見た目は長さ14cm程度の棒だった。
だがそれは、本当の姿を隠すためのモノ。
俺はそのまま、それを引き抜く。
すると、そこから鋭利な刃が飛び出してきた。
そう、これは小刀。 銃刀法ぎりぎりの得物だ。
名前は分からない。
ただ、これの事を、叔父は守護刀と呼んでいた気がする。
今まで、物騒だと思い、なにも手入れしてなかったが……さびてなく、とても綺麗だ。
吸い込まれるような……そんな感じ。
もちろん、これを使わず、穏便に済ませたい。
だが昨日の事を考えると、無駄死にだけはしたくない。
「まさか、こいつを使う時が来るとはな」
ため息がでる。
ほんと、今日の俺は異常だ。
いつも、こういうことは避けてきたというのに。
……でも、この状況を楽しんでいる自分がいる。
「はは……まいったな」
どうも、自分の事をリアリストと思っていたが……違うらしい。
そう思うと情けなく思えてくる。
自分の事を一番知っていたはずなのに、何一つ把握しちゃいない。
結局のところ、俺もまだまだガキ……というわけ、か。
「さて、と」
服を着替え、必要なものを揃える。
懐中電灯に、小刀、携帯と……とりあえず財布。
服装も動きやすいような、でも肌の露出が少ない服装にした。
とりあえず、こんなものでもいいだろう。
……まあ、昨日の現場に行って、確かめるだけだ。
なにも、ゲームの様に戦闘があるわけじゃない。
……そういえば、叔父はなぜこんなものを俺に渡したのだろう?
あの時は何も思わなかったが、今思えばこんな物騒なモノを渡した意図が分からない。
確かに俺の家系は少し……いや、かなり特殊だ。
もしかしたら、代々伝わるしきたりなのかもしれない。
しかし、詳細を知ろうにも両親は他界しているし、肉親が叔父のみ。
……あまり話したことのない叔父にこのことを聞くのは気が引ける。
だが、もし今回の件で無事に帰ってこれたら……改めて俺の事や、両親の事を叔父に聞いてみよう。
「まあ……生きていたら、だな」
誰も聞きはしない独り言を吐き出しながら、小刀を懐に入れる。
そして、玄関のドアノブに手をかけ、目を閉じる。
……もしかしたら、もうここには帰ってこれないかもしれない。
だが、俺は、この気持ちを……未知なるものに対する好奇心が抑えられない。
勿論、怖い。
あの時の痛みは想像を絶するものだった。
それでも。
もう一度、自分の知らない世界をのぞき見したい。
……もう一度、あのドラゴンに会いたい。
そう思いながら、俺は玄関を開けた。