矛盾
「どうしたの? 気難しそうな顔をして」
ふと、視界外から声がする。
何気に声のする方へ視界を向けると、そこにはとある女子が立っていた。
「……委員長か」
「もう。 確かに私は学級委員長だけど、ちゃんと『権藤光』っていう名前があるんだから、権藤さんって呼んでほしいな」
彼女はそう、むくっと顔を膨らませながら、俺に訴えかける。
権藤はこのクラスの学級委員長だ。
大抵、この学校ではこういった生徒会での役割を嫌う傾向にあるのだが……彼女は率先してこの役職を選び、それを全うしている。
それほどまでに、権藤は人一倍努力し、その分正義感は強い。
学力も優秀でいつも学年一位だ。
言ってしまえば、彼女は模範的な生徒だ。
教師からの信頼は厚いし、クラス受けもよい。
……先程のシュラング先生と同じ部類に入る人間だ。
では何故、そんな彼女が日陰者と話しているのか?
理由は分からないが、もし理由を聞くことがあったら……恐らく委員長だから、と答える筈だ。
彼女は、委員長の仕事はみんなの体調管理だと思っているのだろう。
「しかし、基本真面目な前原君が朝から居眠り……ねぇ」
「……」
「シュラング先生もびっくりしてたよ? 朝から珍しいものを見たって」
「先生が?」
俺がそう聞くと、彼女は頷いた。
「それで、みんなで前原君の事を見ていたんだよ?」
「なるほど……」
「んで、なんで居眠りを?」
……いい加減しつこい。
どうやら、彼女は気になるものがあると、ほっておけないたちらしい。
「別に……なんだっていいだろ」
「そっか。 ま、私がそこまで知る権利はないもんね。 あっ、そういえば」
「なんだ?」
会話が終わるかと思いきや、彼女は懐からあるモノを取り出す。
……ああ、そうだった。
彼女は勤勉者ではあるのだが、一つ困った趣味がある。
それは……
「これよこれ。 昨日、世界の破壊神がこの世界にやってきて、世界が滅ぶ日だったんだけど……」
そう言って、彼女は俺の机に雑誌を広げる。
それは、オカルト雑誌だった。
彼女はオカルトマニアであり、UFOとかUMAとかの話になるとひとりでに話し始める傾向がある。
「おいおい……そんなもん信じているのか? 第一、破壊神が来ていたら俺ら学校に来れてないだろ?」
「それはそうなんだけど……でも、世界各地にちゃんと破壊神の伝説が残っているのよ。 ……ほら」
権藤は慌ただしく雑誌をめくり、押し付けるように俺に見せてきた。
「ああ、これ……」
「え、見たの?」
「まあ、昨日……」
その瞬間、俺はハッとなった。
これを俺は見たことがある。
どこだ? どこで俺はこれを見た?
……ああ、そうだ。 昨日の晩の夢だ。
だんだん思い出してきた。
俺は昨日の夢の中で、コンビニで弁当を買い、展望台で食事をしようとしていた。
その時だ。 その時に俺はコンビニでこれを見ている。
そして……俺はあの紅い竜と蛇のような男と遭遇したんだ。
そうなれば矛盾が発生する。
俺が体験した出来事は、夢ではなかったことになる。
……刹那、俺は殺された瞬間を思い出す。
確かにあの痛みは、夢とは思えない……体験したことのない激痛だった。
しかし。
あの状況なら、絶命は必至。
……おかしい。
あの出来事は、どこから夢で、どこから現実なんだ?
「どうしたの? 顔色わるいよ?」
「……いや、大丈夫だ」
心配そうに権藤が駆け寄る。
だが、俺は平常心を保つよう、平気を装う。
……今すぐ、この状況を人に話したい。
この苦痛を、頭の中にあるもやを振り払いたい。
だが、こんな非常識なこと誰に話せる?
……いいや、話せない。
話せるわけがない。
「ともかく、大丈夫だ。 ……ほら次の授業、移動だろ?」
「う、うん」
権藤は、心配そうに俺を見てくるが、悟られないように俺は立ち上がり、移動の準備をする。
このことは悟られてはならない。
だが……確かめなければ、普段の生活はできない。
……今日の夜に、夢に見たあの場所に行かなければ。