仮眠から醒めた後の現実
「……さん……まえ……さん」
どこかで声が聞こえる。
徐々に覚醒しつつある頭で、今の状況を理解しようとするも全く追いつかない。
自分がどのように、そして何故こうなっているのか。
起動の遅い頭で、必死に演算処理をする。
「まえは……」
ああ、そうか。
俺は学校に来てたんだっけ。
んで、みたくもない前田の顔を見たもんだから、関わりたくないと思って……
「前原さん。 もう、朝のホームルームの時間ですよ」
その声にハッとなる。
そのまま、顔を勢いよく上げ、目を擦りながら周囲を見渡す。
真っ先に写ったのは、俺を不思議そうに見つめているクラスメートだった。
普段、こういったことをしないので、珍しいと思っているのだろうか?
そんな彼らを、俺は目を細めて見返す。
すると、後ろから声がした。
「あんなに真面目な前原さんが、学校で居眠りとは……何かありました?」
「あ、いえ……」
答えつつ、振り返る。
すると、そこには自分の担任教師である、シュラング・ラインハルト先生が心配そうに俺を見つめていた。
「元気よく登校したというのに……朝から寝ていたんじゃ、もったいないですよ?」
「すみません……」
「ま、これでクラス全員がホームルームに参加できますね。 では、始めましょうか」
そういいながら、シュラング先生は教壇に向かっていく。
彼は……名前の通り、俺達が住む日本の人間ではない。
遠く離れた国の……ドイツ人だ。
だが、彼はこの国に帰化しており、俺達と同じように生活している。
なぜ、この国に帰化したかは分からないが……だが、彼は俺のクラスの担任教師だ。
彼の評判はすこぶるよかった。
彼の授業は誰でもわかるようにされており、彼が受け持ったクラスのテスト平均点が向上する、と言われている。
そもそも、クラスの平均点なんて興味はないのだが、みんながそう言っているのだから、間違いはない。
保護者、教師同士の評価は勿論高い。
ではその反面、生徒に嫌われているかと言われればそうではない。
まず、容姿はダークブロンドのポニーテールで、日本人にはない鋭利な輪郭。
それを緩和させるためか、少し大きめのラウンドフレームの眼鏡を身に着けている。
……はっきり言って、どこかのハリウッドスターみたいだ。
その時点で女子から非常に好印象が高い。
かといって、男子にも人気があって気さくに話しかけ、どんな相談にも応じる包容力がある。
一言で言ってしまえば、シュラング先生は聖人だ。
みんなから好かれ、みんなから信頼を獲得している。
……俺にとっては正反対の人間。
俺はああはなりたくない。
必要以上に人とは関わり合いたくないし、ああやって人から評価されたくない。
……それに彼は俺の秘密を知っている。
俺がわざと評価を下げる行為をしていることを彼は知っている。
ウザイことこの上ない。
俺は影に潜みたいのに。 なぜ、俺を光の方へ引っ張りだそうとするのか。
「……では、以上です。 それでは今日も素晴らしい一日にしましょう」
シュラング先生がそういうと、チャイムが鳴り響いた。
今日もジャスト。
無駄なく、効率よく時間を使っている証拠だ。
すると、何故かどっと疲れが押し押せてきた。
なんだ、今日は。 朝から調子が狂いっぱなしだ。
いつもの俺じゃない。
いつも目立たず、日陰にいる俺が何故か目立ちすぎている。
やはり。
昨日の夢のせいだろうか?
「……はぁ」
自分の馬鹿げた妄想を吐き出すように、ため込んだため息を吐き出す。
そうさ。 よくよく考えたら、そんなご都合主義な展開なんてない。
……そう。 ここにはなにもないのだ。