分離
地下の街中を俺たちを乗せた車が疾走していく。
街中は大して地上と何ら変わりのないものばかりだった。 ファーストフード店にデパート。 洋服屋やコンビニ、郵便局や銀行まで全てそろっている。 ……ゲームセンターも見えた。
だがやはり、ほとんどのヒト達は獣人ばかりだった。 もちろん、人間もいるが数は少ない。 獣人の中には店員になっている者も見えた。
おそらくだが、ここで一生を終える者もいるんじゃないか? もう既にここは一個の街として機能している。 とても閉塞感は無い。
しかもよく見ると、この空間の端にトンネルを掘るような工機も見受けられる。
今現在もこの町は掘り広がっているようだ。 時間さえあれば、さらにこの町は大きくなっていくことだろう。
だが、そんな事よりも、俺は先程出会ったこの女性の名前に興味を惹かれていた。
タマモ。 狐でタマモという単語で連想されるのは、玉藻前、という人物の名が上がる。
平安時代末期にて鳥羽上皇に仕える女官であり、その正体は九尾の狐であったという。
よく漫画とかアニメで登場しているので気になって調べたことがあったが……まさか、目の前にいるのがそうなのか?
かれこれ、玉藻の前が存在していたのは平安時代の末期。 軽く計算しても約千年前の人物の筈だ。
そんな人物が俺の目の前にいること自体おかしい。 ……以前の俺ならそう思うだろう。
しかし、ここは人間の常識では説明できない町だ。 ドラゴンに異世界、秘密結社に獣人。 それらが跋扈しているこの状況で、今更信じられないものなんてない。
そう、ここは未知の世界。 そんな中を俺は突っ切って走っているのだ。
「さあ、着きますよ~」
タマモの声とともに俺は外を見る。 そこには見上げないと全体が見えないほどの大きさの建物……竜創寺本部が見えた。
こうしてみると大きい。 本部の周りには、豪華なイルミネーションや噴水がその建物の偉大さを演出している。
一見、近寄りがたい雰囲気があるが、それでも精一杯そんな空気を無くそうとしているのが見てわかる。
……まあ、あちらこちらにドラゴンの像とかを置いているせいで台無しなのが惜しい、といったところか。
「さ、降りましょ」
そして、本部の入り口にある駐車場まで来ると、皆一斉に車から降りる。
張り詰めた空気が全身に襲う。 ぶるっと、体が震える。
だが、ここで戻るわけにはいかない。 何があろうと俺はここで現実に向き合わなければならない。
しっかりと前を見据え、俺は総一郎達の後ろについて行くことにした。
建物の中は至って、普通のビルと同じ構造だった。
よくある、入り口に受付があり、獣人が受付を行っている。 普通ならあそこで何かしらの手続きを行わなければならないだろう。
だが、総一郎たちはそんなものを介せず、奥のエレベーターに向かっていく。
と、ふと、総一郎が止まった。
「さて、新一。 お前はここまでだ。 ここから先は私とヘルディオス様、タマモだけになる」
「……は?」
突然の言葉に俺は戸惑った。
「お前はウィルと共に別の部屋に行け。 そこでカウンセリングを受けろ」
「ちょ……言ってる意味が分かんねーよッ!! ここに来たのは―――――」
「――――まさか、自分が特別な存在だと思っていたか? 悪いが、今のお前はいわば不純物だ。 目的に対して、何かとまとわりついて来るゴミ。 ……それがお前だ」
「……ッ」
悔しい。 だが、叔父が言っていることもわかる。
俺はただの高校生だ。 何もできない、一般人。 漫画やアニメに登場する主役ではない。
それは俺にもわかっていたはずだ。 自覚してたはずだ。
どんなに俺が知識や能力が身につこうとも、所詮俺はただの人間に過ぎない。
……どうあがこうとも、俺は物語の主人公にはなれない。 そう、宿命づけられているのかもしれない。
「総一郎……そこまで言わなくてもいいじゃないか。 彼だってこうなったのは不本意かもしれないし」
「それが厄介なんだ。 成り行きでこうなってしまったのが一番マズい。 ……我々は覚悟してここにいる。 正直、私は不愉快なのだ。 何も知らなくてもいい者がこうやって事情に首突っ込んでいるのがな」
ウィルが俺のフォローに入るが、それでも叔父の俺に対する姿勢が変わらない。
……昔からそうだ。 叔父はこうして俺を見る。 何か卑しいものを見るかのように。
そんな空気の中、ヘルズが口を開いた。
「そこまでだ。 お主は我と情報交換を、そして、新一をカウンセリングをしたい……そうだな?」
「……左様でございます」
「ならとっとと終わらせよう。 ……それと、総一郎」
「……なんでしょうか?」
「今後、シンイチにそのような目をするな。シンイチは我と契約した人間だ。 ……シンイチを疎外にするということは、我にも同様なことを行っていると思え」
ギッと、ヘルズが叔父に睨み付ける。 それに対し、叔父は不服そうに、そして悔しそうにヘルズから視線を背け、唇を噛み締めた。
「まあまあ。 そうと決まれば、事をさっさと終わらせちゃいましょ。 ほらほら、ヘルディオス様も総一郎もさっさとエレベーターに乗った乗った!!」
「あ、ああ」
無理やりタマモに押し込まれるように叔父とヘルズがエレベーターに入っていく。
「んじゃ、あと頼んだわよ、ウィル」
「了解だ」
そうしてエレベーターの扉が閉まる。
それと共に、俺は深いため息をついた。
「フフ、緊張の糸が切れた、って感じだね」
「ええまあ……昔からこんな感じです。 苦手なんです、俺」
「苦手って……総一郎の事かい?」
俺は黙って頷いた。 それを見て、ウィルは唸りながら、自身の顎をなぞりまっすぐ俺を見る。 そして、ウィルの尾が振り子のように揺れた。
「なるほど。 では、その辺の話をよく聞かなきゃいけないね。 仕事を任せられたし、それに応じるとしよう」
「カウンセリング、ですか?」
「ま、そんなところさ。 では我々も行くとしよう」
ウィルがそういうと、ちょうどエレベーターがここの階まで戻ってきていた。 それにウィルと俺は乗り込む。
これからどうなるのだろうか? ヘルズは大丈夫なんだろうか?
……そんな不安をよそに、エレベーターは動き出した。