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冴えない俺が創竜の騎士になって、全ての世界を救うまで  作者: ベルゼリウス
The snake laughs by night ~蛇が嗤う夜~
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素性


 扉を開けると、空には雲一つない快晴だった。

 ここまで清々しい天気を見たのは久しぶりだ。

 ここ最近、梅雨に近づいているせいか、曇り空が多かった。

 美味しい朝食に、見事な快晴。 うん。 最高の朝だ。

 ここまでくると、何事もうまくいきそうな気がする。

 俺はそれを確かめるように、深く深呼吸をする。

 ただ、それだけで、気持ちが高揚する。

 足取りが軽く、スキップでもしたいぐらいだ。

 しかし、そんなことをして、見知らぬ他人に見られたら……と考えると、やっぱりやめた。


 しかし……頭の中で、影がよぎる。

 昨日の夢は……本当に夢だったのだろうか?

 あれは類も見ない、鮮明な夢だった。

 あの時の痛み、腹から出血した感触、そして死体。

 あの時、自分は死んだ。

 だが、それは夢の中で、だ。

 もし、死んでいたら……こんな所でのうのうと生きているはずがない。

 もし、あれが本当で、助かっていたとしたら――――――今頃、病院の集中治療室で生死をさまよっている頃だろう。

 でも、自分はこうして考え、歩き、生きている。

 ならば、あれは夢だと納得するしかない。 ……なのだが。


「でもなぁ……」


 頭の言葉が口から洩れる。

 頭の中では、無理やり納得しようとしている。

 しかし、どうもそれを否定している自分がいる。

 あんなに怖い体験をしたというのに。 心臓をもぎ取られ、死んだというのに。

 ――――あの竜の姿が目に焼き付いていた。


「ははぁ……子どもじゃ、あるまいし……」


 また、漏れる。

 そう。 俺にとって、あの光景は魅力的だった。

 いままで何もない現実から、非現実へ。

 ゲームとかの……空想上の生き物が、俺の目の前で呼吸し、喋っていた。

 ……もしかしたら、自分以外の者があの光景を見ていたらトラウマになっていたかもしれない。

 なにせ、自分の体より大きく、肉を簡単に引き裂くことのできる爪や牙を持っているのにも関わらず、言葉を喋っていたからだ。

 ……けど、自分にとってはそれさえ、魅力的で感動ものだった。

 ああ、自分にはまだ知らない世界があるのだと。

 まだ、誰にも知らない、自分だけしか知らない出来事。

 このことは誰にも信じてもらえないし、誰にも共感されない。

 でも、それでもいい。

 このことは自分だけのものだ。

 それだけで、満足だ。


 俺はマンションから出ると、ちらりと駐輪場に視線を向ける。

 そこには、昨日の夢で乗った俺の原付が置いている。 ……昨日と何も変わらない。

 それを見届けると、俺はそのまま徒歩で学校に向かう。

 学校はバイク通勤を禁止しており、こいつに乗って登校することはできない。

 ……仮にできたとしても、自分はバイクでは登校しない。

 何故なら、ここから学校までそう遠くはない。

 第一、原付はガソリン食うし、その分お金がかかる。

 それに、歩いて行った方が、登校する際に考え事ができる。

 例えば、今晩の晩飯は何にしよう、とか、今日はスーパーでセールがやっていたな、とか。

 普通の学生が考えることではない、というのは分かっている。

 しかし、この時間が自分にとって、生きていることを実感できる瞬間だ。

 俺は一人暮らしだ。 叔父の支援があるものの、家の事は全てやっている。

 クラスメートはもちろん、学校にも俺のような生活している者はいない。

 それが、たまらなく愉悦に浸れる。

 他とは違う。 自分は一人で生きていけるのだと。 お前らとは違い、俺は一歩先にいるのだ、と。


 もちろん、誇れるものではない。

 それを自慢しては批判を浴びる。

 そもそも、保護者がいない、という時点で好奇の目を向けられる。

 人間は、自分たちと違うものを批判したがる。

 それが何であれ、目立つとそれをつぶそうとする卑しい生き物だ。

 一人がそれを批判したところで、誹謗中傷の勢いが増すばかり。

 ならば、目立たないように生きていくしかない。

 同調する、という手もあるが、それはまっぴらごめんだ。

 そうなれば必然的に、人と関わらないように、また一つ頭を飛び出さないようにするしかない。

 テストは100点を取らないようにし、体育の身体測定ではわざと手を抜く。

 いつも頭を飛び出さないようにしてきた。

 そうすれば、俺の評価は『ただの平均よりちょっと上のなんも面白みのない男』という評価になる。

 ……俺の素性を探るものはいなくなる。

 素性を知られてしまったら即アウトだ。 この町にはいられなくなる。

 だからこそ、俺は今日も『仮面』を被る。

 面白みのない、『前原真一』として。 昨日の、ちょっとした非常識な夢に思いを寄せながら。


 しばらく歩いていると、学校の校門が見えてきた。

 校門には『華心高等学校』と書かれた看板が見える。

 校門から、きつい坂道が続いている。

 この学校はちょっとした丘の上に建っている。

 なので、自転車で通う者は押してこの坂道を登らなければならない。

 これがなかなかの苦痛で、中には親の送り迎えやタクシーで通う者も少なくはない。

 ……が、今日は早めに登校した為か、俺以外の学生の姿が見当たらない。

 恐らく、この時間から学校にいるのは、朝練のある部活動生ぐらいだろう。

 俺は少しため息をつきながら、坂を上っていく。

 そして、登りきると目の前に入り口が見えた。

 すぐさま、靴から上履きに履き替え、自分の教室へ向かう。

 が……歩いていくと、視界に見たくはない奴が映りこんだ。


「お、前原。 今日は早いんだな」


 前田 真司。

 俺のクラスメートであり、何かと俺に関わろうとする奴で、正直苦手なタイプだ。

 最初、同じクラスになった時にあっちから話しかけてきたから、相手にしたらその気になってしまったうるさい奴だ。


「……まあな」

「やっぱり元気がないねぇ。 ちゃんと朝飯食ったのかよ?」


 そのまま、無視して教室に入る。

 しかし、前田はお構いなしに会話を続けた。


「こっちはたまんないぜぇ。 うちの部活の一年が、ある奴を虐めてたもんで、大会の出場停止喰らっちまった」

「……部活? ああ、お前剣道部だったか?」

「そそ。 もう、俺ら三年だろう? 馬鹿一年がやらかしたせいで、俺らの青春がパァ、てわけよ」

「あっそ。 じゃ、俺は寝るから、起こすなよ」


 俺は自分の机に座り、突っ伏して寝る。

 こういう時はこれに限る。

 耳からは相変わらず前田の声が聞こえるが、しばらくすると聞こえなくなった。


 ……まあいい。 何もすることが無いし、 このまま、こうしておこう。



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