混濁した朝
「――――――」
混濁した意識が徐々に覚醒する。
泥沼から這い上がったように、体中が重りが伸し掛かったように重い。
しかし、俺は起きないといけない。
でないと、あのけたたましい目覚ましが鳴る。
どちらかといえば、目覚ましが鳴る前に起きるのが、俺の主義だ。
「――――ッ」
頭をかきむしりながら、上半身を起こす。
窓のカーテンの隙間から、朝日が顔を覗かせている。
それが俺を苛つかせる。 今日は嫌な夢を見た。
馬鹿みたいに変な光を追って、ドラゴンと会話する男と出くわして、それから……
いや、思い出したくない。
あんな思いを二度としたくない。
第一、なんであんなとこに行ったのか訳が分からない。
触らぬが仏。 無駄に変なことに首突っ込んで、面倒ごとに巻き込まれたら困る。
そう、俺は以前そうやって、後悔したことがある。
「ああ、馬鹿じゃねえの……」
吐き捨てるように、独り言を吐く。
誰も聞いているわけじゃないのに。
でも、こう言わなければやってられない。
……こんな感じを毎日繰り返している。
俺は日々の嫌なこと、後悔したことが何故か、朝にフラッシュバックする、というそんな変な癖がある。
そのせいで、朝はとても憂鬱になる。
しかし、今回はもっと別の件で憂鬱だ。
「あれから、ずっと寝てたのかよ……」
そう。 あれが夢だとするならば。
俺は夕方から今まで寝ていたことになる。
「まあ、いいか」
仕方がない。
ならば、素晴らしいスタートを決めれるように、その分朝食を豪華にしよう。
景気づけにテレビを点け、台所に向かう。
テレビは通販番組が流れていた。
でも、もう少ししたら俺のお気に入りのニュース番組が放送されるはずだ。
それまでは、それとは別に俺のお気に入りの洋楽を流すとしよう。
自分が生まれる前に流行った伝説のバンドだが、俺の世代でこれを聞いている奴はないだろう。
けど、それがよかった。
人と違う感性。 人と違う感覚。
俺だけが違うという証明。
それだけが欲しかった。
「よしっと」
曲を流し、調理に取り掛かる。
今日の朝食は少し洒落たサンドイッチだ。
それこそ、高級ホテルのような手間のかかる奴に挑戦してみよう。
『次のニュースです』
「ん……もう始まっていたのか」
調理の大半を終え、配膳をしようとした時にふと耳にアナウンサーの声が入る。
いつも聞きなれた声だ。
この人の声を聴くのが日課であり、一日の始まりでもある。
『昨夜未明、市内にて20代女性と思われる、バラバラの遺体が発見されました。 警察の見解では……』
「……」
無意識に「またか」という声が口から洩れる。
ここ最近、こんな物騒な事件が多発している。
死体の特徴は決まって、『何か』に食い散らかされている、ということ。
『何か』というものはその手の専門家でも分からないらしく、捜査は難航しているというのが現状だ。
しかし、それでも。
人は夜になっても、一人で出歩く。
……そう、昨日夢で見た、俺の様に。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
そう、あれは夢だ。
夢の中で心臓をもぎ取られ、絶命した俺がこうして生きている、だなんてありえない。
第一、もし夢じゃなかったとしたら、俺はどうやって帰ってきた?
無意識のままここまで帰ってきたなんて、子供でも騙されない。
……俺は、少し焦りながら胸に手を当てて鼓動を確認してみる。
……うん、大丈夫だ。 ちゃんとある。
「バカらし……」
なんだか、たかが夢ごときに慌てている自分を客観的に見ると、情けなく思えてしまう。
こんな姿、他人に見せられないな……。
深呼吸をし、出来上がったサンドイッチを頬張る。
……うん、おいしい。
我ながらにいい感じに出来上がった。
素材自体は特別なものは使ってない。
強いて言えば、この生活で培われた知識のおかげ、と言ってもいいだろう。
「ふふ……」
自然と、笑みがこぼれる。
そう、これでいい。
あれは夢。 今は現実。 それでこの話はお終い。
そうして、今日も最高のスタートができた。
それだけだ。 なにも考えることはない。
……ふと。
俺は壁に掛けられた時計を見る。
時刻は6時を指していた。 時間だけ見れば、だいぶ余裕はある。
しかし、俺は一刻も速くアクションを起こしたかった。
行動すれば気分が紛れる、というか……どうも落ち着かない。
かといって、後は朝食の片付けをするだけ。
服の用意は前日に終わらせているし、後の事は学校から帰らないと出来ない事だけだ。
ならば、今できることといえば……早めに学校から登校することだけ。
「ま、たまにはいいか」
普段ならしないのだが……滅多にしないことだから気分転換にはなるだろう。
そうと決まれば、行動のみ。
俺は片付けを簡潔に済ませ、制服に着替える。
そして、気分を霧でも晴らすように、俺は勢いよく玄関を開けた。