起床
「……」
まどろみから、徐々に意識が覚醒する。
体はまだ起きるのは早いと、痛みで訴えている。
だが、そうは言ってられない。
俺は反抗する体に鞭を入れながら上半身だけを起こす。
「ん……」
それでも。
体はいまだに痛い。
眠気も半端じゃなく、このままこの体勢を維持しているとそのまま眠ってしまいそうになる。
重たい瞼を必死に開け、手探りで携帯電話を手元に手繰り寄せる。
そして、メニューを開くと、時刻が表示された。
「5時……か」
普段なら、起きて今日の準備をしているところだ。
しかし、昨日の疲れがそれを邪魔している。
それに少し苛立ちながら、無理やり起き上がると、バキゴキと嫌な音が体中に響き渡る。
そして……忌々しいことに、立ち上がって分かったことがある。
俺は今、かなりの筋肉痛になっている。
「はぁ……」
正直、今日は学校は休みたい。
こんな体調でまともに授業が受けられるはずもない。
……だが、形だけでも登校しなければ……
そう思い、寝室のドアを開ける。
すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「む。 随分早起きなんだな、シンイチ」
「あ……あ……」
その光景に俺は絶句した。
ドラゴンが本を読んでいる。
……いや、そんなものはどうでもいい。
問題はそのせいで、リビングが本だらけになっていた。
本のタワーが何個も積み重なり、まるで別世界のように感じられる。
「おい……ここはファンタジーの世界なのか? 俺には見覚えがないんだが……」
「いや、我にはなにもしてないぞ。 ただ、我の自慢のコレクションをここに持ってきただけだが?」
「コレクションって……」
もう、頭を抱えるしかなかった。
誰がこれを片づけるのか。
それを考えるだけで目の前が真っ暗になりそうになる。
「しかし……お主のコレクションは興味深いな。 昨日の武器のイメージはここから来ているのか?」
「ん……?」
ヘルディオスは持っていた本をこちらに見せた。
いや、漫画だ。
俺が昔集めていた、『黒騎士物語』という漫画だ。
この漫画はマニアック層に大変人気で、最近の漫画にはない、いわゆる中世時代を舞台とした、重厚なダークファンタジー系モノだ。
俺はこの漫画が好きだった。
……だった、というのはこの漫画は打ち切りで終わってしまったからだ。
作者が完結させる前に、作者が病気でこの世を亡くなってしまい、うやむやになってしまった。
それ以来、この漫画を見ると先が気になり、なんとも言えない気持ちになる。
それほどまでに素晴らしいストーリーだった。
「しかし、お主はよくこんなのを見ていられるな。 最近のものはご都合主義が多いというのに」
最近の、という言葉が少し気になったが、ヘルディオスは俺の記憶を見たと言っていたのを思い出して、勝手に納得した。
「まあ、な。 なんていうか、最近のと比べてそれは主人公が頑張っている、というのか? 苦悩しているのが分かりやすいんだ。 だからこそ、感情移入しやすいというか……」
「その意見には賛成だ。 我も主人公が困難に立ち向かい、それを退けた瞬間はいつ見ても感動すら覚える。 ……しかし、些かこれはお主のような少年にはキツイのではないか?」
「確かにそりゃグロイし、今の時代じゃ考えられないようなことばかりだからな。 でも、それこそ別世界をのぞき込んでいるみたいで、妙に現実味のある漫画だったんだよなぁ」
「なるほど、そういうことか。 ……シンイチ、それはあながち間違いではないぞ」
「は?」
「世界というのは、万象万物ありとあらゆるものが想像し、それらが混ざり合って出来上がるものだ。 本というのはそれらの小さな結晶のようなものであり、世界の種子でもある」
「だから、お前は本が好きだ、と?」
「ああ。 簡単にあらゆる世界を覗けるのでな。 ……実際に赴いて、見るのも楽しいがな」
「ああ、そうかい。 でだ、俺は朝食を作りたいと考えているのだが……このタワーはどうにもならない?」
俺がそういうと、ヘルディオスはああ、と声を漏らしたのち、指をパチンと鳴らす。
すると、本が鳥の様に羽ばたき始め、同時に出現した黒い円型の異空間に吸い込まれていく。
そうして、あんなに散らかった部屋は、あっという間にきれいになった。
「では、朝食の準備を。 我はここでお主の朝食ができるのを待っておこう」
「はいはい……」
今後、こういう非現実的な出来事が続くのだろうか?
その前に、俺の神経が擦り切れないといいんだが……