さぁ、手をとって
放課後の図書館は意外と人がいる。
多くの人はテーブルにつき、レポートを仕上げたり、自習したりするようだ。勿論、本を読む人もいる。
央都魔術学園の蔵書数は国内一と言われるほどだ。
私もレポートさえなければ読書に勤しんでいただろう。
「うーん…うまくいかない…」
参考書片手にレポート用紙に筆を走らせるが、納得いく内容が書けない。
『水魔による浸水に対する対処と対策』というレポート。
水魔は水属性だから有効な土魔術を使った魔術の展開をすればいいはず。これでいいはずなんだけど、ここからどうすれば土魔術の攻撃に転ずることができるのか…。
「さっきからなに唸ってるんだ?」
「ふへぃっ…」
背中からかかる声に肩をびくつかせる。
振り返れば、肩を震わせながら口許を押さえる大地君。
「ふへぃって…くっ」
先程の私の反応に笑っているようだ。
いや、私もあの反応は…と思うが、こんなにツボられると逆に冷静になってくる。
「笑うなら笑ってくれた方が、まだましだから」
「っ…悪い。もう大丈夫。前の席いいか?」
笑いは収まったらしい、こほんと咳払いをする大地君。
「どうぞ。」
「で、何そんなに唸ってるんだ…ん、魔術理論学のレポート?」
横から私の書いたレポートを覗き込む大地君。
「ここから土魔術の攻撃に転ずる方法か…それなら…」
とその言葉を残して本棚の方へ向かう。それから一冊の本が差し出される。
差し出された本には『上級 魔術展開理論』とかかれており、来年使用する参考書だった。
「この参考書の…このページ。まだ習ってない魔術展開だけど、咲良の魔術展開ならこれが一番近いんじゃない?」
指差されたページには私が持っていきたかった魔術展開が書いてある。
「ありがとう、大地君。」
参考書を受け取ってまたレポートとにらみ合いを始める。
この魔術を展開して、ここをこうしたら…。
大地君が教えてくれた参考書はわかりやすくて、躓いていた部分もすんなり解決できる。
レポートがなんとか終わり、顔をあげれば窓からは西陽が射し込んでいた。時計を見ればあれから2時間。
「終わった?」
書籍に目を落としていた大地君がこちらに視線を移す。その横顔は西陽が当たり、金髪の髪がキラキラと光って見える、そんななんとも言えない美しさがあった。
「う、うん…。」
「うし、じゃあ帰るか。あ、帰りに何か甘いもの食べるか?」
荷物を手にして、席を立つ。
「もしかして、待っててくれたの?」
「ん?まぁ…オレが咲良と一緒に帰りたくて待ったんだし。気にしなくていいから。」
「いや、でも、」
「それに、勉強してる時の咲良の顔を一人占めできたし。甘いもの食べてる時の咲良の顔、可愛くて好きだけど、勉強してる時の真剣な顔も好きだな、オレ。」
そう言って笑う大地君に思わず赤くなってしまう
そんなに見られていたなんて気付かなかった。
「だから、ほら。帰ろうぜ。」
そう言って私の手を取る。
「え、あ、手…他の人に見られたら、」
「いいだろ?でも、気になるなら…図書館出るまで。」
手を引かれながら歩かれてしまえばついていくしかない。
「…大地君って意外と強引?」
「そんなつもりないけど…あぁ、でも、お前を他のヤツに取られたくないからかもな。」
さらっと言われる言葉。それを聞き流すには私はできた人間じゃなくて、惚れ薬のせいとはいえ、こんなことを言わせるのも申し訳なくなる。
「昨日はハルのやつに咲良をとられたし。こうやって二人で帰ることなんてなかなか難しいだろうし…それに、咲良が嫌がってないしな。嫌なら手を振りほどいてくれてもいいんだけど?」
「それは…。」
「ほら、どうする?」
視線を繋がれた手と大地君とにさ迷わせる。
振り払ってもいいものか…。
「意地悪いこと言ったな。でも、嫌じゃないなら手を繋いでて欲しい。」
「…図書館出るまでなら。」
「ありがと。ほら、帰りに寄り道して帰ろう」
そう言って進みだした大地君に引かれるように、私もつられて歩き出す。一歩後ろから見る大地君の表情は見えなかったけど、心なしか耳が赤い気がするのは私の見間違えだろうか。
教室の遠くの方に見る大地君は真面目で人当たりもいい親切な人だと思ってた。
実際、何度か助けてもらったこともある。
だけど、
意地悪なところあるし、意外と強引だ。
惚れ薬のせいとはいえ、新しい一面を見れた気がする。
そんな一時だった。
《薬効が切れるまであと18日》