だから君には、黄色い百合がよく似合う。
「さくらせんぱーい!」
声とともに背中に衝撃が走る。前につんのめそうになりながらも机で支える。振り返れば若葉色。
「ハル君。」
「なぁに?」
「わざとやってる?これで5回目なんだけど。」
「そんなことないよ~。さくらせんぱいが見えると思わず抱きついちゃうだけ!」
悪びれず抱きついたまま。
「それで何回転びかけたか…」
「えへへ…」
「笑って誤魔化さない。もう…そろそろ離れてくれる?刺線…じゃなかった視線が痛いから。」
「う、はーい…」
渋々離れる彼。スキンシップ過多じゃないかなぁ。
「皆ならまだ講義中だよ。アキ君は魔法史、ハヤトさんは剣術でトモさんは上級魔法薬学だよ。ボクは今の時間空き時間なんだ~。だから、さくらせんぱいを独り占め出来るんだよね!」
ん?魔法史?
「残念。オレもいるよ。」
トレーを持った大地君。
「なんで!?講義は!?」
「休講。咲良がいるのにオレがいないわけないだろ?咲良、ミルクティーでよかった?」
コトンと置かれるティーカップ。
「え、悪いよ。」
「いいから、俺の奢り。」
「うー…折角一人占めできるかと思ったのに!」
「残念だったなぁ」
頭を撫でながらにっと笑う。その姿は普段の姿と違ってなんだか、新鮮だ。
「まぁ、いーや。さくらせんぱいと一緒にいられるんだもん。お邪魔虫もいるけど…。」
「お邪魔虫っていうのはオレのことか?」
「自覚あるなら席を外してよ。」
「だとよ。咲良、行こうか。」
「だめ!さくらせんぱいは置いていって!」
あぁ、刺線が痛い。こんな目立つところで口論しなくても…。
こっそりと逃げ出そうとするが、しっかり掴まれた腕のせいで1、2歩後退ることしかできなかった。
「咲良はオレの方がいいよな?」
「さくらせんぱいはボクの方がいいよね!」
「え…どうで…じゃなくて、みんなで仲良くお茶にしませんか?」
危ない危ない。どうでもいいと口走るとこだった。
いや、正直どうでもいいんだけど。むしろ二人とも遠慮したいんだけど。
「うー…さくらせんぱいがそう言うなら…」
「仕方ないよな。ハル、あっち座れ。咲良はここ。」
示し合わせたような返答に、わざとじゃないかと勘繰ってしまう。
というより、二人とお茶するのは決定事項なのか…。
疲れたから一人でお茶にしたいのに…。
「はぁ…」
思わず溜め息が溢れる。
「さくらせんぱい…つまんない?」
「え、あ…そんなことないよ?」
どちらかといえば疲れてます。刺線に晒され過ぎて。
普段、こんなに人に見られることなんてなくて気疲れする。
「咲良、寮まで送ってく。講義はもうないんだろ?」
「え、いや、大丈夫だよ」
「いいから。疲れた顔してるし。悪かったな、無理に引き留めて」
「じゃ、ボクが送ってくよ。ボクももう講義ないから。アキは次また講義でしょ?サボっちゃダメだよ。」
「サボるつもりはなかったけどな…まぁ、そこまでいうなら今日は譲るから。ちゃんと送り届けろよ?」
「任せてよ。さくらせんぱい、行こ?」
当の本人を置いてきぼりにしたまま話が纏まってしまい、そのまま手を引かれてなされるがまま。
―・―・―・―・―
いつもは…といっても関わって3日目だけど、明るいハル君が黙り混んで手を引いて歩く姿になんだか違和感。
「ハル君?」
「ごめんね、さくらせんぱい。ボク、さくらせんぱいに逢えたのが嬉しくてせんぱいのこと困らせちゃった。」
手を引かれたまま、ハル君はぽつりぽつりと話し出す。
「それに、ボクたちと一緒にいるの嫌だって言ったのに無視して…。さくらせんぱいが嫌なら一緒にいるの我慢するよ。せんぱいが嫌な思いするのやだから」
元気をなくしていくハル君になんとも言えなかった。
確かに、彼らと一緒にいなければ刺線に晒されることもない。
「ハル君…」
「ボクたち目立つから、仲良くした女の子は酷いことされたりするんでしょ?ボク、せんぱいが酷いことされるのは嫌だ。」
繋がれた手には力が籠る。
「だから、我慢するよ。」
力なく寂しそうに笑う様子に、
「いいよ、我慢しなくて」
なんて言葉が飛び出していく。
「え?」
驚いたように漏れた声。いや、私も驚いた。
あんなに関わるの嫌だったのに。
でも、あんなに寂しそうに笑う様子を見て、はいそうですか。なんて言えなかった。
「そりゃ、今日みたいに抱きつかれるのは遠慮したいけど。」
「う、ごめんなさい…」
「話すくらい、他の人の刺線…視線を気にしても仕方ないでしょ。まぁ、話すだけで呪われるっていうなら別だけど。そこまで度胸はないと思うけどね、オジョウサマ方は。」
いいとこのオジョウサマは呪いなんて大層なこと出来ないだろう。“人を呪わば穴二つ”って言うしね。
「さくらせんぱい…」
「精々嫌がらせがいいとこ。それくらいならなんとかなるし」
「ボクが守るよ!ボクの我儘で傍にいてくれるんだもん。ボクがさくらせんぱいを守るから」
ぎゅと両手を握り込まれる。その姿がいつか見た景色と重なり、
「うん、ありがと。」
そう溢すことしかできなかった。
『俺が__を守るから。』
そう言ったのは…
《薬効が切れるまであと19日》