天敵は、
私の朝は早い。
1コマ目から講義に出るため、混まない内に朝食をとるからだ。人がごちゃごちゃいるなかでご飯を食べたくないっていうのもある。食事の時くらいゆっくりしていたいし。
だから今日も一人朝食をとる。
ここのフレンチトーストは絶品だ。
コーヒーを片手に穏やかな時間を過ごしていた。
のに、
「おはよう、咲良ちゃん。」
ギギギっと聞こえてきた声にゆっくりと振り返る。
「……水無月さん」
ゆったりとした服を着た水無月が笑みを浮かべて立っていた。けれど私にはその笑みが穏やかな時間を壊す悪魔の微笑みにしか見えなかった。
「そんな顔しないでくれると嬉しいな。」
無意識に眉を顰めていたのだろう、水無月さんが浮かべていた笑みが苦笑いに変わった。
「すみません…。おはようございます、水無月さん。随分と早いんですね。」
「それは俺の台詞なんだけどね。俺、今日は1コマ目に講義を受けるから。そこ、座ってもいい?」
私の正面の席を指差しながらお伺いをたてる水無月さん。なんだか、あざといぞ。
「あー…どうぞ」
「ありがとね。咲良ちゃん、こんなに早くに朝食をとっていたの?」
「朝から講義を取ってますから。混む前に朝食をとるんです。」
「そっか。それじゃあ今まで見かけたことないはずだよね。俺、朝はゆっくりしちゃう方だから。」
そう話ながら水無月さんの視線は私の手元に集中していた。
「咲良ちゃんの食べてるフレンチトースト、美味しそうだよね」
「? ええ、美味しいですよ。良かったら食べます?」
食べていないフレンチトーストの乗ったお皿を差し出す。
「ほんと?じゃあ…」
私の腕を掴めば、ぱくっと私の持つフレンチトーストを口許へと持っていく。
「なっ…」
「うん、美味しい。ご馳走さま。」
悪戯成功!そんな雰囲気の水無月さんに言いたいことが纏まらず口をぱくぱくさせてしまう。そんな姿も気に留めていないのか、
「俺に甘いものって似合わないから、あんまり甘いものを人前で食べないんだけど…この時間だったら人目を気にせず好きなものを食べられるから、明日からこの時間に朝食をとろうかな。」
なんて笑いかけるから、なんだか焦った私が馬鹿みたいだ。
心を落ち着かせようと、コーヒーを口にする。さっきよりも苦く感じるコーヒー。
心無しか、余裕が出てきた気がする。それに、水無月さんは何でもないような言い方だし、他意はないのかもしれない。
フレンチトーストだって、自分でとるのがめんどくさかっただけとか…。
ってなると、自分はなんて自意識過剰なのか…うわぁ…自分ないわ。恥ずかしすぎる。
「水無月さんがそうしたいなら…でも、朝はゆっくりするんじゃ…」
「うん。早起きが得意じゃないから。でも…この時間なら、咲良ちゃんを一人占め出来るからね。」
「ッ…ケホケホッ!」
甘い言葉に飲んでいたコーヒーで噎せてしまう。
何でもないような言い方してたよね、今まで。
なんですか、いきなりストレートを打ってくるんですか!
恨めしくなり思わず睨んでしまう。
「ごめんね、まさかそんなに驚くなんて思わなかった。でも、俺も咲良ちゃんのこと好きなんだよ?そりゃ、一人占めしたいと思うでしょ。」
だめ?なんて訊ねてくる水無月さん。
この人はタラシだ。甘いマスクを被った悪魔だ。堕天使だ。あざとい担当は五十嵐君だろ!
惚れ薬のせいで言っているだけなのに、聞き流すどころか、よくわからないことを考えるなんてよほどテンパってたらしい。
「ふふっ…咲良ちゃん、可愛いね。
早起きして良かった。咲良ちゃんの顔、一番に見れたから。今日も一日頑張れそうだよ。
ね、考えておいて?俺と一緒に朝食をとること。咲良ちゃんの一番に会う人が俺だったら嬉しいな。」
「う…はい…」
私の返事を聞けば、水無月さんは満足そうに頷いて、席を立つ。
「じゃあまた、学園でね。フレンチトーストご馳走さま。」
水無月さんを見送れば、顔を伏せる。
今、顔が赤くなっている自信がある。
惚れ薬のせいだってわかってても、そりゃ、ドキドキしますよ。女の子だもん。
ほんと、惚れ薬って恐い!
混乱していた私が水無月さんと二人で話していた様子を多くの人に見られていたと気付くのはそれから数時間後のことだった。