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第七話 邂逅と解析

 会長と奏に両腕を掴まれ、野地崎にズボンを下ろされそうになっているハルト。頼りの蛇々丸もアニメ鑑賞で忙しく、この危機的状況を自力で脱するしかなかった。ハルトの脳が高速で回転する。生きてきたこれまでの危機的状況を思い出す。そしてハルトの目が大きく開く。

「・・・フンハッ!」

ハルトが気合を入れた瞬間、会長と奏にハルトの腕を掴む感覚がなくなり、三人の目の前にはふわりと宙に浮くハルトの服だけが残された。

「えぇ!」

「あれ?」

「なんと!」

驚く三人の前方数メートル先には、背中を向た立ち膝姿の全裸のハルトがいた。三人の少女は、呆然と全裸のハルトの後ろ姿を見つめた。

「・・・俺の負けだ。奏、お前の頼み聞き入れよう」

「え、は、はい」

「・・・会長、とりあえずアンタの話を聞いてやる」

「う、うん」

「・・・野の字、・・・お前覚えてとけよっ!」

「あれ?ここはまじめに部活に出るうんぬんでは・・・」

野地崎を無視してハルトは続けた。

「・・・せめて・・・パンツだけはこちらに渡してくれないか?」

全裸のハルトは背を向けながら三人に懇願した。三人はお互いに目線を交し合い。誰がパンツを渡すか牽制し合った。

「ハルトさん、ちゃんと部活に出るって約束するならパンツを上げましょう!」

ズボンを持っていた野地崎は素早くパンツを握ると、天に掲げながら全裸のハルトに言った。

「・・・っく、わかった。ちゃんと部活に出てやる」

全裸のハルトがそう言うと、野地崎はパンツをハルトに投げた。パンツはヒラヒラとハルトの頭の上に落ちる。

「・・・すまないが後ろを向いててくれないか」

三人は今さら恥ずかしそうに後ろを向く。ハルトは素早くパンツを履く。

「あのハルト君、上着とズボンもどうぞ」

奏は残りの服を他の二人から奪うと、パンツ姿のハルトに持っていった。

「ああ、もったいない!これからネゴシエイトタイムだったのに!一枚ずつこちらの要求を呑ませる予定ががががっ!」

「ちょっとぉ、あんた性格悪すぎじゃなぁい?」

「そうですよ。パンツ一枚のハルト君に厳しすぎます」

「なに言ってんだぁ?ですよ。ハルトさん、この甘ちゃん二人は誰なんですか?カキタレですか?」

「・・・野の字、明日の部活で教えてやる。だから今日はおとなしく帰ってくれ」

「ふ~ん、そうですか。わかりました、ハルトさん風邪を引かないでくださいねーでは、また明日」

野地崎は屈託の無い笑顔でそう言って帰っていった。

「・・・奏、服ありがとう。・・・俺は会長と話があるから先に帰ってくれないか」

「わ、わかりました。それじゃあ先にお暇させていただきます」

奏は素直にハルトのいう事聞いて、寮へと帰っていった。ハルトは服を着ながら会長に話しかけた。

「・・・で、用事とはなんだ?」

「いいから、さっさと服をきなさいよぉ」

会長は背を向けながら、ハルトが服を着るのを待ち、改めて話し始めた。

「この前の決闘、あの時あんた私に何か薬を盛ったでしょ。急に腹痛を起こすのもおかしいし、あんたはその事知ってたみたいだし」

「・・・その事か。あれは会長の様子を見て、カマを掛けただけだ。薬なんて盛るわけ無いだろ」

「そんなんで私を騙せると思ってるのぉ?」

「・・・さあな。で、そんな言いがかりを付けてどうしたいんだ?」

「もう一度、私と戦いなさい。あんな決着、認めないわ。今度は私が勝つ」

会長は真剣な眼差しでハルトを見つめた。

「・・・いやだ」

「な!なによ、負けるのが怖いのぉ?意気地なしなのね」

「・・・怖いと言うか、あの試合は会長の勝ちだったろ。もう勝負はついている」

「ハァ?あんなの自分から負けを認めておかしいじゃない!もう一回勝負しなさいよ」

「・・・勝負しなくとも会長の勝ちだ。正直、俺と会長では力の差が有りすぎる。まともに戦っては勝ち目など絶対ない」

「まともに、ね。・・・あのねぇ、この世には絶対はありえないのよ。戦う前から勝てないと決め付けて逃げてどうするのよ。やってみない事には勝負の行方はわからないでしょ!」

その会長の説教染みた言葉に、ハルトは珍しく心の底からイラついた。

「・・・なるほど。会長は人をその気にさせるのが巧いみたいだ。・・・そうだなハンデを貰えるなら勝負してもいい」

「ハンデ?もしかして両手両足縛って戦えとか言うんじゃないでしょうね」

「・・・いや、勝負を開始する位置を俺に決めさせてくれ」

「開始位置を?あーつまり、いきなり接近戦から始めたいわけね、いいわよ。あの時は本調子じゃなかったし、悪いけど私、接近戦も強いのよぉ」

「・・・そうか」

「なぁにスカしてんのよ。まあいいわ、場所と時間は後で伝えるわ。じゃあね」

会長はハルトをボコれるのがうれしいのか、上機嫌で去っていった。また会長と戦う事になり、奏の頼みを聞く事になり、部活にもちゃんと出る事になったハルトは、とぼとぼと寮へと帰った。


 自分の寝室へと帰ると、ハルトは天井裏にのぼる。そこには蛇々丸が勝手に改造した部屋があり、漫画や小説がギッシリ詰まった本棚、フィギュアケースに最新のゲーム機などがあった。そして部屋の主である蛇々丸は、大型のテレビの前に座り心地の良さそうなソファーに腰を搔け、まるで芸術作品を眺めるようにアニメを見ていた。

「やはりほのぼの系アニメは至高だな」

ハルトはそんな蛇々丸に買ってきたエクレアを投げつける。蛇々丸は飛んでくるエクレアを一切見ずに、見事キャッチした。

「おっと、兄者おかえり。どうだ一緒に見るか?心が洗われるぞ」

「・・・」

ハルトは返事もせずに天井を降りた。

「何かあったのだろうか?もしやパシリにした事を怒っているのか」

ハルトはその日、マグの特訓も肉体の鍛錬もせずに眠りについた。翌日、目を覚ますとケイタイに会長からメールが届いていた。

『本日火曜の夜10時、大闘技場。遅れたらデコピン一発ね』

ハルトは頭を搔きながら、学校へ行く準備を始めた。


 その日の夜9時55分、ハルトは言われた通りに大闘技場へ行った。明かりの消えた大闘技場の入り口前には、会長が仁王立ちで待っていた。

「おそぉい!」

「・・・5分前に着いたんだが」

「私はそのもっと前からいたんですけどぉ」

「・・・そうか」

「・・・そうか、じゃないわよ。男ならレディーが来る前にきなさいよぉ」

「・・・」

「まあいいわ、着いてきなさい。今日は貸切よ」

ハルトは会長の後に続いて大闘技場に入っていった。薄暗い大闘技場内を進む会長、それに続くハルト。

「・・・会長、こんな時間に大闘技場を使ってもいいのか?」

「いいわけないじゃなぁい。生徒会長としての権力を使って、特別に使わせてもらってるのよ」

「・・・権力の無駄遣いだな」

「うるさいわねぇ」

会長は管理室へと行くと、大闘技場内の照明の電気を付けていった。

「さあ、バトルフィールドへいきましょ」

「・・・そうだな」

会長とハルトは誰もいない大闘技場を、足音を立てながら進んだ。戦闘フィールドに着いた二人は向き合い。お互いに見つめあった。

「で、ハンデの事だけど。あんたの好きな位置で初めていいわよ」

会長は不敵に笑いながら言った。

「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

ハルトは、会長に向かって歩き出す。会長まで3、2,1メートルまで近づく。だがハルトは立ち止まらず、そのまま進んだ。会長とほぼ密着寸前でハルトが止まる。

「・・・ここでいい」

「ちょ、ちょっとぉ!いくらなんでも、ち、近すぎるでしょ!」

会長はハルトを見上げながら言った。

「・・・ここでいい」

ハルトは会長を見下ろしながらそう言った。

「うぐぐ、たしかにハンデを上げるっていったけど。こんなに近いなんて・・・」

「・・・」

「わかったわよ!いいわ始めましょう。言っとくけど手加減なしの真剣勝負なんだから。前みたいに自分から負けを認めたりしないでよ。死力を尽くしなさい」

「・・・わかっている」

「それじゃあ行くわ」

と言って、会長が指を鳴らすと、バトルフィールドに戦闘開始のカウントダウンが響く。

『3、2、1、ブー』

音と共に戦闘開始の文字が立体映像として表示されて消える。


 会長に一切の油断はなかった。会長のマグ発動速度は、学生の中でも上位に入り、そう容易く防ぐことは出来ない。

『フッ・・・』

会長の耳元で風の音がした。会長が気付いた時には、ハルトは目にも留まらぬ速さで、会長の右耳につく魔石のイヤリングを奪い取っていた。

「・・・!?」

会長が自分の失態に気付く前に、ハルトは容赦なく会長のみぞおちに強烈な打撃を入れる。

「うっ!」

その衝撃に会長が思わず前かがみになる。無防備な会長の首にハルトは素早く腕を回し、フロントチョークを決める。会長の足が宙に浮き、完全に首が締まる。

「ぐっ・・・」

会長は多少はジタバタするが、首の頚動脈を圧迫され血液の流れが止まる。数秒もしない内に会長の意識は無くなり、手足をダラリと力なく揺らした。

「・・・」

ハルトは、気を失った会長を抱えると控え室まで運び、部屋にある長椅子に会長を寝かせる。会長が意識を取り戻すのに十数分かかった。

「う、・・・あれ?」

「・・・気がついたか」

会長は頭を抑えながらあたりを見渡す。

「あー・・・なんで控え室に?」

会長はしばらく考え込み、やっと意識がハッキリする。そして自身があっけなく負けた事に気が付いた。

「クソ、マジでムカつくわあなた。ホント・・・ムカつく」

会長は(うつむ)きながらそう言った。

「・・・」

しばらくすると会長は顔をあげ、しゃべり出す。

「あーあ。正直、自分が恥かしいわぁ。あんだけ言っといて瞬殺とか、私って本当に情けなぁい」

会長は両手を広げて、やれやれという仕草をした。

「悪かったわね、私の我が侭につき合わせちゃって。もう帰ってもいいわよ春原ハルト」

「・・・てっきり、もう一回勝負しろと騒ぐと思っていた」

「あらぁ、そんなにもう一回やりたいのぉ?」

「・・・じゃあ、俺は先に帰るぞ」

「じゃあね」

ハルトは立ち上がると、会長を残して一人で寮へと戻っていった。会長はハルトの気配が消えるまで控え室の出口を見つめ続けた。そして。

「ムカつく・・・不甲斐ない・・・ムカつく・・・!不甲斐ない・・・!ムカつくっ!不甲斐ないっ!」

会長は拳を力一杯握り、自身の太ももに叩きつける。

「ムカつくムカつくムカつく!そしてなによりもっ!不甲斐ない自分が許せない!」

会長は悔しそうに奥歯を噛み締める。

「何がハンデよ!めちゃくちゃ強いじゃない!そもそも、自分は勝てないとか云々は、私からハンデを引き出すための作戦じゃない!」

会長はまた自身の太ももに拳を叩きつける。

「そんなのも見破れないでっ!相手を見下してっ!意気揚々とっ!情けない、不甲斐ない!ムカつく!」

会長がくだらない自己嫌悪に酔いしれている最中に、会長はひんやりとした視線に気付く。

「っ!」

会長が目線をあげると、そこには鬼のような仮面をつけた黒装束のアサシンが立っていた。


 ハルトがその異変に気付いたのは大闘技場の入り口付近に差し掛かった所だった。

「・・・無臭!」

ハルトの鼻が、一瞬、何の匂いも感じなかった。ハルトは動きを止め、あたりの物音に集中する。

「・・・」

静まり返った大闘技場内。ハルトの超人的な耳が微かに会長の悔しがる声を捉える。それ以外の音は聞こえない。いや、ハルトは音を消す音を捉える。その音は素早く、会長の方へと向かっていた。


 会長が得体にの知れない侵入者に反応し、直ぐに右腕で髪をかき上げる。が、右耳には魔石のイヤリングが付いていなかった。

「しま――」

会長の全身に悪寒が走る。と、鬼の仮面の腕が一瞬消える。気付くと、会長の右肩と左太ももに小型のナイフが突き刺さっていた。

「・・・ひっ!」

まだ痛みは会長の脳に達してはいなかったが、恐怖はもう脳内を駆け巡っていた。目の前の鬼の仮面は、次にへの字型の奇妙な大きなナイフを二本取り出す。会長のナイフが刺さった箇所がやっと熱を帯び始め、次第に痛みを伝えていく。会長は闘争をあきらめ、逃走しかないと思った。が、恐怖で体は強張り、ただただ自分を殺そうと突進してくる鬼の仮面を眺めるしか出来なかった。

「ひっ!」

会長は目を(つむ)り、現実から目を背ける。

 しかし、何も起きなかった。会長がゆっくりと目を開けると、鬼の仮面は攻撃をやめ、辺りに視線を飛ばしていた。会長は思わず声を上げる。

「ちょっとぉ!あんた誰よっ!」

「しっ!」

鬼の仮面は、口元に人差し指を当て、会長に静かにする様に(うなが)す。すると、控え室の扉が開き、ハルトがゆっくりと入ってくる。ハルトの口元には、小さな笛がくわえられていた。

「・・・犬笛が聞こえるか。・・・厄介だな」

ハルトは犬笛を吐き飛ばすと、左腕を真っ直ぐに突き出し、体を真横に向ける独特の構えを見せる。鬼の仮面は、優先順位を会長からハルトに写し、ハルト目掛けて突っ込む。

「・・・」

ハルトはすぐに、鬼の仮面の目的が自身への攻撃ではなく、逃走するためのフェイントだと見破る。奇襲失敗、即撤退。相手が優秀なアサシンだとハルトは感じる。ハルトは鬼の仮面の見せ掛けの攻撃を避けずに、そのまま食らう。

「!?」

殺意の無い攻撃はハルトの胸に浅く当たる。鬼の仮面は予想外の行動に驚く。たとえどんな攻撃だろうと、攻撃を避けるのは生物の本能。避けずとも、掴むなりして防ぐはずだ。だが、ハルトは避ける事も掴む事もせず、自身の攻撃にその一瞬を使った。その攻撃とは何もせずに睨むことだった。

「ちっ!」

鬼の仮面はすぐにハルトから距離を取る。この時、鬼の仮面は勝手に自身が窮地にいると錯覚する。

 何もせずただ受けるという行動が、ハルトの不気味さを伝える。もしや圧倒的力量さがあるのかもしれない。逃走は困難なのか。先ほどの犬笛による行動、あれは裏の人間がよく使う連絡手段。同じ日陰者か。この前の奴の関係者か。戦うのは不利か。どうする。

 優秀なアサシンだからこそ、様々な憶測をしてしまう。反射的に最適の解を求めてしまう。この思考をする数秒の隙がハルトはほしかった。

「・・・」

ハルトはその数秒で冷静に控え室内を見渡す。会長と敵の位置、控え室の逃走時の脱出口、戦闘時に障害なったり利用できるかもしれない物。

 鬼の仮面が意味のない思考をする間に、ハルトは戦場の情報を全て集め、情報戦において優位を取る。そして、ハルトは突き出していた左腕の指に挟んでいた米粒ほどの魔石を発動させる。ハルトは左手にマグの拳銃を握ると、すぐに鬼の仮面のハルトから見てやや右に射撃する。鬼の仮面はしまったと、舌打ちをする。

「っち!」

弾は鬼の仮面の左側に飛んでいき、鬼の仮面は弾丸を避けるために右へと飛ぶ。

 鬼の仮面が飛んだ先はハルトの背後に回る場所。椅子やロッカーなどの邪魔になる物が無く、控え室からの逃走に使えそうな通気口などと離れる位置だった。

 戦うなら絶好の位置、逃走するには最悪の位置だった。ハルトの考えは一つ、この場で鬼の仮面を確保する、または始末することだった。

「・・・逃走はさせない」

鬼の仮面はすぐに、自分には戦うしか選択肢がなくなった事に気がつく。ここまでは完全にハルトが主導権を掴んでいた。

 が、本番はここからだった。鬼の仮面は覚悟を決める。ハルトと鬼の仮面は、お互いに固まり、様子を伺う。ハルトは鬼の仮面が魔石を取り出しマグを使うのを警戒し、鬼の仮面はマグの発動を潰されるのを警戒した。

(・・・さて、マグを使われては勝ち目はなくなる。・・・奪おうにも相手はかなりの手錬、俺一人では容易には奪えまい)

そう自分ではどうする事もできないと判断したハルトは、この場のイレギュラーに頼ることにした。

「・・・会長、左ポケットだ」

そうハルトが叫ぶと、蚊帳の外だった会長は、ハッとして左のポケットを探る。そして自身の魔石のイヤリングを取り出す。鬼の仮面はハルトだけを敵戦力と考えていたが、思わぬ伏兵の出現に焦る。

 ハルトはこの時、また鬼の仮面が思考の沼にハマり、そして最適な行動をすると思っていた。それほど相手の事を買っていた。コンマ数秒で思考し、会長のマグ発動を邪魔するか、自身のマグを発動する。そのどちらかだと。

 だが、鬼の仮面が取った行動は、そのどちらでもなかった。

「ハァっ!」

ハルトへの速攻である。思わぬ愚行にハルトは驚く、見込み違いだったかと。しかし、鬼の仮面の行動は、ハルトとの意思の違いにより生まれた行動であり、結果的には最高の答えであった。

「・・・馬鹿が」

ハルトはそう呟く。突飛(とっぴ)な行動をした鬼の仮面に対し、ハルトはさらに上を行くために行動する。それは自身の武器であるマグの拳銃を軽く上へと放り投げるという、意味不明な行動だった。

「!?」

さらにはハルトは鬼の仮面から視線をはずし、宙に浮く拳銃に目を向ける。戦闘中によそ見をするという命取りにも成りかねない行動に、鬼の仮面は驚き、自身もまた宙に浮く拳銃を目で追ってしまう。既に間合いはお互いの攻撃圏内に入っていた。

「っつ!?」

驚異的な反応速度で鬼の仮面は、下から突き上げるように繰り出されたハルトの蹴りを、2本のナイフで挟むようにして防いだ。鬼の仮面は冷や汗をかき、感心する。

 あの銃を投げたり、余所見をしたりする意味不明な行動は、自分の視線を上へと集中させるたのめ罠。そして本命はこの蹴り。それを一瞬で思いつき、即実行する。考え付いても、恐らく実行しようとは思わないだろう。あまりにも馬鹿げており、くだらない策。

「惜しかったな」

鬼の仮面はそう言って、ナイフで挟んだハルトの足を切り刻んだ。肉は裂け、骨は削れる。だが切断とまではいかなかった。

「・・・やはり見込み違いか」

ハルトはそう呟くと、いつの間にかハルトの右手には投げ出したはずの拳銃を握り締めており、鬼の仮面の左目に狙いを定めていた。ここで、鬼の仮面は気付く。本命の攻撃は死角からの蹴りではなく、この射撃だと。実は蹴りこそが罠。

「なっ!?」

ハルトは鬼の仮面の左目に有りったけの銃弾を浴びせる。足を差し出し、鬼の仮面に食いつかせる。しかも、その攻撃が本命だと思わせて油断させる。鬼の仮面は左目を打ち抜かれながら思った。類稀なる戦闘センス、自身の足をも餌に攻撃へと繋げる狂気。

「え?はえ?」

その数秒の攻防をマグの発動も忘れて見つめていた会長は、アホ丸出しの声を上げる。

 鬼の仮面は思わぬ攻撃に、勢いそのままハルトに突っ込んでしまい、ハルトもまた足を切り刻まれたせいで態勢を崩し、二人は無様にも揉みくちゃになりながら倒れ込んだ。

「・・・くっ!」

「っち!」

お互いに素早く起き上がると、鬼の仮面は走り出し、ハルトはその背中に銃弾を浴びせる。何発も銃弾を浴びつつ、鬼の仮面は天井に潜り込める位置までたどり着き、素早く跳躍すると、天井に潜り込み逃走に成功した。会長の目から見れば、見事アサシンを撃退したように見えたが、ハルトからすればまんまと取り逃がすという最悪の結果になった。

「・・・」

ハルトはやっと理解する。自分と鬼の仮面との意思の差を。鬼の仮面はあそこまで追い込まれてなお、逃走を諦めていなかった。無策でハルトに突っ込むという、戦闘において愚の骨頂とも思える行動は、逃走という視点で見れば意表を突く最適解たっだ。結果を見ても明らか。ハルトの想像を超えるほど、相手はアサシンとして優秀だった。

(・・・見誤ったのは俺の方か。・・・この足では追跡は不可能。戦闘なら片目の視力を失った相手の方が不利だが、逃走においては足を負傷した俺が不利)

恐らく、片足を負傷したハルトでも、マグを発動した会長と二人なら片目を負傷した鬼の仮面相手に勝てただろう。だが、相手は戦わずに逃走した。その事実にハルトは思わず拳を握ってしまう。

「ちょ、ちょっとぉ!大丈夫!?」

会長の声に、ハルトはハッとする。

「・・・大丈夫だ」

そう言ってハルトは懐から小さな小物入れを出す。小物入れには軟膏が入っており、ハルトは負傷した足に塗り込んだ。傷口が軟膏によって埋められていく。塗り終わると、ハルトは何事も無く立ち上がり、会長へと近づいた。

「・・・会長、いまから治療する。まずはナイフを抜くぞ」

「え、ちょ、ムリムリムリ!やめてよそんな事!」

会長は、ナイフを抜こうとするハルトの手を払いのける。

「・・・」

ハルトは、思わず考え込む。

「・・・じゃあ、胸を揉むぞ」

ハルトはそう言って、右手をクネクネ動かし会長の胸を揉もうとした。会長はその腕を払いのけようとする。

「な!な!何すんのよぉっ!触らないでこのヘンタいったぁぁぁい!」

会長が胸を揉もうとする右腕に集中している間に、まずは右肩のナイフを引き抜いた。

「・・・ほらもっと抵抗しないと揉みしだくぞ」

ハルトはさらに動きを激しくさせた右手を会長に近づける。

「やめ!やめ!いっ・・・たぁぁ!」

そして、左太ももに刺さるナイフも引き抜く。

「・・・よし、次はこの軟膏を塗り込む。上を脱げ」

「はぁ!?死ねヘンタイ!」

が、ハルトは忍者特有の早脱がせで、会長の上着を剥ぎ取り、ブラジャー姿にする。

「おほっ!?おほほっ!?」

会長がよくわからない声を出すのを無視して、ハルトは右肩の傷に軟膏を塗り込んでいく。

「ちょちょちょちょっ!」

騒ぐ会長を無視して、次は左太ももの傷に軟膏を塗り込んでいく。

「にょほほほほ!」

傷の処置を終えるとハルトは立ち上がり、会長の剥ぎ取った上着を渡す。

「・・・着ろ」

「し、信じられない!こここんな屈辱っ!生まれて初めて味わったわよ!」

会長はあたふたしながら言った。

「スケベ!ヘンタイ! 大往生(だいおうじょう)しろ!」

「・・・いいから早く着ろ」

ハルトは背を向けて会長に言った。会長はハルトを睨みながら上着を着る。

「ねぇ、足、大丈夫なの?さっき思いっきりナイフで切られてたけど」

「・・・問題ない、秘薬中の秘薬である軟膏を塗ったからな。・・・会長ももう痛みは無い筈だ」

会長は、右肩と左太ももの痛みが無くなっているのに気付く。

「本当だ・・・」

会長はそう言いながらよろよろと立ち上がる。

「あっ」

と、歩こうとした会長は力なく倒れそうになる。それをハルトは素早く支えた。

 ハルトは忍者として超人的な精神と肉体を持っているが、所詮一般人の会長は秘薬の軟膏を塗ったとしても、恐怖による衰弱と肉体に刻まれた傷で立ち上がるのが精一杯だった。

「・・・仕方ない、か」

ハルトは支えている会長を抱きかかえる。

「ちょ、ちょっとぉ!」

「・・・騒ぐな。歩くことが出来ないんだろ?とりあえず寮まで送る」

「うぅ・・・」

会長は渋々おとなしくなる。ハルトは会長を抱きかかえたまま歩き出す。

「あ、大闘技場の電気とか施錠(せじょう)とかちゃんとしてよ」

「・・・わかった」


 ハルトは会長を抱きかかえたまま、会長の寮へと向かっていた。

「春原ハルト、あなた何者なの?さっきの戦い方、普通じゃなかった。それに襲ってきたアイツはなんなの?」

ハルトに抱きかかえられた会長は偉そうに腕組みをしながら言った。

「・・・」

会長は無視するハルトの頬をつねる。

「答えなさいよぉ」

「・・・部外者に教えるわけにはいかない」

「部外者ってねぇ、襲われたのよ?私を狙ってたわアイツ。部外者ってわけにはいかないわよ」

「・・・たしかに」

「教えてよ。何が起こってるのよぉ」

「・・・恐らく、襲ってきた奴はアサシン、暗殺者だ。それも凄腕のな。・・・なぜ会長が襲われたのかは分からない。そして俺の正体も教えられない」

「なぁにそれ、全然教えてくれてないんだけど。ま、あんたが危害を加えてくるような奴じゃないってことは分かったわ」

ハルトと会長が話し込んでいると、2年生の女子学生寮に到着する。ハルトは会長を降ろそうとする。

「ちょっとぉ、こんな所で降ろされても困るんですけどぉ?部屋まで運びなさいよ」

「・・・正気か貴様?こんな時間に男子が女子寮、しかも上級生の寮になんか入れるわけないだろ。・・・誰かに見られてみろ、停学ものだぞ」

「あら、あんなすごい戦闘する怪しい人間なのに、停学を怖がるの?変なところでまじめね」

「・・・黙れ、運ぶのはここまでだ」

「はあ!?じゃあ、私はどうやって部屋まで行くのよ?地べたを這って行けって言うの?」

「・・・そうだ」

「いやよ!運びなさいよぉ」

会長は降ろそうとするハルトに抱きついて離れない。

「・・・うぐぐぐ~。・・・くそ、わかったわかった。運んでやる」

「そうそう、最初っから素直にそうしなさいよ」

「・・・じゃあ、会長の部屋は何階のどこだ」

「はあ?9階の1号室。ほらあそこの一番右よ」

「・・・そうか。じゃあ、しっかりと抱きつけ」

「へぁ?」

ハルトはそう言って、会長を抱えている右腕を離すと、素早く返しの付いた(かぎ)状のクナイを取り出す。そして寮の上目掛けて投擲した。ハルトはクナイについていた糸から、建物にクナイが引っかかったのを感じる。

「・・・いくぞ」

「ちょちょ!」

ハルトは会長を片手で抱えたまま、超人的な跳躍をし、右手は素早く糸を手繰りよせる。建物の側面に着地するとまた超人的に跳躍し糸を手繰り寄せ、僅か三回の跳躍で会長の部屋の窓へと到着する。あまりの出来事に会長はハルトの首に腕を回し、力強く抱きついている。

「・・・ちょっと我慢してくれ」

ハルトはそう言うと、会長を支えている左手も離し、軽く窓に突きを当てる。突きの衝撃で窓の金具が回り鍵が開く。ハルトにしがみつき落ちそうになる会長を、また左手で支えると窓を足で開け中に入った。

「はあ、はあ。死ぬかとおもったわぁ・・・」

ハルトは会長をソファに降ろし、部屋の電源をつける。

「・・・任務完了」

「なぁにが任務完了よ!ふざけんじゃないわよ!殺すきなの!?」

「・・・仕方ないだろ。俺は停学にはなりたくないんだ。誰にも見つからずに運ぶにはこれしかなかった」

「うぅ!」

「・・・それと、今日起こったことは他言無用だ。もちろん傷を治療しようと病院などへも行くな。傷の手当はしてある、放っておけば秘薬が直してくれる」

「わ、わかったわよ」

「・・・じゃあな」

ハルトが会長を残し出て行こうっとすると、会長はハルトの服を掴み引き止めた。

「・・・なんだ?」

引き止める会長にハルトはそう言った。しかし、会長は何も答えずにただ押し黙るばかりだった。ハルトは引き離そうと会長の手を掴む。

「・・・!?」

会長の手の震えがハルトに伝わる。

「ねえ、アイツはもう襲ってこない・・・よね?」

ハルトは震える会長の手を握りながら返答に困る。絶対に襲ってこない。そんな保証はなかった。片目を潰した事で、アサシンがすぐに襲撃をかけて来る可能性は限りなく低い。だが、絶対ではない。ハルトは会長に「絶対に襲ってこない」と言って、安心させてやる事ができなかった。

「・・・」

ハルトは会長の手を握ったまま、ソファーの隣に座った。

「・・・安心しろ。今晩は一緒にいて護衛してやる」

「えっ?」

「・・・もし襲ってきても、今度こそ俺がアイツを仕留める」

ハルトは会長の顔を見ずにそう言った。会長はハルトに握られた手の力強さに震えが収まる。二人の間に沈黙が流れる。と、会長は露骨に顔を赤くすると、ハルトの手を振りほどく。

「あ、あっそぉ!どうしても護衛したいって言うなら、特別に今夜は泊めてあげるわぁ!」

「・・・」

そんな会長をハルトは見つめる。

「な、なによぉ!」

「・・・」

「んぎぎぃぎー。ジロジロ見ないでよ!そうよ、あれよ!冷蔵庫にプリンがあるから持ってきてよ!」

「・・・俺もプリン食べたい」

「わかったわよ、いっぱいあるから自分の分も持ってきなさいよ!」

ハルトは立ち上がり、冷蔵庫からプリンとスプーンを二つずつ持ってくると、会長と二人で食べた。



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