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第六話 入り乱れる者たち

 新入生が入学してから早2ヶ月が過ぎ、新しい生活に慣れてきた頃だった。週明けの憂鬱な月曜日、ハルトは昼飯を買うために購買へと向かっていた。

 音子とのじゃんけんに負けたハルトは、飢えた生徒たちが跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)する購買部へと歩を進める。授業の終わりを告げる鐘が鳴ってから、すでに5分は過ぎていた。端的(たんてき)に言えば()である。この2ヶ月で嫌というほど体験した戦場。5分の出遅れは、即ち負けを意味している。

「・・・ぬかったか」

音子はハムサンドとアップルジュース、それにデザートの杏仁豆腐。ハルトは焼きソバパンにカツサンド、緑茶にデザートにドーナッツがほしかった。

 が、目の前には飢える生徒でごった返している。ある物は奇声を上げ、人の波を搔き分けようとするが、無残な姿で弾き出される。何人かは人の波の上でグッタリ倒れており、少しずつ外へと運ばれていた。

 購買において、速さが正義だった。何者よりも早く着いたものが勝者であり、目当ての物を手に入れることが出来る。出遅れた者の末路は目の前の悪鬼共である。

「あれ、たしかハルト君?でしたっけ」

と、誰かがハルトに話しかけてくる。それはこの間、柄の悪い連中に告白されて、大石のバカが面倒な事をした時にいた女子生徒の奏だった。

「・・・奇遇だな」

「ええ、そうですね。それにしてもすごいですね購買部は・・・。こんな光景が毎日繰り返されているんですか?」

「ヤメロー、死にたくなーいぃ!」

「・・・購買部は初めてか?」

「ええ、いつもはお弁当なのですが。昨日のデートのせいで疲れてしまって、今朝は寝坊をしてお弁当を作る時間が無かったんです」

「・・・そういえば、大石とデートをしたんだったか」

「ええ、まあ」

「・・・そうか。ところで何がほしいんだ?」

「えっ?えーと、何があるんでしょうか?」

「・・・なんでもあるぞ」

「なんでもですか。ん~どうしましょう。パンか何かをと思っていたんですが」

「・・・そうか。じゃあそこで待っていろ」

「え?」

ハルトは手足を軽く動かしながら、気合を入れると邪悪に蠢く人の群れの中にゆっくりと埋もれていった。

「ハ、ハルト君!?」

数分程立つと、人の波の上にハルトが現れる。腕にはパンやら飲み物を抱えて横たわるハルトを、波は外へ外へと運び、最後には待っていた奏の前へと落ちた。

「ハルト君大丈夫ですか!?」

「・・・大丈夫だ。・・・ホレ」

ハルトは傷ついた腕で、カレーパンとオレンジジュース、そしてドーナッツを女子生徒に差し出す。

「いいんですか?」

「・・・ああ。・・・それに、もうここに来てはいけない。・・・ここに来れば、いずれお前も修羅になってしまう」

「はぁ?何を言っているのか分かりませんが、ありがたく貰いますね」

奏は、ハルトを抱え起こすと笑顔で言った。

「私は、岡田奏といいます。パン、ありがとうございますハルト君」

「・・・どういたしまして」

奏はハルトにお礼を言うと去っていき、ハルトも教室へと戻った。


 教室へと戻ると音子が待ってましたと出迎える。

「よく出遅れたのに買えたね。あれ、ハルトのドーナッツは?」

「・・・買えなかった」

「ありゃりゃ、そりゃ残念。じゃあ、僕の杏仁豆腐を半分わけてあげよう」

「・・・チョーウレシイ」

「全然うれしそうに聞こえないんだけど。まあいいや」

「フン、お前らも俺様のように弁当を作ってくれば、あんなむさ苦しい所に行かなくて済むのに。知能指数が低いんじゃないか」

魔石を額に付けた無我野京牙は勝手にハルトの机に自分の机をくっ付けて、自分で作ってきた弁当を食べていた。

「弁当かぁ、たしかにね。でもメンドーだよね毎日作るのは」

「これだからバカは嫌だ。前日の晩御飯を弁当用に残しておけば、手間はかなり省ける。そんな事も知らないのか?」

「はいはいそーですね」

「・・・京牙はそんな事をして弁当を作っていたのか。・・・マメだな」

「フ、フン!」

そんな話をして三人が仲良く昼食を取っていると、魔石を小脇に抱えた大石が食堂から戻ってきた。

「うぃーす、おまえらまだ食ってたのかよ?早くミニバレーしに行こうぜ!」

「まだ、食べてるからそこで待っててよ。モグモグ」

「音子よ、俺様にも杏仁豆腐を献上せよ」

「ハァァァ?」

「うっ、なら眷属ハルトよ。俺様に献上しないか?」

「・・・いやだ」

「なん、だと・・・!?」

「なあ、早くいこうぜー」

「モグモグ、そういえば大石って昨日デートだったんだっけ?どうだったの?」

「ん、デートか?そりゃバッチリだったぜ!ありゃヤっちまうのも秒読みだな。ゴチになりますって感じだぜ。はははっ!」

「うわぁ」

「フン、煉獄の炎に焼かれて絶滅すればいいのに。ハルト一口だけでいいから俺様にくれ」

「・・・いやだ」

昼食を終えたハルトたちは中庭へ行き、ミニバレーをキャッキャしながら楽しんだ。昼休みが終わり、午後の授業も済んだハルトは掃除当番の音子を置いて一人で帰ろうとした。すると、廊下で岡田奏とばったり出くわした。

「ハルト君、今帰りですか?」

「・・・ああ」

「なら、一緒に帰りませんか?一年生の寮までは直ぐですけど」

「・・・」

「ダメですか?少し相談したい事が有ったのですが・・・」

奏はもじもじしながら言った。

「・・・わかった。話だけは聞いてやろう」

「フフ、ありがとうございます」

ハルトと奏は二人並んで玄関へと向かった。爽やかな香りを偶像化したハルトと凛とした美しさの奏が二人並んで歩く姿は、周囲の生徒たちを(せい)(こう)甘美(かんび)な世界へと誘った。

「今日も小脇に魔石を抱えた大石くんと中庭で遊んでいましよね。ハルト君はやっぱり大石君とは仲が良いんですか?」

「・・・ん~」

「あの、悪いんでしょうか?」

「・・・ん~。・・・普通だな」

「普通ですか。その相談とは大石君についてなのですが」

「・・・ほう」

「少し言いにくいのですが。大石君は押しが強いといいますか、その・・・もう少し距離を置いてもらいたいというか・・・」

「・・・なるほど。大石が鬱陶しいと」

「あーいや、まあ。なんといいますか。大石君は悪い人ではないのですが。良い人でもないですけど」

「・・・つまり、大石に俺から奏が迷惑していると言えばいいんだな?」

「すみません。嫌な事を押し付けてしまって。出来ればオブラートに包んで伝えていただければ、うれしいのですが」

「・・・いやだ」

ハルトは食い気味にそう言った。

「え?」

「・・・自分が嫌な事を他人に押し付けるな、・・・腑抜けが。大石に直接自分で言え」

NOと言える忍者ハルトは、奏にそう言った。

 てっきり快く了解して貰えると思っていた奏は、どうして良いか分からす、髪を弄りながら戸惑うしかなかった。

「えっと、あの、その・・・」

と、人気の無い帰り道を行く二人の前に、颯爽と一人の人物が立ちふさがった。

「久しぶりねぇ、春原ハルト!」

貧相な胸を強調するように仁王立ちする会長だった。

「・・・面倒臭い奴が出たな」

「はぁ?誰がメンド臭いですってぇ?顔を貸しなさい春原ハルト!」

会長は強引にハルトの腕を掴むとどこかへ連れて行こうとする。

「・・・離せ」

「ちょ、ちょっと待ってください!私がいまハルト君と話してるんですけど」

「はぁ!?あんた誰よぉ!」

「そっちこそ誰ですか!」

「あんた私を知らないのぉ?生徒会長の錦野エリン様よ!」

「生徒会長だか何だか知りませんが、今は私と話して帰っている途中なんですけど」

「あっそぉ、これから春原ハルトは私との急用が出来たので、部外者のアナタは一人で帰ってください。バイバーイ」

そう言って、会長は強引にハルトを引っ張る。

「・・・やめろ、引っ張るな」

と、奏は空いているハルトの腕に抱きつく。

「ハルト君が嫌がっているじゃないですか。やめてあげてください!」

「なぁにそれ、イチャモンつけないでくれるぅ?あんた手を離しなさいよ」

「嫌です!」

会長と奏はお互いに引かず、力いっぱいハルトを引き合った。

「・・・うごごご」

二人がハルトで綱引きをしていると、ハルトの目には遠くから走ってくるピンク色の頭が見えた。

「ハルトさーん!なに部活サボってるんですかー」

「・・・の、野の字!」

胸を揺らしながら、陸上選手張りの美しいフォームでピンクの野地崎がハルトたちの所まで走ってきた。

「こ、これは!?かの有名な大岡裁きですね!先に手を放した方がハルトさんの真の母親なんですね!」

「・・・いいから、この状況を何とかしてくれ」

「ちょっと、変なの着ちゃったじゃないのぉ!あんたが手を放したらあきらめるから、手をはなしなさいよぉぉぉ!」

「な、何をいってるんですか!手を放したら、ハルト君をどっかに連れて行く気でしょ。そんな幼稚な誘いには乗りませんっよ!」

野地崎はそんな様子を楽しそうに眺めていた。

「ハルトさん、このまま行けば牛裂きの刑みたいに四肢が引きちぎれてしまいますよ。ワクワクのドッキドキですね!」

「・・・ぬおぉぉぉ。野の字、助けてくれたらもう少し真面目に部活に出てやる!」

「なんと、やっと私と一緒に部を盛り上げる気になってくれたのですね。わかりました、この野地崎千代に任せてください」

野地崎は両手を挙げて、グッと力強いポーズをした。

「では、私がこのハルト争奪戦で勝者になって見せましょう。・・・あれ、両手はもう取られちゃってますね。さて、どうしたものか。あ、そうだ!たしか下半身に棒が一本ついていたはず、私はその棒を引っ張らせてもらいます!」

そうし言ってピンクの野地崎は、両手を引っ張られて身動きの出来ないハルトのズボンのベルトをはずし始める。

「・・・野の字!やめろぉぉぉ!」

「暴れないでください!上手く脱がせないじゃないですか!」

「ちょっとぉ!あんた何やってんのよ!」

「は、破廉恥です!」

「・・・ぬわぁぁぁ!」

と、絶対絶命のハルトの頭に、声が響く。

『兄者、聞こえるか兄者よ!』

『・・・その声は蛇々丸。いつの間に以心伝心の術を!』

『クククッ、拙者もちゃんと修行をしているのだ兄者よ。ご都合主義では断じてないぞ』

『・・・そうか。蛇々丸がいて、これほど良かったと思った事は、今までなかったぞ』

『なんだよ兄者、うれしい事を言ってくれるじゃないか。だが、拙者は兄者のためならこれぐらいわけないさ』

『・・・蛇々丸』

『じゃあ、帰りにコンビニでエクレアを買ってきてくれ。拙者はこれから録り溜めしたアニメを鑑賞するので、これにて御免。ニンニン!』

「・・・!待て、蛇々丸。助けてくれるわけじゃないのか!?蛇々丸ぅぅぅぅ!」

両手を引っ張られ、今にもズボンを脱がされそうなハルトの心の叫びが木霊(こだま)した。


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