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この娘に殺されたの?

 死神である田中一郎の鋭い視線に耐えきれず、私は話し始めた。

「寝とってなんかいないわよ! 後輩が落ち込んでいたから一緒に飲みに行こうって誘ったのよ。先輩として後輩を心配するのは当然でしょう? 彼女ったら酔っぱらっちゃって……、私がやめる様に言ったのに彼氏を呼び出したのよ。彼女に呼び出された彼氏がやって来て、三人で飲んだの。店を出たところで彼女をタクシーに乗せて帰したのよね。私は彼氏に彼女を送って行く様に言ったのに、彼女が一人で帰れるから送らなくても良いって言ったのよ。私がそうさせたわけじゃないんだからね。それで残された後輩の彼氏と私はもう少し飲もうかっていう話しになって、近くのバーで少し飲んだの。そして、その後にちょっと……」

「ちょっと? どうしたのですか?」

 田中一郎の視線が痛い。私は正直に答えるしかなかった。

「ホテルで……。でも、その日だけよ。その後は一度も会って無いんだからね」

「はぁ……。貴女はとんでもない人ですね。初めて会った後輩の彼氏とそんな事を……」

「だって……、誘ったのは彼の方からなのよ。私が悪いわけじゃないでしょう?」

「じゅうぶん悪いと思いますけれどね」

 またしても田中一郎に蔑むような視線を浴びせられてしまった。

 そんな話をしている間に、捜査会議では三十代刑事と若い刑事のコンビが、明日の朝一番で後輩女子社員の所へ行く事になっていた。

 私と田中一郎は、刑事達の出勤を待つのに都合の良い刑事課の打ち合わせ用応接セットで一夜を過ごす事にした。田中一郎は時折蔑むような目を私に向けるだけで、何も話さなかった。私も沈黙を保ったまま朝を迎えた。


 夜が明けると、刑事達が続々とやってきた。三十代刑事と若い刑事も刑事課に現れ、一番偉そうな刑事のデスクの前に立った。

「それでは、被害者の後輩に話を聞きに行ってきます」

 そう言って刑事課室を出て行く。私と田中一郎もその後に続いた。

 私は黙ったまま後部座席に座り、後輩の家へと向かった。


 後輩の家に着くと、三十代刑事が来訪のわけを説明した。

 後輩の名前はカナコ。容姿は可愛らしいが、いかにも男に庇護ひごされて生きているっていう感じだ。大方の男はカナコの様なタイプに弱い。男は女を守ってあげたいといった本能があるのだろうが、このタイプの女は大体したたかだ。

 カナコは刑事さん達を室内に通したので、私と田中一郎も一緒に室内へと入った。


「あなたとミホさんの関係について話して頂けませんか?」

 三十代刑事の質問にカナコが答える。

「ミホさんは会社の先輩で、公私にわたってお世話になっています。仕事でもいろいろと指導していただきました。一昨日も私のせいなのに残業して一緒に処理してくれました。とても優しい先輩です。そんな先輩が……、あんな事になるなんて……」

 カナコは泣きだした。テーブルの上のティッシュペーパーを取り、涙を拭いている。

「心中お察しします。こんな時に申し訳ありませんが、ちょっと気になる噂を耳にしまして……」


 カナコは涙で濡れた目を三十代刑事に向けた。

「あの噂ですよね。私の彼氏とミホ先輩がどうしたとか……。酷い噂ですよね。いったい誰が流したのでしょうか?」

 若い刑事は話の内容を手帳にメモしている。ずっと気になっていたけれど、あんなにいっぱいメモをしていたら、手帳なんかすぐに書く所が無くなっちゃうんじゃないかしら?

 三十代刑事はそんな若い刑事には目もくれず、カナコの瞳を覗き込むように話しを続けた。

「同僚の刑事が裏を取ってくれたのですが、その噂の発信源はあなたらしいですね。どうしてそんな噂を流したのですか?」

 カナコの目から涙があふれた。

「どうして? どうして私がそんな噂を流すのですか? ヒドイ! 誰がそんな事を言ったの?」

 三十代刑事の目がキラリと光った。

「まあ良いでしょう。ミホさんが亡くなった金曜日なのですが、あなたは午前中仕事を休んでいますね。出勤簿を確認させていただいたのですが、午後出社になっていました。午前中は何をなさっていましたか?」

「えっとぉ、金曜日ですよね……。その日は体調が悪くて十時過ぎまで部屋で寝ていました。寝ていたら少し体調が回復したので午後から仕事に行きました」

「そうですか、実はですねぇ。周辺の聞き込みをしたら、金曜日の朝八時頃に出勤するらしいあなたを見たと言う人が複数人いましてね。駅の防犯カメラでも確認されています」

「…………」

 カナコは黙ったまま三十代刑事の目を睨むように見つめている。

「念のためミホさんの家の最寄り駅にある防犯カメラも調べましたが、ここにもあなたが映っていました。どういうことか話していただけませんか?」

「…………」

 カナコはうつむいて黙り込んでしまった。


「カナコが私の家に行ったの? それも金曜日の午前中に……。私は出勤していない事くらいわかっているはずよね? どういうこと?」

 田中一郎が私を見つめながら言う。

「金曜日の朝、出勤した貴女の部屋に入ってスイッチに細工をしたってことでしょうね」

「じゃあ、私はこの娘に殺されたっていうことなの? でも、なんで私がこの娘に殺されなくちゃならないの?」

 田中一郎があきれた様に私を見ている。なんでよ! なんでそんな目で見るのよ!

「貴女は思い当たるふしがないとでも言うのですか?」

「えっ、なに? もしかして彼氏の事? だってあれは……、カナコの彼氏が悪いんじゃない! 彼が私を誘ったのよ」

「たとえその話が真実だったとしても、男が自分の彼女に対して『悪かったのは自分だ』なんて言うはずが無いでしょう? 実際に男の方から誘ったとしても、貴女に誘われたって言うに決まっているじゃないですか」

「そんなぁ。男の言い訳のせいで恨まれるなんて割が合わないわよ! その上殺されちゃったのよ。ひど過ぎるじゃない!」

「それはあくまでも貴女に非が無い場合の話ですよね。今までの貴女の過去を考えると、言い出したのは男の方だとしても、貴女が男をそうさせる様な事をしたり言ったりしたと考えられますよね」

「…………」

 私はその時の光景を思い浮かべていた。


 カナコの彼氏はカナコをタクシーに乗せて、運転手に行き先を告げた。タクシーは走り去って行く。

「ご苦労さま。カナコ、酔っぱらっていたわね。バタバタしたら酔いがさめて来ちゃったわ。もう少し付き合ってよ」

「えっ、まだ飲むんですか? 強いんですね」

「強くなんかないわよ。知っているバーが近くにあるの。そこに行きましょう」

 私はカナコの彼氏の腕に自分の腕を絡めて歩き始めた。彼は困った様な表情をしていたけれど、私の腕を振り払おうとはしなかった。小路に入るとすぐに目当てのバーがある。

 バーではカウンターに並んで座って、いろいろな話をした。

 カナコと彼の馴れ初めから始まって、現在どのような付き合い方をしているかまで根掘り葉掘り聞いた。彼が話している間、私はずっと彼の肩にもたれかかっていた。

「そんなにカナコの事が好きなの?」

「ええ、結婚も視野に入れて付き合っているつもりですよ」

「へえー、真面目なのね。でも、カナコの方はどうなのかしら? 確かめてみた?」

「確かめたわけじゃないですが、そう思っているはずですよ」

「ふふ、甘いわね。カナコはけっこうやるわよ。会社でも男性社員と仲良くやっているし……」

 私はカナコをおとしめると共に彼を挑発し続けた。彼の様な真面目そうで恋愛偏差値の低い男の心を操作するのは簡単だった。お酒の量が増えると共に、彼の心は疑心で満たされて行った。

「そんな事じゃカナコに捨てられちゃうわよ。もっと経験値を上げなくちゃ」

「経験値って言っても……」

「大丈夫よ。私がいろいろ教えてあげるから」

「は、はい。よろしくお願いします」

「じゃあ、行くわよ」

「行くって何処へ行くんですか?」

「何処って、決まっているじゃない」


(やばっ、私から誘っているじゃない)


 田中一郎がじっと私を見ている。

「やっぱり貴女が誘っていたじゃないですか」

「えっ、なんで? もしかして私が考えている事が解るの?」

「そんなのは解りませんよ。ただ、小さいとはいえ声に出ていましたよ」

 しまった。私は考え事をしている時に独り言を言う癖があるのよね。注意して聞かないと聞き取れない程度の声しか出さないんだけれど、田中一郎に聞かれてしまったようだ。

「これで貴女が悪いことは明白ですね」

 田中一郎が勝ち誇った様な笑顔で私を見ている。本当に嫌な奴だ!



「警察には敵わないのよね。解りました。全部話します」

 うつむいて黙り込んでいたカナコが、突然顔を上げて話し始めた。

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