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死後の世界?

「まず、貴女は不幸にも亡くなってしまった訳ですが、亡くなった事と幽霊になっている事は御理解していただいている様なので、そこは割愛させていただきます」

「ちょっと待ってよ。人は死ぬとみんな幽霊になって今の私みたいに自分の死体とか死んだ後の状況をこうして眺めているの?」

「いえいえ。状況次第です。病気などで長い時間をかけて亡くなった場合、本人が死を受け入れている事が多いですからね。その様な場合には幽霊として浮遊すること無く冥界へと旅立ちます。しかし、殺人や不慮の事故などの場合には幽霊となって浮遊する事が多いですね」

 田中一郎は私の様子を窺うように見ている。そんな目で見られてもこの段階で質問する言葉は見付からない。しかし、その様な目で見られたら質問をしない訳に行かないじゃない。


 田中一郎の目に刺激された私はつまらない質問をしてしまった。

「世の中には交通事故や事件に巻き込まれて不慮の死を遂げる人はたくさん居るじゃない。そんな人達がみんな幽霊になってしまったら、この世界は幽霊だらけになってしまうわよね。幽霊ってそんなにいっぱいいるの?」

「いえいえ、その為に私たち死神が存在するんです。死神の役割についてはシステムの説明の際に詳しく話させていただきますので、ここは説明を続けさせてもらってよろしいでしょうか?」

 あとで説明してくれるならばそれで良いけれど……。そもそも、何か質問をしなくてはならない雰囲気を作ったのはあんたの方じゃない! イラッとしたけれど、私は感情を押さえて大人の対応をする事にした。

「話しを続けて」私は冷静に説明の続きを促した。


「はい、続けさせて頂きます。まずは死後の世界である冥界について説明させていただきます。死後の世界と言うと、天国とか地獄を想像すると思いますが、冥界にはその様な区別は有りません。まあ、どちらかと言えば天国に近いのかもしれませんが……」

 天国に近いって言われても、天国自体のイメージが湧いてこない。お花畑の様なところでゆったりと暮らしている? 人によっては、そんな刺激のない生活なんて地獄よね。何か言ってやろうと思ったけれど、ここも黙っている事にして目だけで話の続きを促した。

「天国と言うと、まばゆい光が降り注ぎ、色とりどりの花が咲き乱れる中で人々が平和に暮らしているなんていう幻想を抱く方が多いですよね」

(違うの? やっぱり言わなくて正解だったわ。言っていたらこいつ、絶対に馬鹿にした目で私を見るに決まっているし……)


 私は黙ったまま平静を装って田中一郎を見つめた。田中一郎は私が何も反論しない事に満足した様に話しを続けた。

「こんな事を言うとガッカリする方が多いのですが、冥界とは何も無い世界なのです。何も無いと言う概念は、生きている人や亡くなって間もない人には理解しがたい概念だと思います。この何も無い世界には本当に何も無いのです。亡くなった方の身体も思考も、そして時間さえも無い世界なのです」


 私は混乱して来た。確かに何も無い世界などと言う概念は私には無い。つい疑問を発してしまった。

「何も無いってことは、その世界自体が存在しないっていう事じゃないの? 何も無いのに世界だけは存在するっていう事は矛盾以外の何ものでもないと思うんだけど」

 そう言って田中一郎の顔を見た途端、私が大失敗をした事に気付いた。田中一郎の目に私への同情とさげすみの入り混じった光が灯ったのだ。

 死神のくせに田中一郎などと言うふざけた名前の男に馬鹿にされた! 私の目には怒りの炎が燃え上がっているだろう。


 田中一郎は子供をなだめる様に、私を優しい微笑みで包んだ。そんな態度が、ますます私の感情を逆なでする。しかし、ここで何を言っても事態は変わらない事は明白だ。私は黙っている事しか出来なかった。


 優越感に浸っている様な微笑みをたたえて、田中一郎が説明を再開した。

「亡くなったばかりの貴女には理解が難しいとは思いますが、何も無い世界ではありますが、冥界は確かに存在するのです。そして、亡くなった方々は、その何も無い世界でじっと時の来るのを待つのです」

(さっき時間さえもないって言ったじゃない! 時間が無いのに時の来るのを待つって完全な矛盾じゃない!)

 私はそう思ったが、ここでこの矛盾を指摘しても、またあの目で見られるのだろうと思い、反論を放棄した。


 田中一郎は微笑みを浮かべながら私の目を見つめ、私が反論を始めるのを待つかのようにわずかな時間を取る。この間が腹立たしい! 何か言えばまたあの眼差しが待っているのだ。

 そんな事は判り切っているので、私は沈黙したまま田中一郎の目を見詰め返していた。


 私が何も反論しない事を確認した田中一郎は、一瞬だけ残念そうな表情をして説明に戻った。

「貴女は輪廻転生りんねてんせいって御存知ですか?」

「生まれ変わりっていうヤツでしょう? もしかして、生まれ変わりを待っているの?」

「その通りです。生命は一旦死をむかえてもそこで終わりでは無いのです。魂は浄化され、再度身体を持ち、生をいとなむのです。魂が浄化される時を待つところが冥界なのです。これで冥界についての説明は終わります。次に、冥界入りまでのシステムの説明に入りたいと思いますが、その前に冥界についての御質問はございますか?」

 田中一郎の説明には、矛盾点が数多くひそんでいると思う。だけれど、それを追求する度にあの目で見つめられるのかと思ったら、そんな意欲は霧散してしまった。

「別にないわ。先に進んで」

 私の言葉に田中一郎は、満足そうな微笑みを浮かべて頷いた。


「それでは、システムの説明に移らせていただきます。冥界には魂管理課と言う、魂を管理する部門があります。この部署は主に冥界にやって来た魂の浄化作業を行っています。魂のクリーニング工場と言ったところですね。そして、魂管理室に魂を案内するのが私たち死神なのですが、正式には魂案内課と言う部署に所属しています。日本では死神と言う概念がありますから、一般的には死神と名乗っていますが、英語圏では『Ghostゴースト Guide(ガイド)』と名乗っています」

「ちょっと待って。人の生死を決定する部門っていう所は無いの?」

「人の生死を決定するなんて、そんな神がかった事が出来る筈無いじゃないですか。私達は人が亡くなったところからその処置をするのが仕事ですから……。いつ誰が亡くなるかが判っていれば予定が立って、私達の仕事も楽になるのですがね」

「じゃあ、あなた達のシステムのほかに人の生死を決定する組織が有るの?」

「そんな組織は有りませんよ。どうも人間は神という存在を信じたがりますが、そんなものは有りません。人の生死は自然の摂理とでも言うのですかね? 私達死神から見ても、人間は偶発的に亡くなるとしか思えません」

 田中一郎の微笑みに、私を馬鹿にしたような雰囲気を感じた。なんで田中一郎なんて言うふざけた名前の死神に私が馬鹿にされなくてはならないのよ! 悔しいけれど返す言葉が見付からなかった。


「システムの説明に戻ります。えっと、私達魂案内課には一係二係三係と三つの部署に別れています。一係は亡くなった方が死を受け入れていて、自ら冥界への旅立ちを望んでいる魂を冥界にお連れする部署です。そして私ども二係は、不慮の死に遭遇して幽霊化してしまった魂を冥界へと導くのが仕事なのです。幽霊化してしまった魂は何かしらの心残りがありますからね。それを取り除いて冥界へとお連れする為の部署です。そして私が貴女の担当としてここに来たわけです。システムについては御理解いただけましたか?」

 私は頷きそうになったが、説明に落ちが有る事に気が付いた。


「いやいや、説明に落ちが有るでしょう! 三係についてまだ説明していないわよ」

 田中一郎はちょっと困った様な表情をしたけれど、私は田中一郎の目をじっと見詰めて説明を促していた。田中一郎は「仕方が無いなぁ」とでも言いたそうに口を開いた。

「三係ですか? 三係の仕事は貴女にはあまり関係ないと言うか……。関係が有って欲しくないと言うか……」

(こいつ、なんかムカツク! 最初からだけれど……)

「だからハッキリしなさいって言っているでしょう!」

「はいはい、解りました。三係の説明ですね。えっと、幽霊になってから、我々の指導に従わない魂が時々いるのですよね。いくら心残りを解消してあげても冥界に行く事を拒む魂や、そもそも私達の話を聞く事さえ拒む魂です。異常にこの世界に愛着があったり、この世界を恨む気持ちが強すぎたりするケースが多いですね。どうしても我々の手に負えない場合に出動するのが三係です。彼等はそんな魂を消去する為にあるチームです」

「消去って?」

「文字通りの消去です。魂は通常、浄化されて生まれ変わる物なのですが、消去とはすなわち消し去る事ですから、その魂は無になってしまいます。悲しい事ですが……」


 なるほど、そう言うことなのね。それで、私の場合、この田中一郎は何をしてくれるのだろう? 私の心残りとは何なのかしら?


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