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死神登場?

 黒いスーツ姿の男は私の方を見て声をかけて来た。私は後ろを振り返ってみたが、後ろには誰もいない。それどころか、私の背中から十センチの所には壁が有る。この男は壁に向かって話しかけている事になるじゃない。


 どうやら男は私に話しかけている様だ。私のことが見えているのだろうか? 私は思わず、自分の右手人差指で自分の鼻のあたりを指差していた。

「いやだなぁ。他に誰が居るっていうのですか?」

「私が見えるの? 私は幽霊になってしまったのよ」

 黒いスーツの男は微笑みを浮かべた。

「助かります。幽霊になった事を理解している人は珍しいですよ。だいたいの人は自分が亡くなった事や幽霊になった事を自覚していませんからね。そこから説明をしなくてはならないので……」

 男は妙に親しげな微笑みを私に向けている。


 幽霊になっている事は自覚しているけれど、目の前に居る男の目に私が映っている事が理解出来ていない。だって、彼氏にも警察の人達にも私は見えていないのよ。それなのにこの男には私の姿が見えているのはなぜ?

 この男も幽霊なの? 確か、「遅くなってすみません」とか言いながら現れたわよね。と言うことは、目的地として私の所へ来たと言うことになるわけでしょう? この男が幽霊だとしても、私の様に死んでしまって幽霊になっただけでは無くて、何かの役割を持った幽霊ってことになるのよね? 役割ってなにかしら?

「あなたは何者なの? どうして私が見えるの?」

 男は親しげな微笑みを事務的な微笑みに切り替えて、私の質問に答えてくれた。


「申し遅れました。私は死神の田中一郎と言います」

 死神? 死神ってなんだっけ? 私の脳システムは多少混乱している様だ。そんな脳システムが検索した死神の画像は『黒い古ぼけたマントに身を包み巨大な鎌を持った骸骨の様な男』だった。目の前に居る葬儀社の営業マンみたいな外見をした男とはかけ離れている。

 その上、名前が田中一郎ってなんなの? 死神の名前としてそれで良いの? もっと死神らしい名前と言うものがあるのでは? まぁ、死神らしい名前と言っても何も浮かんでこないけれど……。

 そんな事を考えていたら、初対面の相手にとても失礼な発言をしてしまった。

「死神のくせに田中一郎なの?」

「はい、死神といえども、普通に名前がありますから……」

「いえ、名前が有るのは当然だと思うけれど、田中一郎はどうなのかと思って……」

「そう言われましても、生まれた時から田中一郎なのでなんとも言い様がありません。私にとっては何の問題も無いことなので、御了承いただけませんか?」

 田中一郎は少し気分を害した様だったが、一瞬薄いしわを眉間に浮かべただけで、今は営業用の微笑を取り戻している。

 確かに名前は自分が自分で有る事を意識する前から付いているのものだから、本人に言っても仕方が無いだろう。私は了承を表現する為に小さくうなずいた。先ほどの非礼を詫びる意味を込めた微笑みを付け加える事も忘れなかった。こうした小さな心遣いも男性の心を掴むには有効なのよね。プライベートはもちろん、仕事上の相手にも使える便利な技よね。でも、もう少し死神らしい名前だったら良かったのに……。


 そんな私の心の葛藤かっとうは気にもせず、田中一郎は話し始めた。

「それでは、貴女が置かれている立場と、冥界のシステムについて説明させていただきますが、よろしいでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします」

 私は、とりあえず田中一郎の説明を聞く事にした。


 説明を始めようとした田中一郎の目が、どこを見て良いのか迷う様に泳いでいる。さっきまでは私の目を見て話していたのに、今は下を向いたり左や右を見たりで視線が定まらない。定まらない視線のまま田中一郎が口を開いた。

「えっと……。失礼ですが、説明の前に一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「お願いってなんでしょう?」

「ええとですねぇ……。大変言いにくいのですが、僕も一応独身の男でして……。なんと申しましょうか? 貴女はとても美しくてスタイルも良い女性なわけで……」

 私のスタイルが良いのは自覚している。そう言うとちょっと傲慢ごうまんに聞こえるかも知れないけれど、スレンダー系の肢体に大き過ぎず小さ過ぎずのちょうど良いサイズのバストを携えている。時間の有る時にはジムにも通っているし、食事にも気を使っているから余分な脂肪は付いていない。だからなんだって言うのかしら?


 私は煮え切らない田中一郎の言葉に、イライラして来た。

「何が言いたいのよ! アンタ男でしょう。ハッキリ言いなさいよ!」

「は、はい。すみません。では、言わせていただきます。あのぉ、出来ればですが……。あっ、嫌だって言うのならそのままで構わないのですが……」

 私は田中一郎を睨み、声のトーンを落として言った。

「ハッキリしなさいって言っているでしょう」

「はい。あのう、出来れば服を着て頂けないものでしょうか?」

「服?」

「はい。私も独身の男として、貴女の様な素敵な女性が全裸で目の前いたのでは、興奮……。いえいえ、そうじゃなくって、気になって仕方が無いのです。どうしてもそのままが良いと御思いでしたらそのままでも構わないと言うか、それはそれで嬉しいと言うか……」

「だって、お風呂から出て来て服を着る前に死んじゃったんだから仕方が無いじゃない」

 田中一郎は合点が行った表情で左手のひらを右手のこぶしでたたいた。


「そうですよね。貴女はまだ幽霊になりたてですから説明が必要ですよね。すみませんでした。確かに亡くなられた時点ではその時の姿になっていますが、服装などは念じる事によって変更する事が出来るのです。例えばパジャマ姿で亡くなった人が、やはりスーツでないと外を出歩く気になれない場合とかに、自分のスーツ姿を念じるとスーツ姿になれるのです。ですから貴女の場合も、どの服を着たいかを念じる事によって服を着た状態になれるわけです」

 なるほどと思った途端に裸でいる自分が恥ずかしくなった。だけれど、田中一郎は私が全裸である事を最初からわかっているじゃない! それなのに今頃になって服の着方を知らせるなんてどう言うことなのよ! 最初に話すべき事じゃないの?

「そう言うことは早く言ってよね! さんざん人の裸を見てから言うなんて、あんたが変質者なんじゃないの!」

「いえいえ、その様な事は……。早く言おうかと思ったのですが、もしや全裸でいる事がお気に入りなのではと思い言い出せませんでした」

 田中一郎は、私の足元にあった視線をゆっくりと上にあげて私の目を見つめた。今は私の目を見つめている田中一郎の視線が、どこをどの様に見ながら私の目までたどり着いたのかを考えると怒りがこみ上げて来た。

「全裸が気に入っているわけ無いでしょう! このスケベ死神!」

 私は慌ててお気に入りの青いミニワンピ姿を頭に描いた。すると、今まで全裸だった私はお気に入りの青いミニのワンピース姿に変化していた。何だか美少女戦士の変身シーンみたい。

「いいわね。これは念じれば何度でも着替えられるの?」

「はい、何度でも着替える事は可能です。ただし、こちらの世界に居る時だけですが……」

「こちらの世界?」

 私は質問をしながら、何度も着替えてみた。ピンクのドレスやパンツスーツ、ついでに女子高生の制服やメイド服にも着替えてみた。どうやら自分の持っていない服にも着替える事は出来るらしい。最初に着たお気に入りの青いミニワンピに戻ったところで、田中一郎が話題を変えた。


「えっと、服を着て頂いたので、本題のシステム説明に入らせていただいてよろしいでしょうか?」

「あっ、はい。どうぞ」

 着替えに夢中だった私は我に返って田中一郎の話に耳を傾けた。


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