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このまま冥界に旅立つの?

 カナコが事件の詳細について話し始めた。

「ミホさんを殺したのは私です。でも、こんなに上手くいくとは思わなかったな。だって、ミホさんが濡れた手でスイッチを触るかどうかなんてわからないじゃない? それに、家庭用の電源で人が死ぬかどうかだってわからなかったから、ニュースを見た時には飛び上がって喜んじゃったわ」

 三十代刑事はカナコを見つめながら言った。

「今の話しは自白ととらせていただいてよろしいですね」

「はい、確かに私がやりましたから」

「では、なぜミホさんを殺そうと思ったのですか?」

 カナコは薄笑いを浮かべながら語った。

「ミホさんは私の彼を誘惑したんですよ。彼の様子がなんだか変なので追求したら白状しましたよ。ミホさんに誘惑されてホテルに行ったと……。どんな風に誘惑されたとか、ホテルでどんな事をやったかまで詳細に話しましたよ。ミホさんは仕事ではお世話になっていましたが、とんでもない女ですよ。あんな女は殺されて当然だと思いませんか?」

 刑事達によって、カナコは殺人犯として逮捕された。



「犯人も逮捕されたし、殺された理由もハッキリしましたね。これで思い残すこと無く冥界へ旅立てますね」

「こんな私でも生まれ変わる事が出来るのかしら?」

「安心して下さい。魂は浄化されますから。どんな人でも生まれ変わる事が出来ます。現世の行いなんて、死んでしまえば関係無いのです。さあ、冥界へ旅立ちましょう。私が入り口までご案内します」

「…………」

「どうしました?」

 死神の田中一郎が私を見ている。しかし、いまだに彼は私をさげすむような目をしている。きっと嫌な女の担当になってしまったとか思っているのだろう。だけれど、私だって自分が生きる事に一所懸命だっただけなのよ。その上プロポーズしてくれたユージだって、結局私の身体だけが目当ての変態男だったわけでしょう? 私の人生には、良いことなんか何も無かったわけじゃない。それなのに、死神にまで蔑まれて……。

 いったい私は何のためにこの世に生れて来たのよ! 私にだってプライドっていうやつがあるのよ。どうせ悪女ついでだしね。この田中一郎を少し困らせてやりたいなぁ。それからじゃないと冥界になんか行けないわ!


「ねえ、あんたと会ってから足掛け三日、ずっと私みたいな悪い女と一緒に居たけど大丈夫なの? 彼女が怒っているんじゃないの?」

 田中一郎は私を一瞥いちべつしてから足元を見つめて口を開いた。

「怒ったりしませんよ。仕事ですから……」

「仕事だからって、彼女の事を放っておくと浮気されちゃうよ。彼女、美人なんでしょう?」

「大丈夫ですよ。僕達の仕事はいつもこんな感じですから。それに、貴女のおかげでいつもより短時間で解決しましたからね」

「冥界に行ったら、この世の記憶は全部消されちゃうんでしょう?」

「はい、魂の浄化とはそう言うものですから」

「実はもうひとつ心残りがあるのよね」

「もうひとつ? それは何ですか?」

 私は田中一郎の顔を見つめていた。


「ねぇ、あんたの彼女に会わせてよ。冥界に旅立つ魂への餞別せんべつみたいなものよ。そのくらい良いでしょう?」

「餞別? 僕の彼女に会うことがですか?」

「そうよ。あんたの話を聞いていたら、どうしても会いたくなっちゃったのよ」

「彼女に会ったって仕方が無いでしょう? なにかたくらんでいますよね?」

「なにも企んでなんか無いわよ! 私の為にあんたと彼女が別れる様な事があったら寝覚めが悪いじゃない。あんた達が会っている間、私は部屋の隅っこで壁とにらめっこしているから。ね、彼女に会いに行こうよ」

 田中一郎は困った顔をしていたが、意を決した様に立ち上がった。

「じゃあ、行ってみましょうか。でも、彼女と会ったら、ちゃんと冥界に行って下さいよ」

「オッケー。約束するわ」私はそう答えると勢いよく立ちあがった。


 田中一郎の案内で彼女の家へ向かった。死神の彼女がどんな所に住んでいるのかと思ったら、そこは普通のマンションだった。

「あんたの彼女も死神なんでしょう? こんな普通のマンションに住んでいるの?」

「死神だって、こっちの世界では人間と同じ様に生活していますよ」

「でも、あんた達の姿は人間には見えないんでしょう? 見えないと困るじゃない。部屋だってどうやって借りるのよ」

「見えた方が良い時には見える様にするだけですよ。今は人間にも見えるし話だって出来るようになっていますよ。貴女と話す声は聞こえないようにしてありますけれど……」

「へぇー、便利な技を持っているのね。私には出来ないのかなぁ」

「貴女には無理ですよ。死神の特権ですから」

「そうなの? ザンネン」

 田中一郎はエレベーターを使って、彼女の住む階まで行き、インターホンのボタンを押した。「はーい」と言う返事と共に田中一郎の彼女が玄関に現れた。確かに美人だ。

「どうしたの? 仕事中じゃないの?」

「仕事中だけれど、この人が君に会いたいって言うから連れて来ちゃった」

「なんで? この人、対象者でしょう? 連れて来ちゃダメじゃない!」


 田中一郎が彼女に叱られている様も面白いけれど、このまま帰る羽目になるとつまらないから私から事情を説明した。

「一郎さんがね、自分の彼女は美人だって言うから、ならば会わせてって私がせがんだの。そうしたら、一郎さんは『今は君だけを見ていたい。だから彼女に会いには行かない』なんて言うんですよ。酷いですよね。それでも無理にお願いしたらしぶしぶ連れて来てくれたの。でも、美人なうえにやさしそうな人で良かったわ。だって、私とこんな関係になってしまっても許してくれそうじゃないですかぁ」

「こんな関係ってなんですか! いいかげんな事を言わないで下さい」

「あなたは黙っていて!」

 田中一郎が焦っている。なんとか私の言葉を止めようとしたけれど、彼女の制止に抗えずに黙った。私を蔑むような目で見ていた罰よ。

「それは……、男と女がずっと一緒に居るんですもの……。解りますよね?」

「そうなの!」

 彼女に睨まれた田中一郎は真っ青な顔で弁解を始めた。

「いや、全部嘘だよ。この人は最悪な女なんだ。友達の彼氏を奪ったり、後輩の彼氏とホテルに行ったりするような女なんだ。頼むから僕の事を信じてくれよ」

 私はもうひと押しする事にした。

「ひ、ひどい! あんな事までしておいて、酷い女だなんて……」

 私は座り込んで泣きだした。ちゃんと涙だって出ているわよ。そのくらいの事は私にとっては造作もないこと。でも安心して。もう少しいじめたら、彼女に本当の事を話してあげるからね。


 田中一郎の慌てぶりを充分楽しんだ後、私は本当の事を彼女に話した。

「ごめんなさい。そんな関係にはなっていません。私の事を蔑んだ目で見るから、ちょっと仕返しをしてやろうと思っただけなの」

 彼女は私の言葉に微笑を浮かべながら言った。

「そんな事だろうと思ったわ。この人、女心なんか全然解っていないから……。あなたはもう少し女心を勉強しなくちゃダメね」

 鋭い中にも優しさを漂わせた視線を田中一郎に向けて言った。

「何だか幸せそうで良いなぁ。どうして私は幸せになれなかったんだろう? 死んでから解ったけれど、私って誰にも愛されていなかったのよね」

 彼女はそっと私を抱きしめて言った。

「大丈夫よ。次の人生はきっと素敵な人生になるわ」


 私は彼女の言葉に救われた気持ちで冥界へと旅立った。

 田中一郎とその彼女が冥界の入り口まで送ってくれた。

「ありがとう。お世話になりました」

「どういたしまして、次の人生では幸せになって下さいね」

 私は田中一郎とその彼女に手を振って、冥界の門をくぐった。



「まったく! あなたっていう人は……。なんとか納得させられたから良い様なものの、完全に彼女に主導権を握られていたじゃない! もっとシッカリしてよね!」

 田中一郎はこうべを垂れて、黙ったまま彼女の言葉を聞いている。

「あーあ、熱心に口説くから他の死神の誘いを全部断ってあなたに決めたのに……。それなのに、今では私の部下じゃない! 今回だってあんな女に手玉に取られて……、情け無いって言ったらありゃしないわ!」

「ゴ、ゴメン」

「ゴメンじゃないわよ! いいかげんに独り立ちしてよね! 毎回毎回私を頼って……」

 田中一郎は彼女の小言を聴きながら、虚空を睨むように何かを考えている。

「うん、助かったよ。でもさぁ。神様って本当にいないのかなぁ」

「今度は何を言っているのよ」

「神を否定した場合、僕たちの仕事や魂浄化のシステムは誰が作ったんだと思う? システムを造った神様はもういないのかなぁ? 死んじゃったのかなぁ?」

「神がいようがいまいが、死んでいようが生きていようが、そんなことは私たちが考えることじゃないわ。私たちは与えられた職務をまっとうする事だけ考えて居ればいいのよ」

そう言いながら彼女は田中一郎の手を引いて、ベットルームへと消えていった。


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