別れの朝。
この世界での梅雨が過ぎ、圭太と未央は始まりの街を旅立つ支度をしている最中だった。
先日、圭太は魔王化を果たし、異能を手に入れた。そして未央と色々相談しあった結果、この街を出ていくことにした。
そしてその支度ももうそろそろ終わりそうなのだが、かれこれ半日やっているのだ。
「ちょ、お前なにやってんだよ!?」
「見て分からないの?!見てないで助けてよ!」
ガッシャンゴッシャン、荷物を積んではそれが崩れ、それの無限ループ。
そんなことを半日も続けていれば両者もさすがに神経がピリピリしてくる。
何故その様なことになったか、それはこの世界にはRPGゲームの様に自由にストレージ内の荷物の移動ができないからだ。
最大二〇〇個のアイテムを収納兼持ち運びができるバッグ機能はある。そして、自宅もしくは借り部屋にも最大一〇〇〇ものアイテムを収納できるストレージがあるのだ。しかし、次の街へ移動するときなどには自由にストレージ内のアイテムを移動することができないのだ。
そんな意味の分からんルールに思うように踊らされている、ちょっとおバカな二人の男女も、その長い戦いにそろそろ終止符を打つようだ。
「これで最後だ未央!全部引っ越し用ストレージにぶっこめ!」
「わかったわ!せぇ、の!」
ストレージに入れられたアイテムはまるで底なしの闇に吸い込まれるように入っていった。
圭太たちが考えたお引越し方法。それは、複数のストレージを街の雑貨屋購入し、その中にバッグに入れる必要のないアイテムを入れ、そしてそのストレージをバッグの中に入れようという算段だったのだ。
そしてそれもうまくいって見事ストレージ五個分に抑えることができた。
圭太が三個、未央が二個だ。アイテム数でいえばストレージ一つで一〇〇〇個収納できるので、前者が三〇〇〇、後者が二〇〇〇だ。
かれこれ半日がけでようやく引っ越しの準備も終わり、短い間だったが、お世話になった宿屋のおばちゃんに挨拶をしに行くことにした圭太。
「未央。俺ちょっとおばちゃんと話があるからちょっと待っててくれ」
準備は終わったというのに何か作業をしていた未央の返事は上の空だった。
部屋を出て階段を下りていく。この景色を見るのも今日で最後かもしれないと思うと少し感慨深くなった。階段を下りるとすぐそこはロビーになっており、その落ち着いた、どこか懐かしい感じが圭太はとても好きだった。そして、そのロビーの右手にここの宿主は居る。
「よっおばちゃん」
「あら圭太じゃない。引っ越しの準備は終わったのかい?」
「あぁおかげさまでな・・・」
先ほどまで苦戦していたことを思い出すとため息と苦笑いしか出てこなかった。
「おばちゃん、短い間だったけどありがとう。料理、うまかった」
圭太の心からの感謝の言葉に宿主はあっけにとられていたが、それも束の間、すぐにその瞳からひとすじの雫が流れていった。
「まさかあんたの口から感謝の言葉が出てくるなんてねぇ。でもまぁそういうことなら受け取っておくよ」
「素直じゃねぇなぁ」
「あんたに言われたくないね」
そんあな軽口を叩きつつ圭太はもうそろそろ出ていく時間だと自覚した。いろいろお世話になった宿主は感謝してもしきれない存在だ。こうして圭太の『大切なものリスト』にまた一人追加された。
「未央ー!もう行くから荷物持ってこーい!」
二階にいる未央に叫び、圭太は別れの悲しさを誤魔化した。二階から下りてきた未央は圭太の隣に並び最後の挨拶を共にした。
「いろいろお世話になりました。いつかまたここに来ますね。それまで健康でいてくださいね」
宿主は無言でその言葉に頷いた。そして圭太と未央は毎日この宿から出ていくとき、決まって言っていた言葉を旅立ちの合図とした。
「「いってきます」」
宿主は満面の笑みでこう返した。
「あぁ、いってらっしゃい」
どうも岸浦駿です。ここからは第二章「王都編」に入っていきます。
長い物語になるかもしれませんが、どうぞお付き合いよろしくお願いします。




