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99.始まりの町

 ぼんやりとした意識の中、視界に映っていたのは小柄な影。

 ゴスロリ風のドレスを纏ったその少女には見覚えがある。

 確か、称号獲得イベントの時の……。

 と、そのとき少女の顔がこちらを向いた。


「む――汝か。悪くない闘志だったぞ」

「ど、どうも……?」

「このようなところで現を抜かしている暇はあるまい。疾く戻るがいい」


 労いのような言葉を掛けられたと思ったのも束の間、少女が軽く手を振ると意識は拭い去るように薄れていく。

 そして――。


「ん……」

「あ、アレンさん? 気付きましたか?」


 何か変な夢を見たような……。

 曖昧な記憶に首を傾げていると、身体の下に柔らかい感触。

 って――。


「く、クリス!?」

「済みません、ちょっとうまく着地できなくて……」


 何故か押し倒す形になっていたクリスの上から慌てて飛びのき、彼女が身を起こすのを助ける。

 加速の効果が切れて反動が来ているのか。

 そこから連鎖的に直前の記憶が蘇り、咄嗟に空を見上げる。


 空間に満ちていた闇は晴れ、穢れに侵された世界軸(アクシズ)も再び見えるようになっていた。

 その手前では、黒ずんだ塊のようになった巨体が今まさに朽ち果てるところだった。


 ……しまった。

 さっきから小さく聞こえていた声はバルティニアスのものだったか。聞き逃してしまった。

 その内容が龍神としてのものだったのか、それとも僕らプレイヤーにこのデスゲームを強制した開発者としてのものだったのかを窺い知る事はもはや出来ない。


「それよりクリス、もしかしなくてもあの高さから僕を抱えて落ちたんだよね? HPは大丈夫なの?」

「はい。少し足元がふらついてあんな事になってしまいましたが……」

「あー……ごめん。最後まで世話かけるね」

「そんな、最後なんて――」

「――お、二人とも元気そうだねぇ」


 クリスと話していると、後ろから声を掛けられた。

 振り向くとそこにはエイミとルッツ、エンドが立っていた。


「良かった、みんな無事みたいだね」

「ははっ、お前がそれを言うのか! こん中じゃ一番心配されてたんだぜ?」

「アンタも人の事言えないだろうに」


 快活に笑うエンドと、それにジト目で突っ込むエイミ。

 いつも通りのその様子に、張り詰めていた心がようやくほぐれていくのを感じる。


「っ……」

「クリス?」


 ふと、クリスが何かを感じ取ったように顔を上げた。

 つられて僕もその方向を見た時、聳え立つ光柱が一段と強い輝きを放つ。


「目っ、目が――!?」


 白く塗りつぶされた視界。

 瞬きを繰り返して視力が回復するのを待っていると、周囲の空気が変わったのに気付いた。

 ここは……。


「……始まりの町?」


 自分でも半信半疑のまま、誰にともなく呟く。

 見間違いでも記憶違いでもない。

 そこは全てが始まった場所――そして、最初に失われたはずの町だった。

 時間を考えればまだ夜が明けているはずはないのに、晴れ渡った空には力強く輝く太陽。

 同様に転移してきたらしい他のプレイヤーたちも困惑した様子で顔を見合わせている。


 ……それから少しの混乱を経て掲示板に纏められた情報によると、ここは正真正銘の始まりの町。

 崩壊していた浮遊大陸シガロフは元の姿に再生し、生き残ったプレイヤーたちは全員ここに転移させられたという事らしい。

 ステータス画面の端にはログアウトボタン、そしてその隣には竜化している時のような時間カウント。

 これがこの「アクシズ・オンライン」に残された時間という事なのだろう。


 セラさんやタイラーさんといった、お世話になった生産職プレイヤーの元を回って生還の報告とこれまでのお礼を済ませた後。

 どちらからともなく二人で離れて行ったルッツ、エイミと別れ、僕とクリスもいつかの奈落の町へ戻った時のように人気の無い場所へ向かう。

 同じような目的の人も少なくないだろうに、相変わらず勘の冴え渡るクリスの先導で首尾よく手頃な場所へ辿り着く。


「……後を付けてきているのは分かっています。出てきなさい」

「はいはい、っと。せっかく生き延びたのにこんなトコで射殺されちゃたまりませんからね~」

「ん……?」


 町の中は非殺傷圏で、攻撃はおろかHPが減る事も無いんだけど。

 降参というように両手を上げて建物の影から現れたのはいつも通りのジャックだった。

 いや、いつも通りと言うには少し語弊があるかもしれない。

 何がと言えば、声が違う。

 それもどこか聞き覚えがあるような……?


「それで、何の用です?」

「別に~? このゲームを終える前に、最後に話したい人が居ただけですよ。ね、ア・レ・ン・さん?」

「まさか……」


 含みのある声でそう言うと、ジャックはこれまで一度も外さなかった仮面に手を掛ける。

 もう片方の手が動いているのは、ステータス画面を操作しているのだろうか。


「次に会う時は向こうの病院ですかね? それでは、お邪魔虫は退散という事でっ」


 芝居がかった仕草で一礼すると、ジャックは仮面を空に放り投げる。

 次の瞬間、それが最後の手品とでも言うかのように道化師は姿を消していた。

 後に残されたのは天に伸びる一筋の光柱だけ。


「……女の子、でしたね」

「……うん」

「……お知り合い、ですか?」

「……後輩。リアルの方の」

「そうでしたか……」


 何というか、最後の最後で色々持っていかれた気がする。

 同時に今までよく分かってなかったジャック関連の諸々が繋がってきて――。


「あ、アレンさん!」

「っと……ごめん、クリス。どうかした?」

「向こうに戻っても、会っていいでしょうか」

「もちろん」


 クリスの声で意識を引き戻される。

 告げられたのは単刀直入にも程がある問い。

 出会った頃からでは考えられないような大胆さが、今となってはこんなにも彼女らしい。

 なら、僕の返す言葉も決まっていた。


「……良かった…………! 約束、ですからね」

「うん。えっと……それじゃ、名前も知ってた方がいいよね。…………」

「アレンさん?」

「……竜仙(りゅうぜん)。竜仙飛鳥(あすか)……最初に名乗るには、ちょっと恥ずかしい名前だけど」

「そんな事ありません。素敵な名前だと思います。……でも、アレンさんの名前はどこから?」

「あで始まる適当な名前。ゲームじゃ昔から使ってるんだ」


 なんとなく照れくさくなって、【駆影術】で屋根の上に場所を移す。

 すぐ屋根の上まで跳んできたクリスと並んで腰を下ろすと、陽光に照らされても変わらず輝く世界核(アクシズ)の光柱が遠くに見えた。


「私は……島津、(あきら)です。プレイヤーとしての名前は……本名がこんなのですから。ちょっとでも女の子らしい名前を、と思って」

「良い名前だと思うよ、どっちも。凄く似合ってる」


 ……鬼島津の称号が脳裏をよぎった事は墓場まで持っていくとしよう。

 それに普段の繊細な姿、戦いの時の凛々しさ、力強さ。そのどれもが現れた名前だと思うのは本心だ。

 ふと振り向いたクリスに倣って後ろを見ると、町の至るところから光柱が伸びていた。


「皆、戻ってるみたいだね」

「そうですね」

「……それじゃ、あきら」

「飛鳥さん」

「「また向こうで」」


 ステータスを操作し、同時にログアウトボタンを押す。

 マップを切り替わる時の慣れ親しんだ感覚が僕を包み……こうして、僕は浮遊大陸シガロフ(アクシズ・オンライン)に別れを告げた。



 一難去ってまた一難と言うべきか。

 現実に戻ってからも、僕らはまた別のトラブルに見舞われる事になるんだけど……それはまた別の話。

というわけで完結です。

拙い作品でしたが、最後までお付き合いくださった皆様に感謝を。

来週からは現在火・水曜に更新している「更生魔王の帰還」を月曜日にも更新していきますので、

よろしければそちらの方もお願いします。

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