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97.バルティニアス――5

「――はい、ストップです」

「っ、なんで……!」

「もちろん理由はあるので少し落ち着いてください」


 ステータスが回復するや否や【駆影術】で転移しようとするも、変わらず指示を飛ばし続けるニムエに腕を掴まれる。

 魔法職さえ振りほどけない自分の貧相さを恨んでいると、指示に一区切りついたところでニムエが諭すように口を開いた。


「先に確認しますけど、アレンさんの残る竜化手段は正規のものと比べて劣化するんですよね?」

「……多少は」

「能力低下も問題ですが、一番は制限時間です。特に今回は相手が相手、切り札なら切るタイミングを誤るわけにはいきません」

「そうやって手を(こまね)いていたら――」

「なら、アレンさんは決着までこの状況が続くとお思いですか?」

「っ……」


 意図的なものか淡々とした口調で説かれるニムエの言葉は正論で、言い返す事が出来ない。

 確かにこのままバルティニアスを押し切れるヴィジョンはまるで見えないし、同時に今の劣勢のままただ前衛が磨り潰されていくとも思えない。

 奴ならあと一度……下手したら二度は更に大きく押し込んでくるだろう。


「分かったら今は大人しくしていてください。勝利の為に」

「…………分かった」


 今の僕に出来る事といったら、精々【ブレスエンチャント】の属性付与くらいだ。

 それも別に属性攻撃を要求されない今はほぼ無用だし、仮に必要だったとしてもわざわざ僕を頼る理由は皆無。

 だから、せめて何かを掴めるよう戦場を見つめる。

 いずれ来る激突に備え、敵の動きに対処する動きを構築していく。


「――【名も無き死槍】っ」

「グルル……」


 終盤になりプレイヤーの火力も上がってきた中、なおトップクラスの威力を誇り続けるエイミの破壊魔法。

 迫る漆黒の奔流を、龍神は交差させた両腕で受けた。

 すぐに再生が始まるとはいえ片腕には穴が開き、もう片方の腕からも煙が上がっている。

 エイミの一撃に乗って他のプレイヤーたちも攻勢に出る中バルティニアスは更に後退、身体を翼で覆うように構える。


 この戦闘が始まって初めて、バルティニアスの攻撃が止んだ。

 だが、それを防御と判断する事はとてもじゃないが出来なかった。

 ニムエからもHPを最大値に保ち、防御支援(バフ)を重点的に重ねるよう指示が飛ぶ。

 耐久に不安があるプレイヤーは中距離まで下がり、僕らの周りでも範囲防御スキルを持つ盾職がスタンバイに入った。


 ……龍神の動きは防御ではなく力を溜めていたのだと、その事が明らかに現れたのはすぐ後。

 何のエフェクトが発生したわけでもない。

 だというのに、沈黙するバルティニアスの元で力が高まっていくのを確かに感じる。

 そして、それが臨界点を迎えた時――。


「――グルォォォオオオアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 翼を開き、両腕を開いた龍神の前にあったのは混沌の球体。

 プレイヤーというプレイヤーが防御の構えをとり、盾職のプレイヤーが防御スキルを発動させ、誰かが龍神に向かって何かを投げつける。

 おそらくそれは誰かの切り札の一つ、いわゆるユニークアイテムの類だったのだろう。

 大砲のように放たれた球体は、投げつけられた何かに吸い込まれ一度収束。

 直後に何かが割れるような音が響き、地面全域が爆発するように混沌が溢れ出した。


 刹那の時間に破壊音が連鎖する。

 防御スキルを喰い破った攻撃が届く寸前、こちらに振り向くニムエと目が合った。

 言葉を交わすには到底足りない時間でも、その意図が分からないわけがない。

 馬上から飛び上がり【逆鱗】を発動。

 黒竜の姿を取り戻すと同時、混沌の激流が俺たちを呑み込んだ。

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