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96.バルティニアス――4

「そういうわけですがアレンさん、落ち着いてくれました~?」

「……こんな状況で、そう落ち着けるものでもないと思うんだ」

「大丈夫みたいですね~。じゃ、アレンさんは軍師(ニムエ)サマのところに向かってください。あの人が一番適切な指示を出せる立場ですから」

「分かった」

「念のためクリスさんも一緒に行ってもらいますかね。送り届けた後は……それもニムエさんに聞くのがいいでしょう」

「あなたは?」

「皆さんの援護に戻りますよ~。アレンさんは、貴女が居ればまぁ大丈夫でしょう」

「……気を付けて」

「もっちろん。貴女こそアレンさんをお願いしますよ? ほら、さっさと行っちゃってください」


 ジャックに送り出され、クリスと二人でニムエが居る方向へ走る。

 今なら実質ワープと同じ感覚で使えるとはいえ、【駆影術】には視覚で認識した場所へしか移動できないという制限がある。

 それに極限状態の戦場で他のプレイヤーの近くに転移すれば万が一の事故が起きる可能性もあったから、クリスがついてきてくれるのは心強い。

 流れ弾を躱しながら駆ける事しばらく、僕らは大勢の後衛に囲まれ指示を飛ばすニムエの元に辿り着いた。


「ジャックさんから事情は聞いています。アレンさん、ステータスはどうですか?」

「まだ回復してないよ」

「分かりました、回復した時は教えてください。――クリスさん」

「はい」

「貴女にはアレンさんが復帰するまで前衛に加わってもらいます。お願いできるでしょうか?」

「ええ、大丈夫です」

「クリス! ……どうか、無事で」

「心配しないでください。無理はしません」


 思わず呼び止めると、クリスは一度だけ振り返って前線へ……一人また一人と力尽きていく死線へ飛び込んでいく。

 その時、バルティニアスが翼を大きく広げた。


「っ――、後衛の皆さんは退避、盾職の方は最寄りの後衛の援護に備えてください! 前衛の方々は移動の準備を!」

「グルォオオアアアアアアアアアッ!!」


 ニムエが連絡用のアイテムに叫んだ直後、その声を掻き消すように龍神の咆哮が轟いた。

 翼を数度羽ばたかせると、バルティニアスの巨躯が宙に浮きあがる。

 狂気と憤怒に染まった瞳の見据える先は――僕らの方向。


「アレンさん、乗ってください!」

「え? あ、ちょっ――」


 よく分からないうちに、僕は周りにいたプレイヤーの手でニムエの乗る馬へ押し上げられる。

 一目散にその場を離れる馬の上から振り向くと、そこには迫るバルティニアスを食い止めるルッツたちの姿があった。

 味方にどれだけの犠牲が出たのか、或いはうまく被害を抑えられたのかは僕には把握しきれない。

 けれど、少なくとも僕らの周りから新たな犠牲者を出す事なく態勢を立て直す事が出来た。


 そこからはある程度パターンに当てはめられる戦況が続いた。

 特殊効果は無いものの動きを乱す強風を織り交ぜてくる接近戦、そして時折後衛にターゲットを移し距離を詰めてくる動き。その中に例のブレスとバフを無効化する爪の一撃を噛ませてくる。

 一見単調な動きの中タイミングを見計らって大技を狙うその動きは、向こうも僕らを攻略しようとしてきているのだという事を強く認識させてきた。


 指示の合間を縫ってニムエが説明してくれたところによると、今拮抗を保てているのは前衛が倒れた穴を中衛等とにかく前衛もこなせるプレイヤーに補ってもらっているかららしい。

 これまであらゆる面で臨機応変に活躍してきた彼らの働きは今回も目覚ましいものだ。

 だけどそれ故に、前衛としての彼らに特化したプレイヤーを上回る事は出来ない。

 単純に前線を支えられるプレイヤーの人数の問題以上に、目に見えないところでその限界は潜んでいた。


「【開演(オープン)狂迷戯界(クレイジーサーカス)】っ」

「【邪神の怨嗟】!」

「グルッ……!?」


 再び飛び立とうとしたバルティニアスを、小道具の雨と黒煙の鎖が押し留める。

 そこに遠距離・近距離を問わない無数の追撃が続き、龍神を釘付けにする事に成功した。

 攻撃を重ね、或いは各々の切り札を切る事によって与えてきたダメージは決して少なくない。

 だが、それと同時に味方もまた少しずつ倒れていく。

 その時――。


「っ……ニムエ! ステータスが戻った!」


 開き続けていたステータス欄、その能力値が見慣れたものへと回復した。

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