94.バルティニアス――2
「グル……」
「チィッ!」
ダメージが通った手応えは確かにあった。
だが、龍神の身体は小動もしない。
堕天使と違って人間味などまるで感じられない、憎悪と狂気に燃える瞳。
それとは別に、その口元に収束していくエネルギーが可聴域ギリギリの高周波を響かせた。
受けるという選択肢は無い。
咄嗟に距離をとりつつ予測される射線から身体を外す。
「――ガァァアアアアアアッ!!」
エネルギーはブレスとして解放された。
本来なら不可視らしいそれを視覚的に認識できたのは竜の眼あっての事だろう。
口元から放射状に放たれたそれを躱しきるのは困難と判断した俺は、せめてダメージを少しでも抑えるべく【竜殻】を起動しつつ全力で下がる。
衝撃は数秒後に訪れた。
「ぐッ……!?」
想像以上のダメージに、噛み締めた口の端から呻きが漏れる。
ラスボスの攻撃を甘く見ていたとか、そういうのとは少し話が違う。
身体に刻まれた傷跡状のエフェクトから察するに、おそらくルシフェラの魔剣と同類のデバフ。
そしてこの身体を突き抜けてくる感じは防御貫通の類か。
地上に撃たれたら拙い。だが……。
同時に確認した俺自身のHPバーもまた、三割ほど持っていかれていた。
デバフの影響か、HPはこの瞬間も徐々に減少していっている。
まさか今のブレスがコイツ最大の攻撃という事はあるまい。
となれば……下手を打てば即死する可能性だって、決して低くない。
まぁ俺だって元より正面きってサシで殴り合うつもりはない。
爪を振りかざすバルティニアスから地上の援護射撃を盾にして逃れ、そのまま仲間の元まで高度を下げる。
「あの傷、まさか――」
「視認困難なブレスを確認! 防御貫通の広範囲攻撃、お察しの通りルシフェラの魔剣と同じデバフが掛かってる!」
一撃喰らって得た情報を伝えると、プレイヤーたちの間にざわめきが広がった。
俺はルシフェラと殴り合っているうちにある程度耐性をつける事が出来たが、あくまでゲームとしての戦闘経験しか積んでいない俺たちにとって強い痛みってのはそれだけで凶悪なデバフだ。怯むのも無理はない。
……だからこそ、多少の混乱を伴うとしても先に知らせておく必要があった。
ヒーラーのおかげで回復していくHPをありがたく思いつつ、俺を追う形で上空から降りてくるバルティニアスの姿を見据える。
あのブレスを撃たせるわけにはいかない。
なら、接近戦の方がまだ対処のしようがあるか。
「っくぜオラァ!」
「「「ォォォオオオオオッ!!」」」
エンドを筆頭に突貫していくスピード型近接組を飛び越え、俺はバルティニアスが下がれないように背後へ回り込む。
これで俺に向き直ってくるようなら他のプレイヤーが背後に集中砲火を浴びせる形になるが……対する龍神は双方を相手取るようにその場で構えた。
「グルッ……」
「逃がすかよ! 【竜爪・紫電】【竜閃】!」
その体勢のまま下がって後衛から戦線を引き離そうとするバルティニアスを牽制し、その場に押し留める。
……それで、ようやく互角。
俺と前衛の削りに後衛の遠距離砲火が合わさった攻撃は確かにその防御を抜いてダメージを与えられている。
その総量はこれまでのボスを数度倒して余りある程だろう。
だが、龍神は怯む気配も見せない。
繰り出される攻撃は一撃一撃が躱し難い箇所を的確に狙い、防御してもその上から命を大きく削っていく。
ブレス同様、俺でも一対一で打ち合っていれば押し負けるレベル。
それが生身のプレイヤー相手ともなれば、少しでも回復が間に合わなければ何度死んでいてもおかしくない程だ。
相手の出方次第では、いつ壊滅してもおかしくない戦線。
盛れるだけのバフを盛ってこの状態だ。プレイヤーの側からそれを覆す術はない。
ならばせめて、相手がどう動いても対応できるようにしておく必要がある。
そう考えていた時だった。ふと、龍神の攻勢が緩むのを感じた。
疑問に思うのとほぼ同時、俺の耳が捉えたのは微かな高周波。
「させっかよ――【砕山衝】!」
「【滅龍撃】ッ!」
「【ブラスティングブレイカー】!」
「【マッシブインパクト】ォッ!!」
「ガッ――」
予兆に反応した俺以外のプレイヤーの攻撃も合わさり、その威力はブレスをあらぬ方向へ逸らす事に成功した。
だが。
攻撃を受けて体勢を崩したバルティニアス、その右手にブレス以上の力が収束する。
「野郎、ブレスを囮に……!」
ルッツたち壁役は間に合わない。
エンドたち前衛にも防御する余裕は無い。
それ以上の事を考えている猶予は無かった。
【竜殻】等数少ない防御スキルを全て発動させ、プレイヤーたちと龍神の間に割り込む。
「っ……アレンさん、駄目――!!」
クリスの叫びが聞こえた気がした。
直後、防御の何もかもを打ち砕いて衝撃が全身を貫く。
何が起きたか認識する間もなく、俺の身体は大きく吹き飛ばされた。




