93.バルティニアス
「っ――」
門を抜けた瞬間、身体を包んだのは一瞬の浮遊感。
次に目を開いた時、そこは大理石に似た素材で作られた巨大な部屋だった。
辺りにはほぼ同時に転移してきたと思しきプレイヤーたちの姿。
そして眩い光に目を細めつつ見上げれば、数十mもないような距離から天を衝く純白の星核が聳えている。
その根元でドーム状にわだかまっているのは黒い汚濁。
星核を蝕もうとするそれは、鼓動のような一定のリズムで不気味に脈打っていた。
「総員、警戒態勢っ!」
吸い込まれるような静寂を軍師の声が切り裂き、僕らは反射的に近くのプレイヤー同士でまとまって身構える。
――ドクン、と一際強く汚濁が脈打つ。
瞬きするより早く爆発するようにドームが巨大化し、僕らは反応一つできずにその中へ呑み込まれた。
「ぐっ……」
「アレンさん、大丈夫ですか?」
「うん。心配しないで」
物理的に伸し掛かるような重圧に小さくよろめく。
辺りの空間はどこか神聖な雰囲気を纏っていたさっきとは一変し、全てを拒むような禍々しさに溢れていた。
だというのに……不思議と、馴染む。
この空間に対して感じる気味の悪さは本物だ。
しかし、身体の表面と奥深くが重なるような……そして空間が自分自身の身体の延長になるような感覚もまた、確かな実感を伴っていた。
「グルル……」
「ひっ――!」
空間の奥で低い唸り声が響き、誰かが小さく悲鳴を上げる。
薄暗い空間に浮かび上がる血走った眼。
元は真珠色に輝いていたと思われる全身にもまた、暗く濁った血管がびっしりと浮かび上がっていた。
竜化した僕を二回り以上は確実に上回る巨体がのそりと蠢き、開いた口へと空気が吸い込まれていく。
「――ガァァアアアアアアアアアアアッ!!」
そして。最初に見た時より遥かに禍々しい姿となった龍神が、雄叫びと共に飛び上がった。
「【加速の号令】!」
リューヴィの支援スキルが発動し、体感速度と実際のスピードが共に底上げされた。
全域が薄暗いこのフィールドに、影というような影はない。
しかし水中をかき分けるような独特の感覚の中、僕は確信めいた思いと共に【駆影術】を発動する。
果たして、スキルはこのフィールド全域を影に覆われた領域として認めたらしい。
僕の身体はバルティニアスの更に上空へと転移し、その背を見下ろしていた。
「【起動:竜化】」
詠唱により、周囲の邪気さえ取り込んで俺の身体が黒龍へと変じる。
眼前には全ての元凶。
コイツのせいで、多くのものが犠牲になった。
俺も、仲間も、数えきれないものを奪われた。
「グルッ……」
気配を察したバルティニアスが振り向こうとするのを気にも留めず、俺は宙で身を翻す。
俺の力は全て、今この瞬間の為に。
――まずはこれが、最初の一撃。
「喰らいやがれッ……【旋月】!!」
防御した腕ごと地に叩き落とすつもりで放った一撃。
その余波は轟音と共に、空間全体を大きく振るわせた。




