91.星核・下層――5
「僕が行こうか?」
「いや、まだ大丈夫だ」
一度竜化して立て直そうかという提案に、しかしルッツは首を横に振る。
ここは影も少ないから【駆影術】で走り回るわけにもいかない。
歯痒い思いはあるけれど、今は状況を見守る事にする。
「エイミ、頼めるか?」
「いいよ、任せな! 【ヴァニティプレッシャー】ッ!!」
「ガッ!?」
「ここだ――【エレメントガード】」
飛び出していったエイミの大鎌に宿った闇は、脆い敵なら文字通り微塵に打ち砕く凶悪な重力。
その一撃が青竜の突進を止め、そのタイミングでルッツが【エレメントガード】を展開。完璧なタイミングで水蛇たちを受け止める。
「むっ……」
しかし、その直後にルッツは厳しい表情で顔をしかめる。
その視線の先では、結界から弾き出される形になった水蛇たちが諦めずに攻撃を繰り返す姿があった。
……アイツら消えないのか。
名前も表示されないし特殊攻撃のエフェクトの類であってほしいと思っていたけれど、どうやら水蛇たちは召喚された取り巻きエネミー扱いらしい。
見た感じかなり火力の高い水蛇たちを隔離できた事は大きいけど、【エレメントガード】の効果時間は無限ではない。
さて、どう動く……?
声が掛かればいつでも対応できるよう身構えていると、ルッツは剣を納め青竜から距離をとった。
「……アレをやる。時間稼ぎを頼めるか?」
「ボス単体なら余裕だね」
「間に合いますか~?」
「ああ。【エレメントガード】の効果時間が終わるよりは早いはずだ」
短く言葉を交わしながら、それまで後方から援護していたクリスとジャックも少し前進する。
エイミの火力は【破壊魔法】を抜きにしてもトップクラスだけど、ボスが相手では単純に攻撃は最大の防御とは言い切れない。
でも、そこにクリスとジャックの援護が加わる事で均衡はギリギリ保たれる。
そして生じた小さな振動は、やがて部屋を揺るがすまでに大きくなり――。
「――行けっ!」
「ガギャァァアアアア!?」
地面から溢れ出したマグマはルッツの声に応じ、エイミたちを器用にすり抜けて青竜を呑み込んだ。
ちょうどそのタイミングで【エレメントガード】の結界が砕け散るも、むしろ好都合とばかりに熔岩の奔流は水蛇たちにも襲い掛かる。
立ち込める水蒸気の向こう側に目を凝らすと、そこでは滝壺へ逃れようとする青竜をマグマが押し留めているのが見えた。
この能力は確か【好敵手の勲】と言ったか。
水蛇を生み出すために必要らしい滝壺への接近を抑えつつダメージも与えられるこれは、青竜の天敵と言えるだろう。
ただし、強力な能力だけあってコストも大きい。
熔岩を自在に操る第一段階の場合、それは武器の耐久の急激な減少であると聞いた。
ルッツは滝壺を背にするように回り込むと、能力を第二段階に移行させた。
騎士が構えた盾へと熔岩が吸い込まれていき、その色を紅に染め上げる。
「ギャオオオオオ――」
「【ダッシュガード】」
「――ッ!?」
第二段階の能力は、そのマグマを防具に付与する事。
赤熱した盾は青竜の突進を正面から受け止めるだけの防御力を誇り、更にその熱によってダメージさえ与える。
難点といえばこの状態も、盾の耐久を凄まじい勢いで削っていく事だけど――。
「よっしゃ、復活だ! ここからは俺も行くぜ!」
「じゃ、ルッツの盾が保つ間に決めるとしようか! クリス、頼めるかい?」
「ええ、大丈夫ですっ」
「それでは軽く縫いとめておきますね~! 【ミステイク・エスケープ】っ」
【仙斬雲絶】の効果が切れたエンドが飛び出すと、それを合図にエイミたちも勝負を決めようと動き出す。
ジャックが腕を一薙ぎすると、空中から現れた鎖が青竜の四肢を拘束する。
現象はそれだけに留まらず、更に現れた無数の長剣が青竜の身体を滅多刺しに貫いた。
「グルッ……!」
ただ、見た目のえげつなさに反して威力は控えめらしい。
青竜が苛立たし気に唸ると、身体を拘束している剣と鎖は大きく軋む。
――でも、結果から言えば青竜が拘束から抜け出す事は無かった。
「【ストライクバッシュ】」
「【双刃嵐舞】!」
「【ヴァンパイアハント】【割殺】【連拳】っ」
「ギャッ――!?」
熔岩を宿したルッツの盾が正面から打ち据え、エンドの連撃が全身を切り刻む。
更に青竜の頭部へ飛び乗ったクリスが放ったお得意のコンボにより、短剣が竜の眉間へ根元まで突き刺さる。
そのクリスの背に手を当てたエイミが、もう片方の手を青竜の頭に乗せ……。
「クリスの生命を贄に裁きを乞う! 【雷神の魔槌】!!」
極め付けに降り注いだ極大の雷が青竜を撃ち抜く。
拘束から逃れようとしていた身体は硬直し、そして無数のポリゴン片となって爆散した。




