9.亜種ゴブリン
「……行くか」
「うん」
互いに頷き合ってゲートをくぐると、自分が小さくなっていくような感覚。
ゴブリンが出て来る時の小動物が巨大化しながら現れるみたいな演出と合わせて考えると、この茂みはガリバーなトンネルみたいな設定なのかな?
出た場所は、人の背丈の何倍もある草に囲まれた広場のようになっている。
「「「ゴブゴブゴブ……」」」
「でかっ!」
「ああ。だが、情報通りだ……取り巻きの数以外は」
この短時間ながら聞き慣れた唸り声と共に現れたゴブリンは三体。
エネミーの個体差なのかサイズはバラバラだけど、それでも範囲としては僕とエイミの間くらいに収まる。まあ通常サイズだ。
問題は後ろの亜種ゴブリン。
そのサイズは常人の倍はある。まあ、今の僕の身体能力でも助走をつければ飛び越せそうではあるけど。
墨汁でも被ったような黒い肌に赤い瞳、そして持っていてもボロボロのナイフ程度な普通のゴブリンとは一線を画すハルバード。
悠然とこちらを観察する姿からは、本物の怪物と対峙しているかのような威圧感を受ける。
「――と、作戦通りに行くぞ!」
「了解!」
「分かりました!」
取り巻きのゴブリンたちは、すぐには突っ込んでこない。
僕らを包囲するように移動するので、手分けして亜種ゴブリンの射程に入らないよう気を付けながら撃破する。
「ゴブォオオオッ!!」
「うわっと!」
取り巻きのゴブリンがあっという間に全滅すると、亜種ゴブリンは咆哮。
四人の中で一番近いポジションを取っていた僕にハルバードを突き出す。
――うん、やっぱり普通に怖い。
もう少し紙一重な感じで避けるつもりだったけど、割と必死な思いで飛び退く。
一撃喰らうだけでこっちが殺られそうだ。
攻撃前の振り被る動作とかで反応は出来る。でも、だからって舐めてかかれる相手じゃないことを痛感した。
そうして稼いだ時間に、ルッツたちが戻ってくる。
「大丈夫か?」
「まあね。多少ビビってるけど」
「それでも、俺たちはコイツを倒して進むしかないんだ」
なんか主人公みたいな事を言いながら、ルッツはボスの一撃を盾で受け止める。
それを合図にしてクリスとエイミが亜種ゴブリンの左右に飛び出した。
このボスは複数の相手を同時に攻撃するような行動は取らない。
だから基本の形としてはルッツが正面で敵の攻撃を引き受けつつ、左右の二人に矛先が向いたら【ダッシュガード】で庇う感じになる。
亜種ゴブリンの体力が減って行動パターンが変わった時に畳みかけるため、スキルは最低限しか使わない。
……僕の役割?
ルッツの体力が減ってきたら回復薬を使って後方から回復。
【ダッシュガード】でその場を離れている時は敵の注意を正面に維持するために投石。
まぁ、それくらい。
いざって時には竜化の出番だけど……現状を見る限り大丈夫そうだ。
行動パターンの変化まで油断できないとはいえ、そんなピンチは来ないに越したことはない。
それから結構長い時間が過ぎた。
強敵との戦いで長く感じるってのを抜きにしてもそれなりの時間だ。
途中でエイミが尻尾の攻撃を避け損なう場面もあったけど、少し退いて薬で回復。無事に立て直した。
「――ゴブァアアアッ!!」
「っぉおおおおお!!」
「なんで受けた!?」
不意に亜種ゴブリンが吠えた。
左右からの攻撃にも構わずハルバードを大上段に振り上げ、そして振り下ろす。
後ろにいた僕も思わず避けたというのに……ルッツは盾を構え、真っ向から受け止めた。
完全に防いだにも関わらず削られた体力を急いで回復。
息を荒げる亜種ゴブリンの目は白目まで赤く染まっている。
これは行動パターンが変化した印。
さっきの振り下ろしも、行動パターンの変化後に行うようになる攻撃だ。
「――おいルッツ」
「なんだ?」
「さっきの攻撃は避けられただろ。盾にも耐久値ってのがあるんだ」
「……済まない」
パターン変化後は威力が低い代わりに避けにくい攻撃もするようになるんで、ルッツには集中させないといけないんだが……一つ、真面目な声で咎めておく。
理由が察せないわけじゃないけど、今このゲームは単なる遊びじゃ済まない。
避けられる攻撃を意味も無く受けるような事をして、そのせいで役割を果たせなくなるような事があったら困る。
ルッツも理解してくれたようで、それから大技を受けるような事はしなかった。
「【グレイブエッジ】【回し蹴り】!」
「【クラッシュコンボ】!」
「ゴッ――」
クリスとエイミの攻撃に、遂に亜種ゴブリンは身体を大きく仰け反らせた。
そのまま地響きと共に倒れたボスの身体は粒子に還元されて消えていく。
レベルアップを示すファンファーレが脳裏に響いた。
「ふう……終わったか」
「やりました!」
「みんなお疲れー」
「勝ったーっ!」
茂みの中で、バラバラの勝ち鬨が上がった。