89.星核・下層――3
比較的単調な、普通の山にしか見えない光景の中をかき分けて進んでいく。
現れる敵は最初に見た平面的なシルエットのみ。
それがこれまで倒してきたボス、散っていったプレイヤーの姿を模して襲い掛かってくる。
その点だけ見れば上層、中層に出てきた敵が同時に出現するようになったってだけなんだけど……。
実際に少し戦ってみて、クリスたちが気味の悪そうな反応をしていた理由が僕にも分かった。
こちらの攻撃は確かに効いているし、一定量のダメージを与えれば撃破だって出来る。
だというのに、攻撃を与えてもまったく手応えが無い。
攻撃が当たっても音さえしないから、目を閉じてしまえば本当に自分が敵と戦っているのか知る術はまったく無いと言っていいほどだ。
それこそ幽霊でも相手にしているようで、これまでの戦いとは違う方向から精神的な疲労が蓄積しているのが分かる。
更に道中に時折仕掛けられた罠なんかもクリスやジャックのおかげで躱しつつ、似たような状況らしい他のグループと進捗を報告し合いながら進む事しばらく。
窮奇とかいうらしい魔物の彫られた門を進んだ「裏切」の忍者たちが、ボス相当のエネミーとの戦いに入ったとの報告が入った。
それとほぼ時を同じくして、僕らも森を抜け開けた空間に出る。
「どうも俺らが二番乗りって感じか」
「そうみたいだね」
数十m四方に広がった空間の向こうには巨大な滝。
エンドとエイミが言葉を交わす前で、その水面が泡立ち始める。
「――ギャォオオオオオ!!」
「出たかっ……」
そして盛大な水飛沫と共に現れたのは、透き通るような青い鱗を持つ東洋竜。
僕らが選んだ門に描かれていたのと同じ姿で、その頭上に表示されている名前はそのまま青竜。
青竜は空中で一度身体をうねらせると、早速僕らに向かって突っ込んできた。
「【ダッシュガード】!」
「【滅龍撃】ッ!」
「ガッ……」
青竜の突進に合わせるようにこちらからはルッツが飛び出し、正面からぶつかり合う。
パワーの違いからあっさり弾き飛ばされる騎士だが、何をどうやったのか青竜の突進も勢いを完全に殺された。
ルッツとほぼ同時に動き出していた落ち武者が、婆娑羅髪を振り乱しながら竜の頭頂へと強烈な一撃を見舞う。
そのダメージは相手にとっても無視できるものでは無かったようで、青竜は小さく苦悶の声を漏らす。
「まだまだ、こんなもんじゃねェぞ!」
威勢の良い声を張り上げ、エンドは更に【居合】スキルによる無詠唱の斬撃を連続で仕掛ける。
未だにミストレックス素材の意匠の名残が見られる二刀の切れ味は龍鱗をも上回るらしく、一太刀ごとに鮮やかなダメージエフェクトが散る。
いや、あれは――?
「グルル……」
「ッ――」
「いけない、下がって!」
ダメージエフェクトに紛れた別の火花の存在に僕が気付くのとほとんど同時にエンドが攻撃の手を止めて後退し、クリスの警告が飛ぶ。
「ガァアアアアア!!」
「【仙斬雲絶】ッ」
青竜から放たれたのは、おそらく僕の【雷衝】と同種の雷撃。
それがエンドを呑み込もうとする寸前、落ち武者は片方の刀を垂直に一閃。
迫る稲妻を真っ二つに斬り裂いて難を逃れた。
「危ねぇ……死線を感じたぜ」
「こっちは寿命が数年縮みましたよ~」
エンドは攻撃力特化のステータスの代償として、防御力は皆無に等しい。
おそらくアレをまともに喰らっていれば命は無かっただろう。
冷や汗を拭うエンドに文句をつけるジャックだが、その気持ちは僕ら全員に共通するものだ。
そんな僕らの内心にも気づいているだろうけど、エンドはどこ吹く風といった様子で後方へ下がっていく。
エンドが今使ったスキルは、通常の斬撃が通じない非物質を斬り裂けるようになるというもの。
ただし、その逆にしばらくの間実体のあるものを斬る事が出来なくなるという代償がある。
「じゃ、後はしばらく頼む」
「……任された」
「仕方ないねぇ。じゃ、気合い入れていくか!」
落ち武者の抜けた前線を埋めるように、ルッツとエイミが猛る青竜の前へ進み出た。




