88.星核・下層――2
「――ただいま戻りました~」
「おかえりー」
扉を開き部屋まで戻ってきたジャックたちを出迎える。
この部屋で目覚めてからしばらく後、僕らはここを拠点に最後のダンジョン……星核・下層の攻略に臨んでいた。
分かれ道を探索するため組まれた幾つかのグループの中で、ちょうど最後に帰って来たのがジャックたちだったというわけだ。
何度か調査を重ねた結果、この部屋を出た先に続いている道は八つに分かれている事が分かっている。
青竜、朱雀、白虎、玄武……それと僕には何か分からない四体の魔物が描かれた門の先は、最終的には行き止まり。
そこにある仕掛けを八つ同時に作動させる事で道が開けるのだろうと予測されている。
ちなみに「裏切」の忍者たちによれば四体の魔物はそれぞれ渾沌、窮奇、饕餮、檮杌といって、四凶というカテゴリで中華に伝わる存在らしい。
もう地上には戻れないだろうから、回復の時も節約を第一に考えないといけない。
具体的にはアイテムではなく、自然回復するSPを用いたスキルによる回復に頼る事になる。
そんなわけで回復を待つ間、各々自由に休憩時間を過ごし……やがてリューヴィの号令で出発する事になった。
ここにいるプレイヤーは全員で五十一人。
単純計算で一グループあたり六、七人で纏まる事になる。
システム的には一PTの人数は六人が上限だから、七人で行くところはシステム上は三人と四人のPTに分かれる感じか。
休憩時間の間に決まった割り振りだと、僕ら「ハンターズ」の四人はエンドとジャックの二人を加えた六人PTを組む形になる。
「じゃ、そういうわけでよろしく頼むぜ」
「よろしくお願いします~」
「ああ。こちらこそ」
「頼りにしてるよ」
簡単に挨拶を済ませ出発。
僕らが担当する事になったのは青竜のルートだった。
普段通りルッツを先頭に青く塗られた門を潜る。
「っ……」
「流石ラストダンジョン、なんでもありって感じですね~」
門を抜けるや否や一変した景色に、ジャックが気楽な感想を呟く。
そこはどうやら、なだらかな山の中腹らしい。
振り返ってみればポツリとたたずむ門の向こうにも普通に進行方向と同じような景色が続いている。
見えない壁があって進めない、なんて事もなさそうだ。
今は先を急ぐべきだと分かってはいるけど……。
そんな風に好奇心と戦っていると、クリスの表情が幽霊でも見たように小さく強張っているのに気づいた。
「クリス、どうかした?」
「いえ……ただちょっと不気味な感じがして」
「不気味?」
「私たち以外の気配が無いんです。ゲームだからと言ってしまえばそれまでなんでしょうけど、これまではどのマップでも少なからず感じていたもので……」
「敵がいない、という事か?」
「いいやリーダー。そういうわけでもなさそうだ」
ルッツの言葉に答えたのはエンド。その視線の先には幾つかの黒い人影があった。
中層で出てきたシルエットよりさらにのっぺりしたそれらは影絵と呼ぶ方が正しいほど平面的な姿で、生い茂る木々や岩を存在しないかのようにすり抜けてくる。
「じゃ、一応牽制してみますね~。【スプリットダガーズ】!」
ジャックが投擲した短剣はシルエットたちへと正確に突き立ち、その効果によって攻撃が命中した部分から流血のエフェクトが発生する。
しかしジャックは気味悪そうに肩をすくめて嫌そうな声をあげる。
「なるほど、確かに不気味ですねぇ。確かに効いてるはずなのに、手応えがまるでないです」
「じゃあ属性攻撃か? アレン、付与頼む!」
「了解。【ブレスエンチャント】」
双剣に紫電を纏わせたエンドが駆ける。
落ち武者はその刃を縦横無尽に振るい、無数の影絵をあっという間に蹴散らしてみせた。
だが、戻ってきたエンドの表情もやはり苦々しい。
「お疲れ。その様子だとやっぱり何か厄介な感じ?」
「……ああ。どこを斬っても空振りしてるみてぇに手応えが無ぇ。向こうの攻撃を受けてもHPこそ減るが、風か何かが通り抜けてる程度の感覚しか無くてよ。勘弁してほしいぜまったく」
「それよりアンタのステータスで攻撃を受けてみるなんて真似するんじゃないっての。……あと、電撃のスタン効果も微妙に効果が薄かったね。嫌に計算を狂わせてくるレベルで」
「うわぁ……」
なんだか話を聞いてるだけの僕まで気が滅入ってきた。
だけど進まないわけにはいかない。
とりあえず情報を掲示板に上げ、僕らは更に歩みを進めた。




