86.奈落の町――8
――それからしばらく後。
所持品の整理、装備の調整……ひとまず決戦に備えて今この場で出来る限りの準備は出来た。
他のプレイヤーたちも、万が一突然ダンジョンの方に引き戻されるなんて事態になってもすぐ戦える状態にはなっているようだ。
ただ、まだ見つかっていない何かしらの要素があるかもしれないという事で探索は未だに続いている。
建て前の上ではそうだ。
でも、本当は……たぶん皆、最後の決戦に踏み切る事を躊躇っているんだと思う。
最後の敵に勝てるかも分からないし、勝ったとしてもその後このゲームは終わってしまう。
これだけ長い時間を引き離されてきて、果たしてまともな社会復帰が出来るのかって不安もある。
もし、最後のボスに挑む時もこれまでのボス戦と変わらない形式だったら……今みたいに迷ったまま、浮遊大陸の崩壊で後がなくなるまでこんな時間を過ごす事になっていたのかもしれない。
僕はというと、そんな感じの事を考えながら探索という名目の下クリスと二人で町を歩いていた。
最初は同じようにぶらついているプレイヤーたちの姿も見えていたんだけど……先を進むクリスについていくうちに人気は無くなっていき、今では二人の足音しか聞こえてこない。
現在地は町の外円部。
真面目に探索するとしても優先度はそこそこありそうな場所だから、今いるところに誰も居ないのは偶然だろう。
ふと、クリスが歩みを止めて振り向いた。
「アレンさん、そこの家の屋根に上れます?」
「ん? 別に問題ないよ」
彼女が示したのは一般的なNPCの民家。
その屋根上まで平然と飛び上がったクリスの後を追い、【駆影術】で煙突の裏に転移する。
……まぁ、これくらいの動きならまだプレイヤーとしては普通の範疇か。
スピードを伸ばしているなら、っていう前提はあるけど。
僕自身は生身の状態じゃ現実の身体と比べてもスペックに大きな差はないせいか、どうも現実準拠の感覚が抜けきらないようでいけない。
内心でひとりごちつつクリスの隣に腰を下ろす。
称号獲得イベントのときに得られたボーナスのおかげもあって、この浮遊大陸が完全に崩壊するまでの時間にはそれなりの猶予がある。
ここから見える景色も、何の異常もないフィールドマップだけ。
状況について何も知らなければ、僕らがいるこの大陸が崩壊しつつある事なんてとてもじゃないけど気づけないだろう。
空を見上げると、現実とほとんど変わらない出来の星空が見えた。
浮遊大陸っていうからには、この場所は普通より空に近いんだろう。
なら、下は?
もちろんこれはゲームだし、設定されてない以上この浮遊大陸が世界の全てだ。
でも、崩壊する浮遊大陸が墜ちていく先……そこは海なのか、それとも普通の大地が広がっているのか。
そこにここで見るようなモンスターはいるのか。NPCのような普通の人たちは暮らしているのか。
ふと、そんな想像にとらわれた。
「次の戦いで……最後、なんですよね」
「そうだね」
ぽつりと呟かれたクリスの言葉に頷く。
それか特に続く会話もなく……少し迷った後、僕も口を開く。
「クリス、」
「あの……」
間が悪かったらしく、声が重なる。
思わず顔を見合わせた後、視線で互いに譲り合う事数秒。
改めて僕から言う事になった。
「こんな時に、だけどさ。一つ言っておきたい事があって」
「なんでしょう?」
「次の戦いが終わってこのゲームが終わったら……現実でも、クリスに会いたい」
「……珍しいですね。アレンさんから死亡フラグを立てていくなんて」
「自覚はしてる。でも、今こうして伝えられただけで悔いはないかな」
それは自分でも言い出す前に思ったけど……このまま伝えられずに終わって後悔はしたくなかったから。
ここで死亡フラグが立ったっていうなら、へし折ってでも生きて帰ってやるまでだ。
「……いいですよ」
「え?」
「だから絶対に死なないで、なんて事は言いませんけどね。何かあってもアレンさんは私が守ってみせます」
「はは……それは頼もしいや」
……強くなったな。
クリスの言葉に、漠然とした感慨を抱く。
その考えに至った経緯を思うと申し訳なくもなるけど……クリスは本当に強くなった。そう思う。
ならば僕も、そんなクリスに負けないように最善を尽くそう。
二人並んで星空を見上げながら、内心で改めて決意を固めた。




