85.奈落の町――7
「――やったか!?」
地上でまた誰かがフラグを建てる。敵側の回し者が混ざってるんじゃないかコレ。
まぁ実際プレイヤーの何人かからはレベルアップのファンファーレが聞こえてきているし、ルシフェラを倒したのは事実なのだろう。
……しかし。
「おのれ……」
「「「っ!?」」」
「忌々しい、来訪者ども……しかし……タダでは終わらせませんよ……」
撃破された堕天使の姿はどこにもない。
けれど何処からともなく声が響き、同時に部屋全体が大きく揺れた。
その拍子にぐらりと傾いたクリスの身体を慌てて支える。
「そうか、加速の反動でクリスは――」
「ええ。でも……何かあっても、私の事は気にしないでください」
「冗談じゃない」
それこそ何があったって、今更クリスを見捨てるなんて選択肢があるはずもない。
縁起でもない言葉に敢えて軽く返した時、ざわめきが広がっていた部屋を特に大きな揺れが襲った。
耳に届いた乾いた音に咄嗟に天井を見上げると、そこに走っていたのは無数の亀裂。
「くっ、崩れるぞ!」
「念のためHPの減っているプレイヤーは回復を!」
「【ストーン――】駄目だ、スキルは発動しねぇ!」
いよいよ混乱が広がる中、遂にその瞬間は訪れる。
崩れ落ちる天井、降り注ぐ無数の岩塊。
咄嗟にクリスを庇おうとした僕は逆に押し倒され――。
「クリス――って……あれ?」
次の瞬間、僕の身体は何故か仰向けに横たわっていた。
背中には馴染みの感覚。
跳ね起きて辺りを見渡せば、そこは僕のプレイヤーホームだった。
現実を呑み込めないでいると、ふと自分の身体が半透明になっている事に気付く。
「これも何かのイベント……って事?」
呟いても返事はない。
いつまでもこうしちゃいられないし、ひとまずドアを開けて外に出る。
少し進んだ先にある広場では大勢のプレイヤーが集まっていた。
僕と同じように半透明のプレイヤーも居れば、普通に実体のあるプレイヤーもいる。
……実体があるのは町に残ってた生産職の人たちか。
「アレンさん!」
「クリス? 良かった、無事で」
「この状態で無事っていうのもよく分からない話ですけどね」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはやはり半透明に透けたクリスの姿があった。
「それより! さっきはなんだってあんな無茶を――」
「ごめんなさい。でも、そういうのはもう聞かない事にしてるんです」
「だけど……」
次があっても同じ行動をとると言外に告げるレンジャーには素直に頷けない。
でも、どこか含みのある目で言われたら……幾らか負い目のある身としては、それ以上言い返す事は出来なかった。
「お、二人は今起きてきたみたいだね」
「エイミに……ルッツか」
「俺もいるぞ」
「あ、いたんだエンド」
人混みの中から顔を出したのはエイミ。
続いて現れたルッツの後ろからは落ち武者も顔を出す。
例によって三人とも身体は半透明になっている。
「情報を集めてきた。どうやらこの状況は、いわゆる直前準備にあたると思われる」
「どういう事?」
「プレイヤーホームにある倉庫含め、物品の取り扱いは実際に町に居る時同様に行える」
「で、生産職プレイヤーと話すと決戦の地へ戻してくれるらしいんだ。色々調べてる人もいるけど、今のところ他に情報は無し」
「あぁそうそう、いま料理を食っても補正は入るらしいぜ」
三人がそれぞれ説明してくれる。
そういう事なら、ちょっと持ち物を見直しておいた方がいいかな。
ルッツたちには少し待ってもらい、僕とクリスは一度自分の部屋に引き返した。




