81.ルシフェラ=ファディス
「っ……」
普段ゲートを通った時のように、不意に身体の感覚が戻ってくる。
しかし視界は闇に染まったまま一向に晴れる気配が無い。
どうなっているのか確かめようとした時、眼前の暗闇が今度は白い閃光に塗り潰された。
「くっ!?」
「うおっまぶし」
「目が、目がぁあああ!」
……こんな時だって言うのに、割と余裕ある奴多いな。
視界が回復するのにつれて、周りのプレイヤーの声も聞こえるようになってくる。
すぐ近くにクリスたち仲間の姿があるのも確認して一安心。
さっきの光には攻撃判定があったのか、満タンだったはずのHPが少し減っている。
……まさか。
ガーディアンオブメモリー戦の最後にあった事が脳裏をよぎり、足元に視線を移す。
そこには案の定、主に従わなくなった影が焼き付いていた。
影に最低限の意識を残したまま、僕はまだ淡くも毒々しい輝きを放っている光源を見上げる。
「――ようこそいらっしゃいました、プレイヤーの皆様。あなた方の奮闘は私としても大変喜ばしいものです」
心底楽しそうに告げるのは、装飾過多の悪趣味な長剣を携えた六翼の堕天使。
間違いない。AIが支配していたこれまでのボスと違って、コイツの中にはスタッフが入っている。
ルシフェラ=ファディス……この星核の中層を治めるボスは、一部のプレイヤーから上がる怒号を気にも留めずに言葉を続ける。
「残るボスはこのルシフェラ=ファディスと神龍バルティニアスのみ。しかし前座と言ってもシナリオの黒幕、油断していては全滅しますよ? ……さて。前置きはこれくらいにして始めるとしましょうか」
こちらから攻撃を仕掛けられないのはシステム故か。
言葉を区切った堕天使の雰囲気が一変する。
ルシフェラはすっと表情を切り替え、改めて僕らを見下ろした。
「ふん……矮小な人間の分際でここまで辿り着くとは忌々しいものです。それ程までに死に急ぐと言うなら、世界より一足先にここで破滅するがいい!」
「っ、散開!」
咄嗟に軍師が指示を飛ばす。
堕天使の振るった長剣から放たれた闇の斬撃が、直前までプレイヤーが集まっていた場所を直撃した。
それと同時、地面に焼き付いていた影が音もなく牙を剥く。
この影も一種のエネミー扱いなのか、地属性のオーブの効力を受けているようで動きは鈍い。
前もって予測がついていた事もあり、比較的余裕を持って初撃を避ける事に成功する。
「――じゃあ、行ってくる」
「どうかお気をつけて」
飛んでいる敵を最初に墜とすのは僕の役目だ。
クリスの言葉を背に竜化しようとして……一つ、思いついた事があって足を止める。
攻撃を見切って触れるのは近くで暴れる影の一つ。
少し意識すると、もはや馴染みの感覚が身体を包み……見上げた先には堕天使の背中。
駄目で元々のつもりだったが、【駆影術】は無事に機能したらしい。
「【起動:竜化】、【槍躯竜星】」
声を潜めての詠唱と同時、黒竜に変じた俺の身体は一瞬で最高速に到達。
堕天使の無防備な背を狙い、俺は爪を大きく振りかぶった。




