77.ガーディアンオブメモリー――7
「――クラスA、総攻撃! 先手を打って削り切ります!」
称号【目覚めし覇王】の効果を起動して全能力を引き上げると同時、軍師の声が戦場に響いた。
この指示が意味するのは、余力を考えない全力の攻撃。
ちなみに他には後の戦いへの余裕を残したうえでの全力攻撃を示すクラスB、クリスの称号【超規格適合者】の加速効果のような致命的な反動のくる切り札も含めた全力攻撃を表すクラスSがある。
もっともクラスA、Sに関してはプレイヤーの生死に直結する指示でもあるため、ニムエからの指示は目安であり本人の判断を優先するとの通達も事前に出ているが。
事実、俺だってニムエの指示に先んじてクラスA相当の切り札のラスト一発を切っている。
「グルァァアアアアアアアアッ!!」
称号の効果を起動した瞬間、そろそろ限界が近づいてきていた身体に力が満ちる。
これが最後のドーピング。
溢れ出す力を叩きつけるように【竜哮】【テンペスト】を発動。
龍鬼の纏う赤黒いオーラを吹き飛ばすように雷の嵐を放ち、俺自身は更に空を蹴って駆ける。
「グルッ――」
「【竜閃】!」
「【滅龍撃】ッ!」
バウルザーハの振るう山刀を掻い潜って背後に回り込み、鎧のような筋肉に守られた背に一撃。
俺と同時に駆けだしていた落ち武者が正面から合わせてきた強烈な一撃が重なり、さしものボスの身体も大きく揺れる。
「【フィナーレ】【アンコール】っ」
続いたのは奇術師の詠唱。
空間に満ちていたナイフにボール、液体の入ったビンにぬいぐるみ、その他数えきれない小道具が流星のように龍鬼へ降り注ぐ。
撃ち尽くされたかに見えたそれらは更に再生し、駄目押しのようにもう一度バウルザーハへ襲い掛かった。
「ガァッ……!」
苦悶の声を上げるバウルザーハへ、追いついた他の前衛プレイヤーたちが各々持てる最大の攻撃を畳みかけていく。
その一団からは僅かに遅れて追随するエイミの姿が視界に映った。
俺の発動している【逆鱗】の効果はじきに切れ、そうなれば反動で俺はもうこの戦闘じゃ使い物にならなくなる。
称号のバフはまだ多少余裕があるが、その効果時間も本来そう長いものじゃない。
ならば――。
頭の中でピースが組み合わさっていく。
底が見えてきたなけなしのSPで雷のブレスを吹きつけ、空を蹴ってバウルザーハの頭上へ。
渾身の力で身を翻し、全力を込めて尾を振り下ろす!
「――【絶境閃】ッ!!」
「グォォオオアアアア!?」
全てを乗せた一撃は、バウルザーハの膝を地に着かせる事に成功した、らしい。
その代償に竜化も解け、一気に狭まり霞んだ視界では状況を正確に把握する事は出来ない。空を駆ける力も失い墜落していく。
――そして。
手を伸ばせば届くくらいの至近距離に龍鬼の顔。
姿が変わった程度では、先ほど痛撃を浴びせた竜を誤認する事など無いのだろう。
この状態で尚ぎらつくような生気に満ちた姿はとてもじゃないがデータには見えない。
喰らいついてくるつもりか、バウルザーハは大きく牙を剥き……。
「【フェイタルコメット】!!」
「グルァッ!」
僕の頬を掠めて空間を切り裂いたのは流星の如き白銀の一矢。
眼前の龍鬼、そのオリジナルを仕留めた一撃。それをバウルザーハは己の牙で迎え撃つ。
それは一瞬にも満たない攻防だった。
噛み合わされた牙は鏃を正確に捉え、矢もまた対抗するように輝きを増す。
そして……龍鬼の牙とクリスの矢。
両者は同時に砕け散った。
武器と武器を全力で打ち合わせたような異音が響く中、墜ちていく僕の背にそっと触れた手がある。
今の僕の目には映らないけれど、それが誰なのか間違えるはずもない。
背を押す意味を込めて大きく頷く。
それは相手にも見えなかっただろうけど、きっと伝わったはずだ。
僕の横から伸びた骨手が龍鬼に触れる。
「――アレンの生命を贄に裁きを乞う! 【雷神の魔槌】!!」
切れた竜化の反動とも異なる虚脱感が身体を襲い、それなりに残っていたHPがごっそりと削られる。
他のプレイヤーを巻き込むのを警戒したか、記憶にあるものよりかなり細い……しかし込められた力は思い出せるどの一発にも勝る雷撃がバウルザーハを貫いた。
「アレンさん!」
「僕なら平気っ」
呼びかけるクリスの声にそう応え、地面に激突する直前伸ばした手で影に触れる。
【駆影術】を発動。エリアを移動する時のような感覚を伴い、身体が影を媒介にワープする。
落下しながら試すのは初めてだったけど、向きだけ反転して勢いは変わらず残るらしい。
要するに落ちてきたスピードのまま移動先の影から放り出された。
「うわっ――」
「おっと、ナイスキャッチー」
改めて地面に叩きつけられそうになったところ、たまたま居合わせたジャックにふわりと受け止められた。
「あ、ありがとう」
「お互いさまです~」
……ん?
間近で聞くとジャックの声、何か聞き覚えがあるような?
脳裏にちらついたそんな考えを、後衛プレイヤーたちの放った一斉砲火の轟音が吹き飛ばした。
ダンジョン全体を揺るがすようなエフェクトと共に、バウルザーハの身体が砂塵に消える。
竜ならぬ人の目ではその中を見通す事は出来ない。
どのみち既に役立たずの身、固唾をのんで身構える。
「――ギ……ガガッ……ギギ……」
「「「ッ!」」」
砂塵が晴れた中に立っていたのは龍鬼ではなく、ガーディアンオブメモリー本来の姿。
身体を構成する鏡はくすみ罅割れ、故障寸前の機会のように全身から火花を散らしている。
まだ動こうとするその姿に前衛プレイヤーたちは飛びのき、何が来ても対処できるよう備えた。
「――――」
ノイズが収まっていく。
そのまま消滅するかと思われたGOMが、不意にその姿を変えた。
「く、来るぞっ!」
誰かの悲鳴のような警告。
敵が姿を変えたのは今まで見た事もないシルエットだった。
黒く塗り潰されたようなボロボロの身体は、剣を手にした六翼の天使のように見える。
それが剣を振るうと、放たれた光は部屋全体を眩く染め上げた。
っ……!
反射的に顔を背け、光が消えたのを感じてそっと目を開ける。
どういうわけかHPが少し減少していた。
攻撃だったのか何なのかは分からないけど、僕が喰らってこれなら他の人なんて誤差程度のダメージでしかないはずだ。
一体これは……?
疑問に思った僕が次に気付いたのは部屋の地面。
まるでさっきの光によって焼き付けられたような影は、僕が動いても追随してくる事はない。
なんとなく不気味に感じた次の瞬間――。
「っ――!」
「アレンさん!」
その影が凶器となって牙を剥いた。
横合いから突き飛ばされた僕の腕を影の刃が掠める。
影は更に形を変えて伸びあがり、僕に照準を定め……固まった。
ボロボロと崩れていく影。
敵の本体、GOMが最後に化けた天使の方へ視線を向けるとそちらも今まさに消滅するところだった。
誰かがトドメを刺したようには見えない。
限界がきて自滅した……のか?
やがて響くレベルアップのファンファーレ。
最後に謎を残しつつも、ここにGOM……ガーディアンオブメモリーとの死闘は幕を下ろした。




