75.ガーディアンオブメモリー――5
「――――」
「ガァアアア!!」
「【ダッシュガード】ッ」
「【竜閃】!」
今回ばかりは軍師の指示より敵の動きの方が速い。
振りかざされた山刀の一方にはルッツが突っ込み、もう一方は俺が爪を振るう事でどうにか初撃は逸らす。
「――ジャックさん!」
「はいは~い! 【開演:狂迷戯界】!」
ニムエの指示に普段通りの軽い調子で応えたのは多種多様な仮面で素顔を隠す小柄なプレイヤー、ジャック。
彼はエンドとはまた少し違うタイプのソロプレイヤーで、ボス戦の時だけ適当なPTと共闘する特殊なスタイルを取る。
そのやり口は陰口を叩かれる事もあったけど、それを表立って言わせないだけの実力を備えているのは今こうして独自の役割を担っている事からも明らかだ。
ジャックの詠唱と同時、世界が塗り替えられた。
それまで障害物も何もない水晶質の広間だったボス部屋は鮮やかなパステルカラーに彩られ、一面にラクガキのようなデザインの小道具が溢れかえる。
一見して戦闘とは何の関係もないようなボールやリングとどこか不気味な髑髏やナイフが入り混じった風景は掴みどころのないジャックによく似合っている。
「グルォオオオオ!」
「おっと、させないよ」
咆哮と共に再び振るわれた腕には突如無数のナイフが突き立って毒々しい鮮血を散らし、その頭部に命中したボールは不釣り合いなほどコミカルなエフェクトを伴って弾けた。
そうして生じた隙にプレイヤーたちは体勢を立て直す。
防御の低い後衛職は後ろへ、壁職は逆に前へ。
そしてエンドのような攻撃役はその中間に陣取って各々の間合いで得物を構える。
ジャックのジョブは奇術師。
取得しているスキルは【剣舞】【トリック】【一発芸】と、どれも専用スキルだ。
義賊やレンジャーのようにマップ攻略もこなし、戦闘では搦め手を得意とする構成……一方、ボスのように硬い強敵が相手だと火力不足に陥るという弱点がある。
そんな彼が得たのが先ほどのコンボスキル、通称戯界。
早い話が僕の同類だ。コンボが微妙に弱点補完になってない辺りも含めて。
その効果は分かり易く凶悪。
今のように一定範囲を自分の領域とし、その中で相手に任意でデバフを付与するというものだ。
彼曰く背景に攻撃しても無意味とかいう理屈らしく、その攻撃に対して防御や反撃は無意味との事。
事実、目の前のバウルザーハからして鬱陶しそうに剣を振るうものの宙に浮く薄っぺらいボールやナイフには干渉出来ていない。
しかし……。
「いやぁ、情報には聞いてたけどエゲツナイ耐性だねぇ」
「グルル……」
龍鬼に真っ直ぐ睨まれ、どういう仕組みかジャックの仮面の上を冷や汗が伝う。
確か……今かかったデバフの効果は流血と混乱。
防御無視の持続ダメージを与えるはずのナイフの傷は既に塞がりつつあり、思考AIと平衡感覚を攪乱するはずのボールの効果は通じたのか否か、どちらにせよもう意味をなしていない。
奇術師を正確に両断する軌道で振り下ろされた山刀から、ジャックは呼び出した大量の風船に紛れる形で逃れる。
「余所見してんじゃねーぞ木偶の坊! 【竜爪:紫電】――【砕山衝】!」
「グルッ――」
【竜哮】を併用しつつ距離を詰めると、重い一撃を放った直後の状態からも龍鬼は即座に反応してくる。
高速で迫る山刀から身を躱し、その側面から雷を乗せた打撃をぶつけて受け流す。
雷のスタン効果がどれほど通じたのかは微妙だが、とにかく僅かとはいえ隙が生まれた。
「皆さん、今ですっ!」
「【乱唱連魔】【増幅符】【風遁】!」
「【エクストマホーク】!」
「【コスモストライク】ッ」
……まずは、こっちから初撃。
続々と放たれた無数の攻撃がバウルザーハを呑み込んだ。




