66.ヤゾナレス
「グォオオオオ――オ、オオ……ッ!?」
追撃を仕掛けようとするミノタウロスの雄叫びが困惑に変わる。
エイミに触れられた箇所から広がった黒がその大木にも似た脚を呑み込み、数千年の時を経たかのようにボロボロと崩壊させていく。
「ォオオオオ――!?」
黒の浸蝕は留まるところを知らず、ついに明確な悲鳴をあげた牛頭の巨人の全身を呑み込み、薄汚い塵の山へと貶めた。
【穢れし御手】……屍城を統べていた魔王の右腕さえ奪った破壊魔法。
射程はごく短い上にチャージタイムまで要求するこの一撃の効果はそれに見合った絶大なもの。
一般のエネミー、そして小ボス部屋の主程度なら先ほどのミノタウロス同様に瞬く間に葬り去り、比類なき耐性を与えられたエリアボスにさえ部位欠損ダメージを強いるのは破壊魔法を操るソーサラーにのみ許された業だ。
「やったか……?」
ルッツがフラグを立てたせいかは分からない。
しかし確かにミノタウロスは滅びたかに見えた次の瞬間、身体がブレるような感覚と共に視界が暗転した。
「っ、これは?」
「どうやらまだイベントクリアとはいかないらしいね」
放り込まれたのはミノタウロス戦前と同じ不気味な詠唱空間。
前の召喚とはまた違う言語に聞こえる声が共鳴している。
それが帯びているのはさっきと同じ怨嗟……いや、違う。
二回目で耳が慣れてきたせいだろうか。
言語が違うから勘違いしていただけで、押し潰したような低音から滲みだしているのは焦りとか必死さの類なんだって気がする。
……いや、それでも不気味さは拭いきれないんだけど。
思わずクリスと握った手に力が入る。
それとほとんど同時に身体を違和感が襲った。
……また竜化か。
コストは免除されてるらしいが、こうもオンオフ連続で切り替えられると煩わしいな。嫌がらせか?
「さて、次は――あれ?」
「ん?」
気合いを入れようとしたエイミが首を傾げる。
その身体は俺のイベントを見学してた時のように半透明。
むしろ今回は脇役のはずの俺たちの方が、禍々しい煙を纏った姿とはいえ実体を持っているように見える。
足元には魔法陣。
それを囲んだ魔法使い風の老若男女は俺たちの姿に驚いたように声を揺らした後、まだ謎の言語で詠唱を続ける。
「――――――!」
不意に歌声のような音が響いた。
そちらに目を向けると、見えたのは俺たちと対照的に神々しい光を放つ何か。
そして悲鳴を上げて蹴散らされる無数の雑兵の姿だった。
だが――。
「っ……!」
その正体を認識したクリスが息を呑む。
光の中に居たのは人形を基準に無数の顔、腕、翼を出鱈目に生やして更に手あたり次第眼球を植え付けたような異形。
確か本来の原典を参照すれば天使ってのはあんな姿として描写されてた気もするが……それを見た俺たちが抱く印象はただ一つ、バケモノだ。
光を纏う怪物は進路を阻む軍勢を虫けらのように蹴散らし、着実に俺たちの元に迫ってくる。
「エイミ、主役はお前だ。この状況をどうする?」
「そうだね……アレが近づいてくるまではまだ時間がありそうだ。【名も無き死槍】の詠唱が間に合うと思う。万が一に備えて、アレンたちには時間稼ぎをしてほしい」
「よし、任せろ」
「アレンさん、私も乗せていってください!」
「いいだろう。振り落とされるなよ!」
問答する暇も惜しいし、クリスがそう言うなら相応の目算あっての事なのはもう分かっている。
首元にレンジャーを跨らせると、俺は空を蹴って異形の元へ駆けた。




